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裏話『陸戸根の神秘』・一



 バイト上がりの夜道を歩く。

 あまり両親には快く思われていない労働だが、これも可愛い従姉妹の為ならばと我が身に鞭を打って働いていた。

 俺――天河空は疲弊した体を引き摺る。

 いつも鬱屈としていた帰途だが、最近は少し趣が変わりつつある。

 それは――。


「あ、お疲れ様だ」


「またいたのかよ」


 帰宅途中にあるコンビニの前で缶コーヒーを飲むスタイリッシュな人影が一つ佇んでいる。

 中性的な顔立ちでメッシュ入りの髪、ファッション誌でモデルが着ていそうな服を着こなし、傍から見たらイケメン男子に見えるし、かといって美少女にも見えるという不思議な雰囲気の持ち主だ。


 歳は同じに見えるが、学校の制服を着ているのを見たことがない。

 俺はコイツについて、何も情報が無い。

 名前、性別、年齢、家族構成、生活についてもほとんど無知だ。


 かなり神秘的な生き物だと思う。

 詮索する必要性も無かったから今まで訊ねなかったが、今や我ながら育んでしまった彼?彼女?が孕む神秘性を台無しにするという漠然とした危機感に適度な距離を置いていた。


 内心でコイツを仮称『天使』と呼んでいる。


「コーヒー飲む?」


「いや、超遠慮する。俺甘くなきゃ飲めねえし」


「ここにココアがあります」


 ふりふり、と天使は手中でココア缶を揺する。

 すっかりこちらの趣向も把握されているようだ。

 俺はココアを受け取って一口飲んだ。


「働き詰めで大変だね」


「おまえは暇そうで羨ましいよ」


「ボクはこう見えてやってる事はやってるけれどねー。ま、高校一年で貧しいわけでもないのにバイト掛け持ちしてる空ほどではないけど」


 天使がスマホ画面を突き出して来た。

 おもっくそプライベートの臭いがしそうで見るのが嫌だったが、仕方なく画面に視線を滑らせる。


 中身はメッセージアプリだった。

 トーク欄を見れば、いずれも女性と思しき名前がずらりと並んでいる。

 何か、怪しいマッチングサイトのプロフィール画像みたいなのばかりだ。


「全員と遊んでるんだよ」


「へー、そりゃ忙しいだろうよ」


「あ、この子なんてスタイル良くて可愛いんだよ。キミにも紹介してあげよっか?」


「要らねえし、相手にする時間も無いから」


 爛れた話になりそうなので即答で断った。

 やや不満げな天使は、コーヒー缶を飲み干してゴミ箱へとノールックで放る。

 こおん、と気味の良い音を鳴らして空き缶は箱の中へ吸い込まれていった。


「お金は溜まりそう?」


「ああ、これで雲雀…………従姉妹に修学旅行資金が渡せるぜ」


「頑張ったね。初めてキミを見た時は鬼気迫る感じだったから、これからは落ち着いたところも見られるのかな」


「そうだな」


「なら今度、一緒に遊ぼうよ」


 天使が朗らかな笑みを浮かべる。

 まるで自分のことのように喜んでいた。

 そこまでコイツが嬉しがる理由が不明だが、悪い気はしないので良しとしよう。


「おまえと遊ぶ?」


「だって話すようになって結構経つのに遊んだ事ないじゃん」


「おまえと初めて会ったのって」


「キミのバイト先にボクがパスタ食べに行った時かな」


「店内で目立ってたからな、第一印象から絶対に関わりたくないヤツだったわ」


「はは、ひっどー」


 天使と俺の初めての出会いは、俺がファミレス勤務中に店へと天使が来店した時である。

 異彩を放つその存在感は来ただけでその場の空気を変え、注目を浴びていた。

 席案内した俺も視線に晒されて少し恥ずかしかったのは苦い記憶である。


 そしてパスタを食った後もずっといた上に、そのルックスで店内を騒々しくさせていた迷惑客だ。


 そこから何度か帰宅中の道で遭遇し、ある程度話すようになった。

