いろはにほへと4.5
私が高校受験で隣町を訪れた時だった。
学校の付近で、交通事故があったらしい。
何でも、一人の男子高校生が暴走車から身を挺して女子高生を守った。結果として女子高生は軽傷で済んだが、男子高校生は意識不明の重体で病院へと搬送されたそうだ。
試験会場を出た時には、既に現場にはテープが張られて警察が集まっていた。
「酷いわねぇ」
「あの――――くん?バイトでよく助けられたって娘も言ってたし、挨拶も返してくれるいい子だったんだけど」
「救けられた子って、例の……」
「ああ。……あんな子の為に」
買い物中と思しき女性たちが、現場を離れた位置で見守りながら囁やき合っている。
どうやら事故に遭った男子高校生は―――――というらしい。
同じ被害者である女子高生には随分と冷たい様子だが。
「それにしても暴走車だって」
「気をつけないとね」
試験日の事件とあって何とも不吉だ。
これが不合格なんていう不幸に繋がらなければ良いが……こんな事を考える時点で、不謹慎なので罰が当たりかねない。
早々に退散しよう。
そう思って、その場を離れようとした。
「……――――がいけないんだよ、ボクと来ないから」
ぞっとするような笑顔で現場を遠目に見る人とすれ違う。
暗い悦びがそこにあった。
不思議な迫力があって思わず目が引かれるのに、周囲の誰も気付いていないようだった。
私は一瞬止まりかけた足を急がせて、逃げるように走った。
どんな人かは知らない。
―――――さんとどんな関係かも分からない。
ただ、一目で会いたくない、と思わされた。
ただ無情にもその人と再会した。
入学式から三月後の登校中である。
挨拶運動の為に、誰よりも朝早くから学校に着かなければならないという使命感の下で道を急いでいた。
角を曲がれば、そこに学校がある。
その先から、こちらへと来る人影に私は足を止めた。
「今日の散歩は楽しかったかな?」
「……………」
「そっか、そっか」
青年を乗せた車椅子を押しながら、彼に話しかけるあの人に出会った。
一瞬だけ息を呑んだが、平静を装ってそのまま横を通り過ぎようとする。
私が一方的に見ただけだし。
あの時に会ったことを憶えているはずがない。
自然に通過し――。
「おはよう、合格したんだね」
ぞっと、背筋に悪寒が走る。
そのまま、その人は挨拶だけして通り過ぎていった。
「今日は何が食べたい?」
「……………」
「えー、キミはわがままだなぁ。いいよ」
一方的な会話だ。
無言の青年に、ただ語りかける。
そんな異様な光景に、私は固まるしかなかった。
それにしても…………あの青年、何年か前に私が公園で出会った『彼』に似ているような気がしたけど、気の所為かな?




