幕間「中学時代」2
中学時代によく遊んだ友だちは一人。
正直、俺はソイツ以外に友だちと言える自信が無かった。
原因は単純である。
俺――矢村綺丞が人見知りなのもあった。
人付き合いが苦手というよりも面倒くさい節があったので、極力無関与でいたいという願望で行動していたのだが、それを見事に打ち破ってくれたのが――。
「綺丞、今日のテスト終わったら何処か行こうぜ。午前中で終わるしさ」
「…………」
「行きたそうな顔してるな、よし!」
このポジティブ怪物の小野大志だ。
いくらその言葉を黙殺し、視線すら合わせないようにしても些細な表情の変化でもあるのか、それとも独特の空気を読む術でもあるのか、勝手に何かを受信して本人の中だけで会話として成立させている。
何ならコイツ独りでずっと喋っている。
鬱陶しい上に騒音だ。
最初ほどは思っていないにしても、かなり面倒くさい。
だが、コイツの厄介さはそれだけではない。
最たる物として挙げるならば。
「じゃあ、ここ行こうぜ」
「…………?」
「リニューアルしたショッピングモールの屋上!」
ショッピングモール…………の屋上?
バカは高い所が好きだというが、あんな戯言は信じていない。
でも、コイツを見ると強ち間違いでない気もする。
スマホで検索して調べるが、そのショッピングモールの屋上で特別な催しがあるわけでもなく、況してや店舗が展開されている事も無し?
憩いの場として、自販機とテラス席が設置されているだけだ。
「何で屋上かって?」
含みのある笑顔。
俺は知っている――こういう表情の時が、一番アホくさい事を考えている時だ。
「改装前まで無かった屋上が遂に解禁されたんだぜ!?行くっきゃ無いだろ!」
一人で行け。
そんな俺の無言の圧にすら気づかない。
友だちではあるが放課後まで遊ぶほど親密になったとは思っていない。
度々こうして休日にも連れ出されるが、どれも疲れた記憶しかない。
連れて行くなら例の幼馴染でも連れて行けば良い物を…………そんな指摘を発することすら面倒でため息しか出ない。
既に行く気満々の大志。
まあいい、無視して帰ればいいだけ――。
「来たぞ、超瀬マオンショッピングモール!」
「………………」
無駄だった。
帰りのホームルームが終わるや俺は大志によってここまで引っ張られていた。
途中で振り払う事もできたが、溝に落ちそうになったり、走行中の車のサイドミラーに殴られそうになったりするコイツを放っておけず、ここまで来てしまった。
俺がいなければ五回は死んでいただろう。
「ワクワクするな、綺丞!」
「…………」
「んで、ここで何するんだっけ?」
コイツ……………………。
度し難いほどに愚かだな、何故本来の目的を忘れるんだよ。
人を巻き込むなら、せめて自分がしっかりしていてくれ。
帰りたい。
「とにかく入ろうぜ」
「……………はあ」
「綺丞は何が見たい?」
「……………屋上」
「アハハハハ!!何だよ屋上って!リニューアルされて増えたんだっけ?何でそんなとこ行きたいんだよ」
「(おまえが言ったんだよ)…………なら映画」
観念して付き合うしかないのか。
たしか、このショッピングモールは映画館も含んでいた筈である。
適当に時間の潰れる選択をしておこう。
ついでにコイツが興味を引かれない映画だ。
今回はそれで良しとなっても、今後は俺と放課後まで時間を共有しなくても良いぐらいに。
徒労に終える気はするが。
「ふふ、そう言うと思って」
「…………!?」
大志がブレザーの懐から取り出したスマホの画面には、二席の映画チケットの予約番号が表示されている。
何故ここに来た目的は忘れているのにチケットの予約だけ済ませてあるんだ。
「いやあ、忘れてたぜ!リニューアルされて追加された映画を観に来たんだった!」
「(主目的は屋上だろ)」
「行こうぜ、この映画観たこと無いんだけど無茶苦茶面白いんだよ!」
「(観たことあるのか無いのかわからん)」
「十七時から上映だってよ」
「(今から五時間以上の無駄な空白)」
「とりま昼飯食うか!」
仕方なくショッピングモール一階にあるフードコートへと向かう。
腹は空いていないが、隣から空腹を訴える音が鳴る。
「何だよ、綺丞も腹空いてたのかよ」
「(おまえの腹の音だよ)」
二人で適当な席を選んでどれを食べるか選ぶ。
俺と大志が選んだのはうどんだった。
「何か綺丞って雫に似てるよな」
「…………?」
「物静かなところとか、俺の相手をしてる時は目つきが悪いところとか、後は口で嫌だとか言いながら一緒に来てくれるところとか」
……………。
俺が、アレに似ているか。
一度会ったが、アレから感じたのは神秘的なオーラ以外にどことなく邪悪な感じも覚えた。
本人が無意識なのか知らないが、大志の隣にいる俺を見てほんの一瞬、見間違いかと思うほどの間だけ俺を睨んだ。
あれは相当な独占欲が発揮する眼光の鋭さ。
大志も厄介な物に好かれたな。
…………コイツも充分に似た類だが。
「ん?――なあ、綺丞」
「…………」
「あそこにいるのって、同じクラスの花ちゃんじゃね?」
花ちゃん?
