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113・手紙


 アーキスがそのオリビアとかいう女性に気があるのは、すぐに分かった。


そして、女性のほうはといえば、


「煩くしてごめんなさい」


と、そそくさと領主館に戻って行った。


「振られたな」


僕はアーキスの肩をポンポンと叩いて慰める。


「えっ?、俺、告白もしてないのに振られたの?」


さあな。


女の気持ちなんて知るか。




 僕はデラートスさんの店に寄って、最新の情報を仕入れておく。


他の調査員たちも隣国の話には警戒感を持っていた。


うーん、僕も気にはなるけど、簡単に他国に行ける身分じゃないんだよなあ。


 国境柵の工事も順調に行けば秋には終わる。


それまでに一度でも森に入りたいんだが、なかなか魔獣を見かけない。


つまりは向こうも警戒しているんだ。


魔獣を理由に自国に入って来て欲しくない、だから森の魔獣も国境に近付かないようにしているからだと思う。




 考え事をしながら領主館に向かう。


「おや、さっきのご令嬢ですね」


スミスさんの声に顔を上げる。


領主館のある丘の下。


庭師の青年が中心となって育てている特別な魔鳥の放鳥場がある。


その柵の所で老夫婦と若い女性が魔鳥を眺めていた。


視線の先には庭師の青年が魔鳥と戯れている。


 青年のほうが僕に気付いて手を振る。


夏の真っ盛り、暑いのに元気だな。


「イーブリス様、正式に魔鳥の世話をお願い出来ることになりました」


老夫婦を紹介される。


体力的な面は手伝いの子供たちもいるので仲良くやってもらえばいい。


一緒にいた女性も老夫婦に「良かったですね」と声を掛けている。


「これでやっと薔薇に専念出来ます」


ああ、やっぱり掛け持ちは大変だったか。


青年の本業は庭師だからな。


「それは良かった」


まだ当分、この魔鳥の責任者は庭師の青年のままだけどね。




 着替えて執務室に入ると農業指導者の青年ボンが待っていた。


「収穫が始まる前にブリュッスン領から来る者の名簿が来たのでお届けに来ました」


「ありがとう」


そのままスミスさんに渡す。


ジーンさんは使用人棟に出来た新しい事務室の責任者になっている。


この領地で教育した子供たちが成長し、ジーンさんの指導を受けながら文官として働いていた。


息子のジュードは、スミスさんがみているので執務室の隅でリルーと遊ばせてある。


 スミスさんが確認した後、書類は事務室に回され、分類、処理、保管という流れになる。


僕は、そこに王都から来た文官たちを入れてみた。


老後の生活を考える引退間近の年寄りもいれば、辺境地を見学に来た遊び半分の若者もいる。


彼らのうち、どれだけが王都のやり方と違うことを理解し、慣れてくれるかがカギだ。




 それから十日ほどが経過した。


ソルキート隊長から入隊申請が回ってくる。


「なんで十名も兵士希望がいるんだ?」


僕は文官を募集したはずなんだけど。


「本邸の文官は激務ですからね。 書類を見るのが嫌になったんでしょ」


スミスさんはそう言うけど、公爵家文官の給金はそこら辺の文官より高い。


文句があるなら辞めてしまえ。


「公爵家の使用人であることは一種の誇りですから」


見栄で辞めたくないと。


「領地なら、何年かすれば本邸に戻れると思っているんでしょうね」


なるほどな。


領地で楽して、気分転換。 いつかまた王都に復帰すれば「公爵家勤務」の肩書にも傷が付かないってか。


小賢しい。


僕はニヤリと口元を歪めた。


これは瘴気を量産してくれそうである。


「キッチリ鍛え直してやれ」


書類を届けに来た兵士に伝えておく。




 女性たちのほうがもっと強かだ。


半月も経つと観光が終わったようで、一人を残して四人が王都に帰ってしまったのである。


「これは予想外だ」


本邸への通信文で知らせると、カートさんも返信で呆れていた。


「本邸の文官の女性は貴族の子女が多いですからね。


未亡人でもお金に困って働いているわけではなさそうでした」


ふうん。


どうやら公爵家で働く未婚女性の多くは婚活らしい。


