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デートのお誘い



 俺は男子校の教室でのんびりしていた。

 まだ始業式から初授業とあって、どれもガイダンスで終わる。

 この授業内容ほど眠くならない物は無い。

 逆に本格的な授業が始まると著しく関心が失せるのだが、そこは仕方がない。勉強は得意では無いし、テストで良い点を取った事も無い。

 将来は頭を使わない仕事がしたい物だ。


「なあ、大志(たいし)


「何だ、憲武(のりたけ)


 昼食の弁当を食べていると、前の座席に座っているクラスメイトの憲武が話しかけてくる。

 美容院で整えた髪と、はっきりとした目鼻立ちは男子校ではイケメンの部類の人間として数えられているが、女子のいない我が校ではぶっちゃけどこまでイケメンなのか不明だ。

 だが、こんな眼鏡で寝癖ばかりの陰キャな俺に対して話しかけてくれる辺り、とてと心根の良いヤツなのである。

 まあ、俺と同類のおバカなのだが。


「今朝、あの美姫様と一緒じゃなかったか?」


「おう、今朝は一人で登校してきたぞ」


「怪我は無かったか?」


「肘と頭と膝をぶつけたくらいだ」


「その内、お前たぶん死ぬぞ」


 何故だろうか。

 俺が独りで登校するのをここまで怖がるのは失礼だと思う。雫といい、憲武といい、そこまで俺を見下げ果てているのは心外だ。

 それにしても、今朝の反応から雫は俺の単身での登校を認めていない。

 帰ったら契約書を突きつけて来るだろう。

 ただ永守梓と偶然一緒になっただけなのに。


「実力を認めて貰えないって悲しいな」


「そんなもん、お前にあったのか」


「ある」


「……ていうか、噂の生徒会長と美姫が付き合ってる件って本当なのか?気になって夜しか眠れなかったぞ」


「俺も調べたが……交際してるらしい」


「そうか、今夜は眠れそうにないな」


 憲武ががっくりと肩を落とす。

 落ち込むような事があっただろうか。

 向かい側に通う男子校の憧れの美少女に恋人ができた程度である。俺としては、長年幼馴染やってた相手が先を行ったようで不安しかない。


「俺も狙ってたんだけどなー」


「狙ってたのか?」


「当然だろ。

 超瀬町じゃ、密かにファンクラブが設立されてる。老若男女問わず町が彼女を支持してるからな」


「へー」


「俺の予想じゃ、お前が付き合ってると思ってたんだけどな」


 俺と雫が恋人関係?

 きっと千分の千の確率で有り得ない出来事だ。

 幼馴染以上になる未来を想像できないし、寧ろいつか愛想を尽かして彼女から俺と疎遠になっていく方がまだ鮮明に思い描ける。

 それにしては、まだ献身的に面倒を見てくれているな。

 出張で共働きの両親に代わり、朝昼夜と食事を作ってくれるのは感謝しているが、あまり依存しすぎてもいけない。

 俺の自立という名目も兼ねると、なるほど恋人作りは成長の一環という大義名分を得ることにもなる。


「俺も恋人を作りたい」


「無理だ」


「なぜだ」


「お前、付き合いの長い友達なら良いけど大抵は話してるとイラッと来るタイプの男子だからな」


「気に障るような事は言ってないと思うぞ」


「そういうとこだ」


 確かに会話中の雫の顔はいつも険しい。

 あれは単に体が痒いのを我慢している一種の顔芸だと思っていたが、どうやら俺が不快にさせていたようだ。

 そうだな、詫びも意味も込めて帰ったら俺が料理してやろう。流石に小学生の時の様に台所で火事を起こす事態にはならない筈だ。


「お前さ、あんな美人が隣りにいるのに何で好きにならないんだ?」


「ううん……雫は家族みたいなものだし」


「そう言える時点で羨ましいな」


「羨ましい?」


「家族って言うけど、キスとかもっと踏み込んだ事はしてないのか?」


「キスはしたけど、だってあれは中学三年のバレンタインだし」

「いや、幼稚園とか昔じゃないんだから意識しろよ確実にピンクな意味のヤツじゃん」


 呆れる憲武に俺はますます疑問が深まる。

 中学三年のバレンタイン、義理チョコを渡して来た雫にホワイトデーのお礼は何が良いかを尋ねた時にキスを要求されたのだ。

 美人ではあるが恋人が全くできないという現実の厳しさに、せめて身近な俺で慰めにしようという欲求不満の解消行為である。

 俺としてはファーストキスが奪われた理由がそんな物だと思うと不服だった。


「雫は何を考えてるか分からない」


「そ、そうか?」


「あのままだと、一生俺の面倒を見続ける羽目になる。俺の親に頼まれたりとか、自分の家族に強要されたとかそんな事も無いのに俺の世話をするのは明らかにおかしいだろ」


「ま、まあ」


「だから、俺は自立しようと思う。

 学校に一人で通い、自分で料理をしたり……とにかく、雫が俺離れ出来るようにならなくては」


 憲武の顔がさらに酷い表情になる。

 なぜだ。


「ん?」


 不意に、ポケットに入っていたスマホが震動する。

 取り出して見ると、知らない番号からの電話だった。


「はい、もしもしもし」


『もしは二回で良いんですよ、先輩』


「そっか、もしもし」


『はい、永守梓です。先輩、放課後の予定は空いてますか?』


「うん」


『なら、少し付き合って頂けると嬉しい所があるんですが』


「良いよ」


『良かった、そちらの授業はいつ終わりますか?』


「四時過ぎ」


『じゃあ、校門前でお待ちしてますね』


 ぷつりと電話が切られる。

 連絡先交換はやはり幻ではなかった。永守梓はしっかりと俺の連絡先を把握している。

 じゃあ、朝の消滅事件は一体何だったのだろうか。

 いや、それよりも内容の方が気になる。

 これは、あれか。



「デートのお誘いだ!」





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