幕間「中学時代」3
中学三年になろうと大志との関係は変わらなかった。
俺と唯一交流のある男子。
夜柳に守られた唯一の男。
そんな箔が付いた所為か、その目立ち様は去年の比ではなかった。一緒にいる瀬良も一時期は災難に遭ったが、幸か不幸かこういう時に大志の空気の読めなさは役に立つ。
うるさい事には変わらない。
ただただ、賑やかな年は続いた。
そう、去年と変わらず俺は――。
「ハァッ―――――!」
炸裂音と共に夜柳がバレーボールを放つ。
ネット上から斜線を描いて走るボールの落下地点に俺は滑り込み、レシーブで受け止めた。
揃えた腕に着弾した球が跳ね上がる。
びりびりと皮膚が燃えるように痛い。
衝撃を吸収するように構える心得はあったのだが、桁違いの威力に俺の技術力が追いつかなかった。
「いくぜ、綺丞!」
俺が止めた球を、大志がトスで上げる。
ドジ体質のコイツにしては上手く、ネット付近の上空へと緩やかに上昇した。
絶好の位置――ここだ。
俺は即座に飛び退いて助走距離を稼ぎ、球が中空で止まる瞬間に走り出した。
――決めるなら、今!
俺は跳躍し、ネット上で落下運動を始める直前の球へと振り下ろした腕を叩き込む。
渾身のクイック。
如何に超人とて、これは受け止められまい。
そう考えた俺の慢心を否定するように、夜柳の体が滑るように身を低く屈めながら、片足をボールと落下地点の間に割り込ませた。
彼女の臑でボールが跳ねる。
また止められたか………。
「綺丞、まだまだ行け――ゴブっ!!?」
「!?」
俺の隣から叱咤する大志の顔面を、夜柳のスパイクが撃ち抜いた。
奇声と共に大志の体が後ろへと飛んでいく。
数歩後方でばたり、と宙を舞って倒れた。
「大志、鼻血が出てるわ。これ以上は危険よ」
「(おまえが撃ち込んだんだが?)」
倒れて痙攣している大志に夜柳が嘆息する。
どっ、とコート外で歓声が湧いた。
何故、こんな事になったか。
それは去年から続く、俺と夜柳の因縁にある。
いや、一方的な物なのでこっちに非は無い。
大志と交流するようになった俺を羨んだ夜柳が、よく勝負を仕掛けるようになったのだ。
今のところ四十八戦二十三勝二十三敗二分。
ある時は一騎打ち、ある時は大志を含めて勝負した…………のだが、今回と同じく大志はよく俺の味方をするので毎度の事ながら悲惨な目に遭っている。
俺が幾度断って逃げようにも、夜柳に煽動された人々の輪で退路を塞がれ、何故か大志が俺の意思を介さず勝負を受諾する。
そんなこんなで、一度も回避できた例がない。
なお、勝利すれば暫く関わらないという交換条件があるので勝利は取りに行くのだが、如何せん一騎打ちだと実力が拮抗するので困難だ。
手抜きをして故意に負けようとしたが、一度だけ殺されかけたのでそれもできない。
そして今回の勝負はバレー対決だ。
コートにいるのは、夜柳対俺と大志…………最初から意味不明だ。
今のところ、得点は20―21である。
「さあ――これで二人きりね」
「(バレーは団体戦なんだが?)」
後ろでは瀬良の手によって大志が運び出される。
それがコート外へ出てから、夜柳がボールを手に取る。
「大志の隣は、一人で充分よ」
夜柳が俺にだけ聞こえる声量で告げる。
背を向けてエンドラインまで歩いていく。
………………帰りたい。
「カッコ良かったぞ、綺丞!」
下校中、笑う大志に肩を叩かれる。
今日の勝負は俺が勝った。
代償として腕は痛いが、これで暫くは夜柳の毒牙も遠ざかることだろう。原因となる隣の男は全くそこを察してくれないので、きっとまたその日は訪れるが。
「俺、今まで雫に勝てる人間なんか見た事無かったぜ」
あれに勝てる人間がいるのか微妙だ。
そもそも人間かと疑ってしまう。
「よっしゃ、勝利の宴をファミレスで開こうぜ!ついでに花ちゃんとか呼ぼうぜ」
「…………やめておけ」
「ん?」
「折角他にも友人ができた時期だ」
