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呪い殺されるんじゃね?



 その日、事件は起きた。


「私も、髪切ろうかしら」


 ふたりきりの居間で呟いた雫の唐突な発言に、俺はゲーム中の手を止めて唖然とした。

 ゴールデンウィーク後半戦。

 買い物に出た両親を待って留守番中の俺と雫は、穏やかな休日を過ごしていた筈だった。泣いて懇願したので勉強は午前中だけとなり、今は自由時間を満喫している。

 否、満喫していた。


「髪を!?何で!?」


 驚いて思わず声を張る。

 いや、だってさ。

 雫ってば、髪型は拘りでもあるのかダイレクトロングで貫いてきた。何か違うな、真っ直ぐみたいな意味のやつだったような…………。

 それは兎も角、髪型は幼少から不変の雫アイデンティティーの一つ。

 それを今更何故?


「大志も髪を切って印象変わったし」


「雫もカラーチェンジするってこと?」


「そう。色じゃなくて髪型を」


 髪を切るというのは普通の事だ。

 お洒落としてこれ以上ないほど印象に変化を与える物だろう。

 だが、今まで伸ばし育てた髪では話が別だ。

 時間を経ただけ貴重さがある。

 俺だってこの前の美容院で切り落とされた髪の一房を拾って泣いて、涙で濡れた顔に髪が貼り付いて痒かったくらいだ。

 それほどに髪は人の心身に影響を与える。


 雫が髪を切る理由が何かあるのかもしれない。


 だが、俺は察知能力が低いらしいから分からない。

 ここはネットに頼るか。

 検索ワードは…………『髪を切る、女の子』で。


 なになに?


 女の子が髪を切るのは『お洒落、心機一転、失恋した悲しさから吹っ切るため、呪い、因習、供物、ご飯に混ぜる、首を括る、身近な殺しの道具、食べる、ストレス解消』…………………え、雫はもしかして誰か殺したいの??

 ほぼ何か物騒なんだけど。

 ご飯に混ぜるって、もしかして俺に食わせ………いや、もしかしたら雫は毛髪で美味しくできる料理を開発したのかもしれない。

 コイツならやりかねん。

 …………流石にそれは無いか。

 雫は料理にすごく注意を払っているらしいし。知らんけど。


 そうなると、お洒落とか心機一転………失恋、は無さそうだな。コイツに落とせない男がいるなら見てみたい。


 ということは、やはり。


「雫」


「なに?」


「早まるな。雫が刑務所に行ったら俺生きてけないぞ」


「意味わからない」


 まずい。

 このままでは幼馴染が殺人鬼になる。


「もっと穏便に解決できないか?ほら、もし過去に何かあったなら最近は裁判っていう立法システムがあるんだから活用しようぜ?」


「裁判は司法。…………何の話?」


「おまえの髪の話だよ!!」


「イカれてるの?」


 駄目だ、全く話が通じていない。

 こういう時に限っていつもの察しの良さが無いのだ!

 何だかんだで雫も天然だよなチクショー!


 どう伝えたものかと悶々としていると、雫は自分の髪を見つめている。

 毛先まで黒く艶のある美しい髪。

 あれが、無くなるのだ。

 いや、どんな髪型にするかによるけど、風にゆったりと靡くあの黒髪がもう見れなくなるのだ。


「ほ、本当に切るのか」


「悪い?」


「後悔しないのか」


「…………後悔するのはアンタじゃない?」


「え?」


 その言葉の意味がわからなかった。

 雫は俺の眼前で肩にかかった髪を払い、何やら不敵に微笑んでいる。

 それからゆっくり、俺の耳元に口付けるように近付いてきた。



「長い髪が好きなのね、アンタ」



 楽しそうな雫の声が脳内に響く。

 長い髪が好き?

 そうなのかな。

 俺は女優さんのベリーショートのかっこいいやつとか、ショートボブとかも可愛くて好きだけどな。


「いや、どうだろうな」


「じゃあ、切ろうかな」


「えええ、いやいやいや、ちょっと待てって!」


「ほら、好きなんでしょ」


「うーん?」


「じゃあ、別に切ってもいいわね」


「まあ待て待て、落ち着いて考えようぜ」


 雫が切ろうと決意し、ソレに俺が待ったをかけるやり取りがこの後に十回くらい続く。

 基本は険しかったり無表情だったりの雫が、始終楽しそうに意地悪な笑みを浮かべていた。


 何かものすごく疲れた。

 というより、雫の髪なんだから俺に一々言わずに勝手に切ればいいじゃないか。

 何だチクショー、人を混乱させやがって。


「なら勝手に切れば良いだろ、知らね」


「……………」


「……………」


「……………」


「ち、因みにどれくらい切るつもりで?」


「この辺りまで」


 雫は肩のやや上の辺りで指を振る。

 それを見た瞬間に、俺は息を呑んでしまった。

 思わずひゅっ、何て呼吸音が聞こえるくらいに動揺した。

 いや、何で動揺してんねん。


 それを見た雫が口元を手で隠してくすくす笑う。


「そんな捨てられた子犬みたいな顔するのね」


「ぉ、んなこと、ない、だろ」


「仕方ないわね。思いつきだから、止められてもやりたいと思う程じゃないし………やめておく」


「ふううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぁぁぁぁ―――――――!」


「肺活量」


 正体不明の安堵に肺の中のものが全部出る。

 ゲーム機を放って机の上に突っ伏した。


「それにしても意外ね」


「えー?」


「アンタが長い髪好きなの」


「いや、よく分からんけど。………多分どんな髪型にしても雫なら似合うんだろうけど、何か…………こう、雫の長い髪ってのが重要、なんじゃね??」


「何で最後が曖昧なのよ」


 それでも、いいことを聞いた、とばかりに雫がほくそ笑んでいる。

 こういう時だけ表情豊かになりやがって。

 裁判所で会おうじゃないか。

 それにしても裁判所って司法だったのか。確か中学の授業にて三権一体というのでを習った気がする。あれ、これも何か違くね?


 自分でも意外には思ってる。


「雫」


「…………?」


「雫は俺が髪切ってどう思った?」


「………………そうね」


 雫はしばらく考えた後、険しい視線をこちらに投げかけた。


「取り敢えず、呪い殺そうと思ったわ(あの忌々しい永守梓を)」


「…………そっか」


 雫はそれだけ言うと、満足げにキッチンへと向かっていった。

 そろそろ夕食の準備に取り掛かるつもりだろう。

 ううむ、なるほど。





 今日の晩飯で俺、やっぱり殺されるんじゃね?






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