俺が大志の指さした方を見ると、そこでフードコートの一画で一人席に腰掛ける女子生徒がいた。
前髪で目元が隠れ、顔を俯かせた姿勢は明らかに他人と視線を合わせるのも苦手な性格なのが窺い知れる。
…………コイツを絡ませるのは可哀想だな。
「友だちか?」
「いや、話したこと無いけど」
「…………(無いのに花ちゃん呼びか)」
俺が呆れていると、その花ちゃんという少女の傍に大学生と思しき男二人組が現れた。
何やら話し込んでおり、遠目でも少女が困惑しているのが見える。
あれはナンパか。
中学生に手を出すとは危ない連中だな。
……………関わりたくないと思うのが普通だが、そういう常識が通じないヤツが行けば余計に混乱するのは自明の理だ。
「大志、ここでじっとして――」
「君、同じクラスの花ちゃんだよな!良かったら、これから綺丞と映画観るんだけど一緒に来ない!?」
…………手遅れだった。
いつの間にか男と花ちゃんの間に立ち、彼女に話しかけていた。後ろで男たちが睨んでいることにすら気付いていない様子だ。
「え、でも」
「綺丞も喜ぶと思うぞ」
「おいキミ、僕らが話してるんだけどー?」
「え、そうだったんスか。てっきりナンパしてるだけだと思ったんで、俺も誘っていいかなって。俺の方が誘える自信あったから」
火に油を注ぐな。
男たちの顔がみるみる険悪になっていく。
まあ、中学生に手を出す良識のない連中だ。大志も失礼とはいえ、短気なのだろう。
…………仕方ない。
俺は男たちの背後から近付いて、大志の隣に立つ。
「小野大志」
「おお、綺丞。何だ、急にフルネームで」
俺は最後の策に打って出た。
最近知ったが、この町で大志の名を知る者は多いという。
何故なら――――。
「え、ま、まままままさか、小野大志!?」
「あの、夜柳様お気に入りの!?」
そう、これだ。
男たちが顔面蒼白になり、大志から後退りしていく。
大志は事情が分からず、呑気に小首を傾げていた。
「「お、俺らは何て恐れ多いことを!」」
二人が一斉に駆け出してその場から逃げていった。
その後ろ姿に大志は手を振り、再び花ちゃんに向き直る。
「それで花ちゃん!映画一緒にどうだ!?」
「え…………」
「実は俺一人だからか綺丞もずっと退屈そうな顔しててさ、整っててカッコいいんだよ。…………あれ、何が言いたいんだっけ?」
「え、映画………って、何見るんですか?」
「『異星の侵略者、それが目覚めたら終わり3』でさ、1も2も観てないけど面白いよ!」
誘い方の上手下手以前に、大志は何がしたいのか理解できない内容を口にした。
待て、シリーズ物だったのか。
初見の人間でも楽しめる内容ならいいが、よくそこから手を付けたな。あと、面白いという根拠は何処からか気になる。
こんなので付いてくるわけが無い。
大志一人も面倒だが、知らないヤツの相手は余計に――。
「い、行きます!私、1と2も観てるんです!」
来るのかよ。
いや、1と2を知るヤツがいるのは救いだが、逆に俺たちがその感動を共有できるか否かが不安になってくる。
「ようし、まず三人で昼飯を食ったらショッピングモール回るぞ!」
「お、おー」
「…………(帰りたい)」
その日、俺はかつてない程の疲労感で快眠だった。
テスト週間が終わり、夏休みも大志に連れ回されて散々な目に遭った。懸念はあったが瀬良花実も加わり、大志の面倒を見る人間が増えて負担は減ったと思う。
今年の夏休みは、人と過ごす時間が多い。
夏祭で誰かと花火を見たのは初めての経験だ。
……………まあ、こんな日々も悪くない。
そう思っていたのが、間違いだった。
「最近、大志とよく遊んでくれるそうですね」
俺の目の前にバケモノ――夜柳雫が数メートル先で直立している。
その足下にはサッカーボールが一球。
俺の背後にはゴールが一基……………これは正しく、一騎打ち――サッカー形式で言うPK対決の様相だった。
「いけー、綺丞!!」
外野の大志の声だけがうるさい。
その声を聞いた途端。
「チッ」
夜柳は大きな舌打ちを鳴らす。
ああ、最悪だ。




