いざ決戦/叩き潰す
「さて、準備は良いな?――野郎ども」
時は六月中旬。
あの名前の長い女子校の忌々しい体育祭の記憶が古くなった一週間後の話である。
俺たちの男子校にも、遂に体育祭の日がやってきた。
右も左も男子ばかり。
前も後ろも男子ばかり。
いないのは上と下だけ。
憲武がいるのは右だけだ。
むさ苦しい事この上ないメンバーだが、体育祭とは血躍り肉湧く男の戦だ。
今日、この日の為に練習はしていない。
体育祭実行委員の仕事で忙しかった所為もある。
立候補した時はやる気半々だったが、女子校での出来事を経て満々になった。
今日はあんな地獄にしない。
最高の天国みたいな思い出にしてやる!
その一心で働いた。
「いつでも行けるぜ、大志」
「小野、今日ばかりは俺が目立たせて貰うぞ」
「残念だったな。野郎共の視線を恣にするのはこの僕だぜ、小野」
「なあ、オイラって紅組だっけ?白組か?」
皆やる気満々だな。
開始は一時間後、それまでにクラス内だけでも士気を高めていこうかと思ったが、どうやら要らぬお世話だったようだ。
後は俺も自分が紅組か白組かを確認して、戦場に臨むとしよう。
そういえば、雫には日にちを伝えていなかったな。
こうなると弁当も無いだろうし、後で昼に何か買いに行くか。
「さて、諸君」
「今日の大志、いつも以上にウザいな」
「よく聞け。今回の体育祭は全公開でな、何と関係者以外も立ち入りが許可された」
「危なくねソレ?」
「だが、コレくらいやらないと女子は入って来ねぇ!!――と、満場一致で可決された。何なら教師陣営も含めてな。町内会にも許しを得て超瀬町にも一通りビラ配りしたりもしたな」
「教師も飢えてんなぁ。ま、教職って出会い少ないらしいしな」
そう、体育祭というのは仮の姿。
その本性はただ女の子に会いたい男の見せ場でしかない!
命懸ける理由になるだろう!
雫がこれで来なければ、尚の事良し。
彼女の傍だと、大抵が勘違いしたり呪い殺すレベルで妬んでくるのだ。一体、どこが羨ましいのかは俺にもさっぱりわからないが、見苦しいことこの上ない。
簡単な事だろう。
雫の近所に生まれて、仲良くなればいい話なのだ。
後は適当にしていれば何とかなる。
なぜ、皆はそうしなかったのだろうか。俺は意図してそうしたワケじゃないが。
「雫以外にも可愛い幼馴染ほしかったな」
「裁判モノの発言だぞ、それ」
「憲武だって思わないか?」
「夜柳さん一人で人生充分だろ普通!!後は可愛い義妹がいれば充分だ!」
憲武の性癖は歪んでいるな。
しかも雫一人で充分とか言ってるのに欲をかいて義妹要素を足しやがった。俺なら義姉派なんだけど。
現実にするには、俺と綺丞を足して三で割ったらそうなるかもしれない。
「今日ばかりは雫も忘れて全力を出すぜ!」
「おまえ全力でやると失敗するんじゃなかったっけ?」
「それはいつもの話だろ?今日は体育祭っていう特別な日だ、今までと違う」
「そうだな!」
さあ、開会式はもうすぐだ。
俺の青春の何ページ目かが、今始まる…………!
※ ※ ※
「本当にバカね」
私――夜柳雫は、弁当の準備をしながら独り言ちた。
それは一時間前に意気揚々と学校指定のジャージ姿で外出して行った愚かな幼馴染の事を指した物である。
おそらく、彼は気付いていない。
私は今日が男子校の体育祭だと把握している。
本人は隠しているつもりだろう。
「本当にバカ」
だが、隠す努力が見つからない程に本人は能天気だ。
そもそも、学校指定のジャージ姿で出ていく段階で察せない者がいるだろうか。
事前に町中でビラ配りしている生徒のボランティアたちも見かけている。
何処をどう足掻いても気付かないというのが無理な話なのに。
しかも、朝に。
『雫、今日は外出しない方が良いぞ』
『……どうして?』
『今日は俺の大事な日だからだ』
そんな言葉で人が止まると思うのか。
概ね私がいなければ、学校を訪れた女性と交流する機会に恵まれるとでもいう浅はかにも程がある楽観的な考え方でもしているのだろう。
『大事な日って?』
『雫には言えない事だ』
『…………そういえば大志。体育祭って中旬なのは知ってるけどいつ?』
『えっ、あ?おーん、いつかあるんじゃね?』
『……もしかして、今日?』
『いやいやいや、今日だけは無い。何が何でも今日だけは絶対に無い』
『…………そう』
会話内容も不審である。
もはや、これも罠ではないかと疑うレベルで挙動不審だった。
予想外の事態を招くのが大志の常だけど、私を欺けた事は一度もない。むしろ、大志が意図して行った末の結果は、他人どころか彼自身すら想定していない趨勢を辿る。
ただ、体育祭という今日に固定された行事、それも男子校という開催地まで限定されているのでそこだけは覆らない。
私が赴いた瞬間に体育祭が終わるなんて事は無いだろう。
わざわざ他の女が寄り付く可能性を看過する道理はない。
必ず摘み取る。
大志が私の手中を離れるような事態に繋がるなら行かない理由は無い。
『大志、怪我だけはやめて。介抱するのが面倒くさいから』
それに。
『酷いな。俺は雫が大事だから怪我したら何があっても助けるぞ』
あんな事を言われたら、行くしかない。
『……………あっそ』
ああいう事を言って私の心に火を点けるのだから、私が体育祭に行くのは当然の事となる。
本当にバカだ。
わざわざ大志以外の男で埋め尽くされた場所に行くのは嫌気が差す。
でも、町の動きを見る限りではビラ配りなどの宣伝で注目度が集まっている所為か、訪ねようとする動きがそこかしこで見られた。
群衆に紛れて、私も大志の魂胆を真正面から叩き潰すことにしよう。
私以外の女と?
そんな可能性なんて。
「断じて認めないから」
準備の完了した弁当の蓋を閉じて、私は先の展開を予想しながら思わず笑った。




