いろはにほへと5.5
近頃、奇妙な噂が流れていた。
堅物とされる風紀委員の如月いろはと小野大志が交際している――そんな荒唐無稽な話が、学内に隠然と伝わる事態に何も思わなかったわけではない。
噂、たかが噂。
だが、話題にされた時点で不快だ。
あれだけ牽制の網を張り巡らせたのに、人間の好奇心とは下らなくも思いもよらない部分から人の細心の注意すら躱してしまう。
私は、夕飯の時にそれとなく聞いていた。
噂される本人である幼馴染に。
「ねえ、大志」
「食事中は一言も交わさずヨンダッタバー様?にお祈りを捧げながら食べなきゃいけないんだろ?」
「また何処の文化に感化されたのよ」
目を離すと直ぐ変な影響を受けて帰って来る。
無垢と言えるかは微妙、というか違うのだろう。だが、本人の警戒心が皆無なせいで常に何色にも染まりやすい厄介な精神状態である。
それなのに挫けないところが腹立つ。
だから、考えを改めるよう催促しても全く通じない部分があって非常に手がかかるのだ。
「我が家にそんな慣習は無いから」
「喋っても良いの?」
「少なくとも、ヨンダッタバー様?とかじゃなく私だけ信じていればいいのよ」
「いや、雫なんて信用ならないだろ。学校で雫の笑顔を見る度にこっちは鳥肌立ってるんだぜ?あはははははは」
「明日からのご飯は要らないんだ?」
「え?雫の飯?……食えないのは人生の六割損するけど、まあ残りの四割でどうにか楽しんでくわ。今までありがとな」
何故あっさりしているのだろう。
殺したい程に清々しい。
縋り付いてでも止めたくはないのだろうか。そこまで……私のご飯には価値が無い?
「どうしても嫌なら作ってあげるけど」
「いや、六割だからなぁ。どうしてもって、くらいかと言われると微妙で悩みどころなんだよ」
「じゃあ、無い生活と有る生活……どっちが良い?」
「有った方が良いよな」
「なら」
「でも、頃合いかもな。自分で飯を作った方が迷惑にならないって上村くん(註:クラスメイト)にも言われたし」
「―――――」
なるほど、上村……確か上村陽介だったか。
取り敢えず、悪影響なのは確かなので後で処理しておこう。
それにしても、私のご飯って有っても無くても困らないレベルか。
そっか。
それ、私は何のためにやってきたんだろう。
「大志」
「ん?」
「迷惑だった?」
「何が?」
「ご飯作ったり、身の回りの世話したり、勉強しろって注意したり……鬱陶しかった?」
「いや?全部俺の事を考えてやってたんだろ。嬉しいし、一生一緒に居たいレベルだぞ」
……突き放しているのか、好きなのか前後の態度では全然分からない。
私が鬱陶しいというのなら、素直に如月いろはとの交際も認めて離れるけど……いや、まだ噂だから真偽は分からない。
「そんな性格だと恋人も無理そうね」
「いま受験期だぜ?恋愛とか無理だって。よほど近くに俺好みの美人で一生一緒に居たいって思えるような人がいない限り」
「…………?………??………!?」
え、いるよね。
さっきの言葉と合わせても、条件に該当するよね?
遠回しに口説いて、いや、それは無い。
無自覚なのか、無自覚に私に恋している?自意識過剰みたいな事を脳内で口走ってるけど、私で間違いないよね。
これは――。
「私、とかどう?」
勇気を出して、尋ねる。
心臓がうるさい。
大志を見ながら口にし、羞恥心で顔が熱くなるのが分かる。
「いや、もう十年も面倒見て貰ったから他の人に遠慮するわ」
………………………………は?
は?
は?
遠慮?
他の人に?
虫唾の走る回答に、思わず手中の箸を握り潰してしまった。
それを見た鈍感なアホは「おお、雫の握力すげーゴリラかよ」とかほざいているが、もうそんなのどうでもいい。
私への好意へは無自覚、他人に譲れる程度には満喫していて余裕がある、と。
ならば、ならばだ。
私以外の他人がいない環境下に追いやって、その上で私を譲れるのか楽しみだ。
まずは上村陽介を排除し、その後に如月いろはとの交際の噂の真偽を確かめて、動くとしよう。
まあ、その前に。
「大志」
「ん?何だ?」
「一生許さないから」
「え゛、何が???」
こんな長引く予定じゃなかったのに思い付きを載せていくと案外延びますね。。




