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いろはにほへと2.5




「そこに正座ね」


 俺――小野大志は、帰宅するなり幼馴染にそう言われた。

 仕方ないので直ぐに従った。

 こういう時は大抵が説教である。

 思い当たる節が無いので、もし謂れの無い内容だったら即座に糾弾してやる。

 そんな意気込みで正座しながら雫の次の言葉を笑顔で待った。

 雫は目の前で椅子に座り、こちらを見下ろしている。

 視線が冷たくて鋭い。

 まるでゴミを見るような目だ。 


「心構えはできた?」


「ばっちこーい」


 俺が両腕を開帳して意思表示すると、雫が舌打ちする。

 サマになっていてカッコいい。

 俺も練習すれば、ああなれるだろうか。

 ちっ、つぃっ、ちぃっ、てぃっ……どれも違うな。


「風紀委員の如月いろはさんから相談受けたんだけど」


「如月………誰だ?」


「子犬ちゃん」


「ああ、如月いろはって言うのか」


 よく俺と綺丞の周りをキャンキャン言いながら走り回っているので子犬ちゃんと呼んでいる女の子がいる。

 風紀委員だったのか、知らなかった。

 道理で俺に対してよく注意して来るわけだ。今まで何様ですかこのかわいい子とか思ってゴメンね。

 しかし、その子が雫に相談か。

 俺のことで彼女が何か心配事があるのか?


「アンタがよく校則違反を犯すって」


「ああ、うん」


「何度注意しても聞き入れないから、どうしたら生活態度を改めてくれるか、という旨の相談……幼馴染というだけで私にまでお鉢が回ってきて迷惑なんだけど?」


「大変だったな、お疲れ様」


 労いの言葉をかけると、何故か頭の上に雫の踵を乗せられた。

 これって、あれだよな。

 本で見た騎士が姫様に地位を貰う時のポージングだ。

 意外と痛いけど、少し胸が躍る。


「私に直して欲しいんだって」


「いや、それは雫じゃなくて俺次第だろ。何で俺本人に言わないんだ?」


「…………さっきの話聞いてた?」


「ちょっとだけ」


 踵からかかる重圧が増した。

 心做しか雫の目から光が失せたように思える。

 怒っている時の反応だ。何が悪かったのか皆目見当もつかないが、謝るべきなのは間違いない。


「雫、何の事かさっぱりわからないけどごめん」


「火に油を注ぐわね」


「注ぐと、どうなんの?」


「もっと燃える」


 何が火で何が油なのか知らないが、燃えるのは危険だ。


「受験期なのに停学なんてしたら、高校も合格できないけど良いの?」


「うーん、それは雫が困るしなぁ」


「大志」


「ん?」


「アンタの生活態度を改めさせるのは、最も身近な人間(わたし)でも困難だって分かるから、一つだけ約束して」


「そうか。苦労かけるな」


「停学でも不登校でも、高校に不合格でも構わないけど………中学卒業だけはしてね」


「何で?」


「義務教育だけ修了すれば、後は私がず―――――――――――――っと、大志の面倒を見ててあげるから」


「でも、高校は行きたいな」


「…………」


「だって雫と二人きりはキツいぎぎぎぎぎぎ!?」


 踵からの重圧が一層増していく。

 雫の踵って時間経過で重くなるのかな。これ、身体測定の時とかどうしてるんだろう。


「まあ、善処するよ」


「望み薄な回答ね」


「もっと追い詰めてくれないと俺は頑張らないぞ?」


「頑張らないと殺す」


「それは微妙」


「頑張ってくれないと泣いちゃうかも」


「それは全然」


「……頑張らないと、アンタを殺して私も死ぬ」


「まあ、妥当だな」


 雫も色々してくれるそうなので、俺も頑張ることにした。


「逆に頑張ったらご褒美とかある?」


「……大志の願いを一つ叶えてあげる」


「じゃあ、雫の写真くれよ」


「えっ………ほ、欲しいの?」


「うん」


「な、何でまたそんな願いを」


「友だちが高く買ってくれるらし――――」


 ぶん、と耳元で風が唸る。

 ちりちりと頬が焦げたように痛いのは、恐らく掠めた雫の拳の爪痕だろう。

 威力、スピードに申し分無い一撃だ。

 惚れ惚れするパンチだが、何故いま披露した?


「今まで売った事は?」


「無いよ」


「……私の写真なんて要らないのね、アンタは」


「写真なんか要らないだろ。本物の雫が一緒にいてくれるし」


 そう言うと、何故か雫は黙り込んだ。


「雫?」


「……写真より本物が良いってこと?」


「当たり前だろ。本物の方が微妙に可愛いし」


 取り敢えず、正直な気持ちを言っておいた。

 すると、そのまま説教は終わり、今日は俺の大好物が夜の食卓に並べられる嬉しい日となった。

 心做しか雫の機嫌も良い。

 きっと良い事があったのだろう。

 因みに机の下で俺の足に自分の足を絡めて来たので、相撲がしたいんだと思い、張り切って突き返したら椅子ごと蹴り飛ばされた……誘ったのはそっちなのに、解せない。


 因みに、この事を綺丞に話したら『お悩み相談センター』の連絡先、『後は非常時(不審者及び危険人物に襲われた事態)における対処法とその手順』なるサイトのURLがメッセージアプリ送られて来た。









 おまけ


 私――夜柳雫は幼馴染の世話で忙しい。

 それ以外は特段難しかったり煩わしく思う程度の労力が必要無い。


「夜柳先輩」


「何?」


 生徒会のメンバーである後輩の女子が、資料を抱くように運びながら私の隣に並ぶ。

 今は献立を考えるのに思考を巡らせたいのだけれど、仕方ない。


「実はですね、最近の小野先輩が勉強を頑張ってる姿を見た女子たちが彼への評価を改めてるみたいなんです」


「………?」


「何か、必死に解いたり、躓いた部分が解決した時に一人で無邪気に喜んでるところを見て可愛いって言う人もいて」


「……………………………………」


「一部では、今度は誘って一緒に勉強会しようって動きもあるそうです。人気者ですね、幼馴染さん」




 ――――夕食時―――――



「えっ、放課後は家で勉強しろ?」


 夕食を食べる大志が小首を傾げた。


「そうして」


「何で?」


「大志のせいで集中できないって苦情があちこちから届いてるから(余計な虫が付く前にフラグは追っておく)」


「そっか、了解(勉強してる俺が最高に面白いからとか?)」





 小野大志→自分の誕生日を小学四年生の時にようやく覚えた。


 夜柳雫→大志の写真の保有数がガチ引きするレベル。



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