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良しというまで



 雫のカミングアウトから数分後。

 俺は大衆の鋭い視線に晒されていた。

 我が子の勇姿を見届けに来た保護者、その代わりだったり招かれて足を運んだ関係者たちは、もはや体育祭はそっちのけで俺の方を凝視している。

 雫め、余計な事をしやがって。

 嘘を信じ込んだ連中が俺に敵意を向けている。

 温かく、包み込むような刺々しい空気に俺はさっきから心底うんざりしていた。


 もう帰りたい。


 まだ見ぬ女の子とか、雫の応援に用意していた熱量が冷めてしまった。

 もう帰ってゲームがしたい。

 隣にいる憲武もみんなと同じリアクションだし、綺丞はそれを避けるべく別の場所に移動しようとして女の子たちに捕まり激しい勧誘を受けている。

 誰か、俺を助けてくれないだろうか。


「大志、来たけど」


 そんな気も知らずに雫が現れる。

 諸悪の根源が涼しい顔で来やがったぜ。

 若干の批難を込めて睨むと、雫は少しだけ頬を赤く染めて顔を背けてしまった。

 え、そんなに怖かった?



「少し、大胆すぎたかも」



 恥じらうような表情に、周囲からまた絶叫が湧いた。

 え、何がどうなってるのか理解不能だ。

 既に太腿やうなじを露出している時点で大胆を通り越しているのだが、雫はそれ以上の何かをしたというのだろうか。

 それだと警察沙汰になるかもしれないぞ。


「そういえば、雫」


「なに」


「帰って良いか?」


「――は?」


「いや、もう恋人作りできそうな雰囲気じゃ無いしさ。学校全体ってレベルから敵意を感じる」


 雫の一言に翻弄されてしまった群衆は何とも滑稽だが、俺の関わりたい女子校の生徒すらも雫の寵愛(嘘)を享ける俺にダイヤモンドを見るような侮蔑を込めた眼差しを注いでくれる。

 雫は性別を問わず、本当に人気なんだな。


 ファンクラブといい、俺が雫と密接に関わっている事を良しとしない人間は多いのだろう。


 もう完全にアウェーと化してしまったこの女子校で俺に出来る事は一つか二つしか無い。

 そんな状況ではやる気も出ないというものだ。


「私の応援、しないんだ?」


「雫なら楽勝で勝てるだろ」


「……呆れた。私のこと、本当にどうでもいいのね」


「そんな事無いぞ。世界で三番目くらいに大事だ」


「私を差し置いて一、二番って何?」


「一番は俺の父さんと母さん、二番目が雫の両親だろ」


「私の両親が私より上って判断基準が意味不明」


「だから三番なんだって」


「はァ?」


 かなりドスの利いた声が出てきた。

 そんなに凄まれたって順位は変えないぞ。

 これは厳然たる理由があって、この番付になっているのだ。変動する事はきっと俺の生涯で一度たりとも無いと断言は出来ないが、一応無いと言っておく。

 何せ。



「雫をこの世に生んでくれた人だぞ、大切に決まってるだろ」



 いつも世話になっている人、俺の命を何度も助けた幼馴染を生んだ人だ。

 俺にとって大切でないワケが無い。

 彼らが結ばれなければ雫もいなかった。

 あの二人がセットという前提がある以上、雫よりも貴重なのは言わずもがな。


 さて、これで納得しただろうか。

 雫の反応を窺うと――何故かまた頬を赤らめていた。


「………よく臆面もなく、そんなこと」


「普段から嘘つきな雫に率直なことは言えないよな」


 無言で足を蹴られた。

 足が速いだけあって瞬発力のある攻撃だった。


「話が逸れたけど、帰って良い?」


「……帰り道で女の子に誘われても、そのまま家に帰る?」


「もうそんな気分じゃないし」


「本当に?」


 ここに望みは無い。

 雫を慕う人間で構成されたこの学校では、俺という人間が邪魔で仕方がないようだ。

 赤依沙耶香や永守梓という一縷の望みはあるが、さっきの出来事で全滅したと言っても過言。

 諦めるには早いがもう、ここではやる気がない。

 だから――――。


「ああ。こことは違う学校の女子を狙うことにするよ」


「生きて帰すわけにはいかなくなった」


「何と!!!?」


 新天地を目指そうとする俺に雫が待ったをかける。

 河岸を変える事の何が悪いんだ。

 しかも変えなくてはいけない理由が雫なのに。


「どうしたら生きて帰れるんだ」


「知りたい?」


 勿体振るように雫が問いかけてくる。

 もう答える気力も無くて俺が視線で促すと、雫が俺の手を握った。


「私が良しというまで」


 手を繋ぐだけで帰してくれるらしい。

 こんな事態にした事で少し頭にきていたが、やはり優しいこのようだ。

 何だかんだで俺の事を考えてくれる。


「ちょいちょい、これ以上やるとコロシアムなるからさっさと帰してやんなし」


 プラカードを掲げた雲雀が呆れた顔で立っていた。


「雲雀、それは?」


「体育祭実行委員の補充員やってんの」


「梓ちゃんもやってたな、ソレ」


「クラスから最低二人集めるクセに人手不足とかふざけてるでしょ、マジで」


「俺の学校もそうしようかな」


「ほら、夜柳。もうすぐ大縄跳びだから」


「そう」


 名残惜しげに雫が手を離す。

 これで帰って良いってことだよな。


「ダメ」


「え゛」


「私はまだ『良し』と言ってないから」


 最後にそう言って微笑み、雫は雲雀と共に立ち去っていく。

 俺はこの時、理解した。

 これ、雫が最後まで良しって言わなかったら普通にずっと帰れないんじゃね?







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