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いざ、聖志女子高等学校体育……長い!



「綺丞、準備は良いか?」


 聖志女子高等学校の正門に立ち、俺は隣の綺丞に覚悟の確認を取る。

 黙って立つだけで注目を浴びる彼は、辟易した様子で太陽を睨んでいた。それもその筈、六月となり夏の暑さがいよいよ本腰を入れ始める頃合いなのだ。

 梅雨明けとあってカラカラの太陽。

 正直、ゲーム三昧のアウトドア派である俺の天敵となる季節だ。

 無言ではあるが、綺丞も同意見だろう。


「大志。決めるんだな!?今、ここで!」


「ああ。勝負は、ここで――」


 綺丞の軽い手刀で遮られた。

 せっかくもう一人の同志――憲武との掛け合いの途中だったのだが、どうやら自分も入れてくれなかった事が少し寂しいようだ。

 やれやれ、変わってないな。


 改めて、女子校の正門を見る。


 いつもは校名の刻まれた名札を遮るように立て看板が設置され、そこには『聖志女子高等学校体育祭』という画数だけで手首が痛くなる文字が力強く書かれている。

 そう、俺たちはこれが目的だ。

 発端は遡ること六日前。




 俺は雫と家で休日を満喫していた。


「ところで雫」


「なに」


「雫の学校が体育祭らしいけど、俺って見に行けるの?」


「…………何でアンタが来るわけ?」


「頑張ってる姿を見たいじゃん」


「………え、ホントに?」


「――まだ見ぬ女の子たちを!」


 そう言ったらティッシュ箱が高速で飛来してきた。

 速すぎて見えなかったが、ティッシュ箱が自ら飛んだのではなく、雫による投擲だ。俺はこれを難なく顔面で受け止めて、落ちたところを手でキャッチする。


「乱暴は良くないぞ、雫」


「不純な動機で我が校に入ろうとしてくる人にはこうするのが礼儀なの」


「女子校って怖ぇ」


 ううん、女子校に入れば必然的に女子との接触も増えて恋人作りに進展があるのだが、俺としては伝手がこの雫と梓ちゃんと雲雀しかいない。

 俺は知っている。

 関係者ならば体育祭や文化祭の際に校内に立ち入れるのだ。保護者でなくても、その知り合いの許可さえあれば問題無し。


 ただ梓ちゃんに頼んだら体育祭実行委員の補充員で忙しいらしいし、雲雀に関しては『さては死に足りないな?』と言われた。


 そんな事はさておき、結局頼る伝手が雫しか無いのだ。

 あれから合コンで会った赤依沙耶香の連絡先は一向に伝わってこないし。

 しかし、頼んだ相手は俺の恋人作りに絶賛反対中の雫だ。

 そうそう上手くはいかない。

 頑固なので、きっと無理だろう。

 雫に嘘を吐くのは申し訳ないので正直に話したが、どうやら逆効果だったらしい。


 こうなったら、最後の手段だ。


「よし」


 俺は先日手に入れた、もう一つの連絡先(きりふだ)を発動した。





 そうして当日、俺は連絡相手と合流すべく校門にいた。

 途中で元々この体育祭に来る予定だった憲武と出会い、続けざまにこの高校を所用で目指していた綺丞をピックアップして現状に至る。


「おまたせ~!」


「来た!」


「あれ、イケメンばっかじゃん!」


 何故か興奮気味な待ち人――夏川梅雨が現れた。

 まあ年頃の少女なのできっと何かあるのだろう、知らんけど。


「二人は追加メンバー?」


「そう。こっちが同級生の憲武で、こっちが親友の綺丞!」


「よろしくね綺丞くん」


「…………」


 綺丞はスマホを見たまま、夏川に見向きもしない。

 相当拗ねてるな。

 明らかな無視に若干夏川さんの眉尻がひくりと動くが、笑顔は崩さない。何て眩しいんだ、この前の一件で印象はあまり良くなかったので頼りたくない人物だったが、案外いい子なのかもしれない。


「ところで綺丞、この高校に用事って何なんだ?」


 そう声をかけて、綺丞が顔を上げる。

 すると。



「お兄ちゃーーん!こっち、こっち!」



 大声で何やら兄を呼ぶ声がする。

 俺も聞いた覚えがあり、綺丞が顔を顰めながら声のする方へと歩いていく。

 声の主は、襟足を二つに緩く束ねた小柄な少女だった。ぴょんぴょんと跳ねながら精一杯大きく手を振る様がなんとも大型動物っぽい。


「あれ、大志先輩!お久し振りです!」


「おー、扇っち。久しぶり」


 彼女は矢村扇。

 綺丞の義理の妹で、中学校の頃に綺丞の家にお邪魔した際によく遊んだ子だ。会う回数は少ない雫も、綺丞の家に遊びに行く際には『これは扇さんの分だから、絶対に矢村くんには渡さないこと』なんて念押しして間違われないよう注意する程に可愛がっていた。

 いやあ、扇っちには、何度ボードゲームで負けたことか。


「大志!!テンメェええ、知り合いに美少女多すぎだろうがああああ!!!!」


「逆に美幼女と美熟女が少なくて困ってる方だぞ」


 綺丞は手に持っていたカバンを扇っちに渡す。

 それだけで彼女は花の咲くような笑みを浮かべた。


「ごめんね、休日なのに」


「…………」


「え、お兄ちゃん!?見ていかないの?」


 カバンを渡すなり踵を返す綺丞に扇っちが瞠目する。

 あわあわとその後を追って引き留めようとしていた。

 仕方ないので、俺が肩を掴んで止める。


「待てよ、綺丞」


「…………?」


「一緒に女の子と遊ぶっていう志、もう忘れたとは言わせないぞ」


「お、お兄ちゃんが……!?」


「………………………………………………………」


 扇っちは驚きながらも追いついて、綺丞の袖を掴む。


「せ、せめて百メートル走だけ見ていってよ!お兄ちゃんに練習付き合ってもらった成果を見せたいの!」


「…………」


「だ、だめ………?」


 扇っちのウルウル上目遣いを受けて、十数秒。

 無表情で見下ろす綺丞と彼女の無言の格闘が続いた後、やがて嘆息しながら綺丞が体の向きを変えた。

 どうやら、やはり女の子との交遊は捨て難かったらしい。


「ちょっとー、私は放置ですかー?」


「ああ、悪いな夏川さん」


「良いよ。………その代わり、大志くんには色々な事をして貰うから」


 夏川さんが妖艶に微笑む。

 俺はこの時知らなかった、彼女の企みによって三途の川を見る事になるなんて。









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