あまり身分に拘らず、平民や下位の貴族でも実力があれば働ける公爵邸は将来有望な青年が多いからな。


それでも結婚相手は田舎者は嫌だったとみえる。


「あー、温泉に入りに来たか、買い物でしょう」


王都では高価な魔石も、産地なら安い。


やはり女性のほうが現実的だ。




 若い夫婦が相談に来た。


「厨房で働きたい?」


「はい!」


僕が執事長に渡した魔獣の肉の一部が使用人食堂でも振る舞われたそうだ。


「すごく美味しかったです!」


食に対する熱意がすごい。


えー、文官じゃないのかよ。


「仕方ない、料理人として雇用する」


「ありがとうございます!」


まずは修行をがんばって欲しい。




 そんな僕の対応を見ていたボンが口を挟んできた。


「イーブリス様、東の役所の人数も増やして下さいよ」


ボンはずっと執務室でリルーと一緒に子守りをしながら見ている。


ボン夫婦もそろそろ子供が欲しいのかも知れない。


「自分の領地から引っ張ってくればいいだろ」


僕は仕事の手を止めずに返事を返す。


「それがですねー」


一応、ボンはまだブリュッスン男爵家の使用人だ。


公爵領の農業振興のために出向してもらっている。


「男爵家の文官を勝手に引っ張って来れませんよ」


農繁期の手伝いなら短期だし、農家は子沢山が多いので後継以外は割と自由に出稼ぎに来る。


 しかし文官となると話が違ってくるのだ。


男爵の許可が必要だし、男爵領の農業に関しては秘匿された農法があるらしい。


その記録文書が門外不出だとかで、文官も最低限しか雇っていないそうだ。


僕としてはそんなものは要らないし、人手だけが欲しいんだがなあ。


「はあ、分かった。 少し待ってくれ」


もうすぐ一ヶ月目、判定の結果が出る。


その時に残った者たちから希望を聞くと約束した。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 オリビアは、実家から逃げるように辺境地に来た。


王都での緊張した日々も良かったが、のんびりとした風景、可愛い子供たちや魔獣たちに癒される毎日は嫌なことを忘れさせてくれた。


公爵家本邸から来た文官たちの帰還の日が近付いてくる。


「私はこんな田舎、嫌だわ」


そう言って一緒に来た同僚は王都に帰って行った。




 オリビアはため息を吐く。


本当は自分も帰るつもりだった。


何の連絡もなく一ヶ月も経てば、実家から金の無心もなくなると思っていたのだ。


しかし、この土地にまで手紙が届く。


オリビアは実家とは縁を切ったつもりで、自分からは全く手紙を送っていない。


「姉と連絡が途絶えております。 公爵家で何かあったのではないですか?」


そう言って妹夫婦が公爵邸に押し掛け、本邸の誰かが辺境地にいると教えてしまい、手紙を託されたという。




 手紙はいつも通り、金の無心である。


「子爵家はそれなりの名家のはずなのに」


父からの手紙には、妹が王都にいる姉に負けじと流行の服や装飾品を欲しがるのだと書かれていた。


妹の夫も豪商の令息のはずだが、商人というのは無駄な金は一切使わない。


結婚すれば夫の金で贅沢出来ると思っていたのに計算外だったと義母が言ってくる。


「そんなの、ただの我が儘じゃない」


姉であるオリビアには全く関係のないことだ。




 悲しかった。 


結局、家族の誰もオリビアのことを考えてはくれない。


キィキィ キィキィ


大きな飛べない魔鳥がオリビアを慰めるように、髪を咥えて引っ張っる。


「こらっ!、離せ」


背の高い、日に焼けた青年が飛んで来て、魔鳥に注意した。


「あ、いえ、大丈夫です」


オリビアは涙を堪えて微笑む。


「えーっと、王都にはもうすぐ帰れるからね」


寂しくて泣いていると思われたようだ。


「いいえ、私は」


ここに居たいが、理由は自分勝手な我が儘で、仕事とは関係がない。


そんな自分がここに居て良いのだろうか。


「事情は知らないけど、訳ありなんて、ここにはたくさんいるよ」


「好きなだけ居ればいい」と呟き、青年は去って行った。



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