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死ぬってどゆこと?/水面下で動く



 水族館に入り、俺と永守梓は水槽内だけが照明された薄暗い通路の中を歩いていく。

 お、何だろうアレ。

 エビとザリガニの中間みたいなのがいる。

 思わずかっこいいと口にしてしまう造形に見入っていると、永守梓がそんな俺を微笑んで見守っていた。

 いやいや。

 雫といい、何で俺の方を見るの?

 目の前に陸の生き物がいるでしょうが。


「梓ちゃん、俺見て面白い?」


「はい。何か可愛くて」


「かわ?」


「目をキラキラさせて見たり、あっち行ったりこっち行ったり忙しない様子が何か子供っぽいというか子犬っぽいというか」


「まだまだ若いってこと?」


「あー、うん、はい」


 真面目に答えて、梓ちゃん。

 しかし、子犬っぽいとか忙しないとか聞くと何だかやはり幼児扱いをされている気がする。

 雫もそんな感じで俺を見ていたのだろうか。

 大人っぽくなろう。

 とりあえず、紅茶が美味しいと感じられるようにならなければ。


「マンボウだ」


「たしか七十二億人も産む魚だっけ」


「億桁の産卵はしますけど人は産みませんよ」


 そうだったっけ。

 中学の理科の教科書の雑学部分にそんなのが載ってたが、目から鱗が剥げるほどの衝撃を受けた覚えがある。

 億桁の産卵はするのか。

 スケールが凄すぎてよく分からない。

 少なくとも俺だったら絶対に無理だ。


「デカい割に平たい体だ」


「ちょっと面白いですね」


「あれ、フグの仲間って書いてある。え、マジで?あのメッチャ針出てるヤツのデカいバージョンなの?」


「それハリセンボンですね。でも、ハリセンボンもフグの仲間に分類されてますよ」


「じゃあ、コイツも破裂するのか」


「何を想像したんですか??」


 ほら、アレだよ。

 追い詰められると毒液を撒き散らしながら卵も撒いて自爆する魚だよ、名前は思い出せないけど。

 そうか、おまえもフグの仲間だったか。

 魚卵って、確かイクラだよな。――ということは、コイツ一匹で幾らでも食い放題なんじゃないのか?


「でも残念ですよね」


「ん?」


「億を超える数を産んでも生き残るのはほんの一握りで、それ以外は食べられちゃうそうです。これも生存戦略の一つ、なんでしょうけど」


「そりゃ美味しいからね」


 俺も魚だったらめっちゃ食うかな。

 でも海の中には雫並に凶暴な物もいるらしいから危険地帯だ。特にホオジロザメとかシャチなんかは、雫を見ているようで微笑ましく思えてしまう。

 海は危険、俺じゃ生きていけない。


 永守梓は――小魚っぽい。


 イソギンチャクに隠れてるやつ。

 ほら、熊の爪みたいな名前の。


「先輩ってイルカに似てますよね」


「イルカ?」


「人懐っこかったり、飛び跳ねたり」


「俺あんまり飛び跳ねてないよ?雫にも危ないから体育以外で走るなって言われてるし」


 でもイルカって可愛いよな。

 魚の中だと一番と言っていい。


「でも、イルカは魚じゃないから…………うーん、魚に例えると…………」


「え、イルカって魚じゃないの?」


「はい、クジラとかシャチと一緒で哺乳類ですから」


「マジで???」


 嘘じゃん。

 じゃあ、俺とイルカって親戚なのか。

 これかなり凄い事だろ、ゴールデンウィーク明けに学校の皆に自慢してやろう。


 しかし、マンボウだけで盛り上がれるとか俺と梓ちゃんはかなり気が合うのかもしれない。

 次のスペースには、水中を優雅に泳ぐネコザメがいた。

 猫……………ネコ、どこが??

 何処をどう見ても猫要素が皆無なのだが。

 むしろ焼いた半平みたいな感じである。


 しかし、サメということは人も食うのだろうか。


「ネコザメ、可愛いですね」


「かわいい、のか?」


「はい、大人しいので飼う人もいるみたいですね。主食はサザエ…………硬い殻も割って食べるって凄いですね」


「貝殻って旨いの?」


「いえ、食べるのは殻じゃなくて」


 永守梓が苦笑しながら説明する。

 何故か最後に「貝殻は食べちゃいけません、口の中が切れちゃいます」と注意された。幾らかアホだからってそんな事はしない。

 どうやら相当に侮られているようだな。

 だがお生憎様。

 俺がそうなる前に雫が止めてくれるから、断じてそんな事にはならない!!