「そっか…………」
大志が寂しげに笑ってスマホをしまう。
多分、一時間後には忘れてまた連絡しているだろうが。
瀬良は、最近別の連中と交流を深めている。
悪い事ではないが、俺には不自然に思えた。用意されたレールへと、まるで瀬良が乗せられているようである。
ただ傍から見たら違和感を違和感として捉えられないほど些細で、恐らく当事者の瀬良と勘の鋭い者しか分からない状況だろう。
俺としては、セッティングしたのは夜柳だと睨んでいるが。
「なあ、綺丞」
「…………?」
「綺丞も他に友だち作りたいなら良いぞ。最近は俺の相手しかしてないし、中学校生活大丈夫か?」
「(おまえと会うまで友だちもいないし、去年からそうさせてるのおまえの所為だから)」
大志はいつの間にか何処で買ったかも分からないアイスバーを口にしている。
溶けてもう手が半分は濡れていた。
不注意にも程がある。
喋らないで食え。
「俺も結局、三年にもなって綺丞以外に特別仲の良い男子とか出来なかったなー」
「…………」
「俺の何が悪いと思う?」
「(そこだと思う)」
とりあえず、俺は拾った石で大志の足下に転がっている糞を進路から弾き出す。
大志に飛びかかってきた野良猫の首根っこを宙で掴み、少し離れた塀の上に置いた。
…………コイツの近くは苦労しかしないな。
瀬良もいなくなって、余計にやることが増えた気がする。
よくコイツと一年以上も一緒にいられたな。
本気で拒絶しても良かったのに。
夜柳のように、俺も何かコイツに感化されているのだろう。
「そういえば、綺丞って兄弟とかいる?」
「…………妹」
「そっかぁ。俺一人っ子だけど妹がいる感覚は分かるぜ!雫っていう妹分がいるからな!」
「(世話されてるのに兄貴面か)」
コイツの厚顔さは並の物ではない。
ほとんどブレーキの無い幼少期の状態から面倒を見ている夜柳の苦労は、俺の想像を絶するだろう。
だが、どうして許してしまうのか。
それは、きっと。
「今度、家に遊びに行かせてくれ!菓子いっぱい持ってくからさ!」
コイツの裏表の無いところに、救われたんだろうな。
人の注目を浴びて、特に知りもしないのに無条件でしたってくる人間ばかりで何もかも疑って辟易してしまう俺のような面倒くさいヤツには。
「…………うるさくしないなら」
もう暫く、中学を卒業する辺りまでなら…………面倒を見てやってもいいか。
そして、高校二年。
隣町の進学校に通う俺は、一人で登校していた。
中学時代の騒々しさは遠い過去だ。
一年時から穏やかで静かな日々を送っている。
瀬良と同じ学校だったのは意外だったが、知り合いはそれくらいなので後は無視している内に遠目で見つめられるくらいで他人が直接関わってくる事はほとんど無くなった。
「見て、矢村様よ」
「今日も神々しい」
何故か中学時代より神格化されているが。
実害が無いので放置はしている。
「矢村くん」
隣からかかった声に視線だけ向ける。
中学時代とは全く雰囲気の異なる瀬良がそこで微笑んでいた。
最近になって何処と無く夜柳に近い気配を漂わせ始めた彼女とは、極力関わりたくない。
「最近ね、大志くんに会ったの」
「……………」
「いまテスト期間で夜柳さんもあまり協力してくれないから凄く苦労してるみたいで、勉強会もしたんだよ」
なぜその話を俺に振る?
「矢村くんって、大志くんと特別仲が良かったけど…………あの後に交流とかあるの?」
「……………」
「答えて」
瀬良が迫力のある顔で距離を詰めてきた。
こんなキャラだったか、コイツ。
「別に」
「そっか、えへへ…………じゃあ独り占めだ」
こんなキャラだったか、コイツ。
内心で戦々恐々としていると、俺のスマホが震動する。
通知には一件のメッセージ。
開くと、差出人は…………。
『協力しなさい』
………………………………………………………………嫌な予感。