「あれ、大志じゃん」



 んぁ?

 呼ばれた声に振り向くと、清掃員用の作業服に身を包んだ実河雲雀が立っていた。

 何かサマになっていてかっこいい。

 帽子をくい、と上げる仕草かっこいい。


「おお、雲雀じゃん!四ヶ月ぶり!」


「アンタと知り合ってまだ一月くらいなんだケド。何処の世界線のあたしと会ったのソレ」


「先輩、このお方はまさか」


「そう!実河雲雀!俺のゲーム友だちでメチャメチャ良いヤツなんだぜ!」


「べた褒めやめろし」


 雲雀さん、クールに照れるのかっこいい。

 帽子で顔ちょっと隠すのかっこいい。


「ところで、雲雀はまさかバイト?」


「ま、清掃専門だけどね。たまにペンギンに餌やれるから楽しんでる」


「実河先輩バイトしてるんだ…………」


 ああ、そっか。

 確か雫と同じ学校に通っているから、永守梓の先輩という事になる。


「あれ、でもウチってバイト禁止じゃ?」


「ちゃんと学校に申請すればある程度は認めて貰える。ま、掛け持ちしてるのは他言無用で」


 相変わらず忙しそうだ。

 俺も興味あるし、バイトでも始めようかな。

 でも、そもそも何に興味があるか。

 火には危ないから近付くなって雫に言われてるから飲食店はまず無理だし、そうなると雲雀みたいに清掃か?


「大志は…………デート?」


「おうよ」


「程々にしないと夜柳にシメられるよ」


「何で?まあ、いつも絞められてるから大丈夫だぞ」


「ま、アンタが死なないようにあたしが夜柳に連絡入れといてあげるから、気ままに過ごしな」


「サンキュー!………死ぬってどゆこと?」


 手を振って雲雀は去っていく。

 どうして他の女の子と遊ぶと俺が雫に殺されるのだろうか。


 帰って訊いてみよう。









  ※   ※   ※






 大志たちから距離を取った後、あたしは物陰に隠れて作業着の中にあるスマホを取り出す。

 本当はバイト中携帯は禁止だけど。

 真っ先にメッセージアプリを開いて、夜柳の個人ルームを開いてメッセージを送信する。


『予定通り、接触完了。内容通り後輩と二人っきり』


『ご苦労さま』


『大志が男前になってたぞー』


『なんのこと?』


『髪切って後輩ちゃんと水族館デート中』


 既読マークが付いたが、あれだけ速かった返信が来ない。

 恐らくかなり動揺しているのだろう。

 あたしだって最初はびっくりさせられた。


 昨晩、あたしは夜柳に頼まれた。

 ちょうど働いている水族館に大志が後輩とデートに足を運ぶ。

 その際に、他に怪しい影がいるだろうからその場合は指示通りに動いて欲しいとの内容だ。


 偶然を装って接触するにしても、まず大志を探さなくてはならなかった。

 それが、意外な形で見つかることになる。

 目立つほどイケメンではないが、すれ違った瞬間に誰かと思って声と会話内容を聞けば大志だと判明した。


 なるほど、身なりを整えればああなるってワケ。


 ただ、これを夜柳が知らないはずがない。

 彼女が意図的に隠したのだろう。

 それを隣にいる後輩が露見させてしまった、という経緯が容易に想像できる。


「さてさて、あたしは――っと」


 ちら、とあたしはスマホをしまう。

 入館し、水槽を眺める客の中から大志たちを遠くから眺める視線が一つある。

 可愛い女の子だ。

 ある程度の変装はしているが、昨晩に夜柳から急遽送信されてきた写真の子と容姿が合致する…………アレが瀬良花実ね。

 それで、隣にいる長身の男子が夜柳の言う『協力者』か。


「矢村くん。あの二人、楽しそうだね」


「……………」


 大志を観察する瀬良花実の傍らで、その男子が深く被った帽子の下に隠した目で私の方を一瞥する。

 あっちも把握してる系か。

 おっけ、指示通りに動こう。







 

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