 天使が俺に積極的に声をかけてきたから、というのがなければ今のようなことにはなっていないだろう。


「でも良いの?」


「あ?」


「お金、折角溜まったのに自分の元に残るのは微々たる物でしょ」


「バっカ。その為に働いたんだよ」


 俺は思わず声を荒げて返答した。


 俺の従姉妹――実河雲雀は、幼い頃から面倒を見てきた可愛い妹のような存在だ。

 根は真面目で、大人びているが誰かに甘えたいという心の脆さを抱えている。


 雲雀は、両親がある宗教にハマッてしまった所為で最低限の金以外は自分に回って来ず、小学校は修学旅行にすら行けなかった。

 幼少期から苦境に立たされた事で、彼女は時折だがやさぐれたような感じになる時がある。


 そんな雲雀の為に俺ができることを考えた結果がアルバイトである。


 俺の両親には関わること自体を注意されたが、そんな物は知らん。

 雲雀には、もっと味わいのある青春を送って欲しい。

 せめて、中学の修学旅行ぐらいには行かせたい。


「そもそも――」


 俺はちら、と路肩に立つ町の掲示板に貼られた紙を見た。

 そこには『円の教え』と書かれている。


 この宗教団体は、ある意味で隣の超瀬町の名物と同等の有名さがある。


 ――『超瀬町の美姫』。

 類稀な美貌と本人の立ち居振る舞いが醸し出す空気には、人を平服させる魔力があるらしい。それはすれ違った赤の他人すら、思わず見惚れるという。

 まだ中学生なのに大人すら惚れ込むとか。

 ここ――陸戸根町にも名前は轟いている。


 それと並べて語られるのが、『陸戸根町の神秘』…………来栖(くるす)(まどか)だ。


 ソイツと出会って、話をしただけで人は心の底から信用してしまう。

 どんな経緯があってか知らないが、ソイツを教祖みたいに祭り上げた宗教団体めいた集まりが出来ているらしい。

 噂では狂信者の集まりだと言われている。


 雲雀の家庭を狂わせた団体だ。

 特に怪しい集団では無いが、来栖に皆が貢いでしまうらしい。

 何とも不気味で、迷惑だ。


来栖(コイツ)さえいなければ」


「……………」


「ま、明日の給料日で金が入ればアルバイトとも暫くおさらばだ。来栖への恨みも少しは和らぎそうだぜ」


 天使はふうん、と興味なさげだ。


「ねー、空の心の支えってなに?」


「何だ急に、キモいぞ」


「辛辣ー。空には無いの?」


「心の支え…………そんなの分かんねえよ。家族じゃね?」


 天使の唐突な質問に俺は首を捻るしかない。

 心の支えって、俺は雲雀ほど追い詰められた事が無いから心の支えという物を自覚する力も弱い。

 なんだろうか、家族以外で何かあるのか?


「宗教が悪いわけじゃないよ」


「あ?」


「宗教に、神様に縋らなきゃいけないほど弱ってしまった人の心の危うさこそ悪いんじゃないかな?」


「おい。疲れてんだからそーゆー話はやめてくれ」


「良いじゃん、ちょっとだけなんだから」


 ぶーと天使が頬を膨らませる。

 コイツ、コロコロと表情が変わるな。


「じゃあ、おまえの心の支えは?」


「うーん、そうだねー」


 天使は暫く考えた後、俺の手からココア缶をするりと優しく奪うと、一口飲む。

 ほう、と薄い唇から吐息をこぼす。

 


「空と二人だけの時間かな」



 妖艶さすらある笑みを浮かべながら言われた内容に、俺はうぇと顔を顰めるしかない。

 ココア缶を奪い返して一気に飲み干す。


「俺のなんだから飲むなよ」


「ボクが買ってあげたのにー」


「へいへい、ご馳走さまでした。じゃ、俺は帰るけどおまえも明るい道を選んで帰れよ」


「あれー、心配してくれるんだ?」


「多少はな。でも、俺からしたらおまえも不審人物だけど」


 最後にそう言っておいて、俺は再びコンビニの前から家に向けて出発した。

 ココアが染みて湧き上がった口の中の幸福感で、少しは疲労も和らいだかもしれない。

 今度、たまには天使にも何か奢ってやるかな。












 バイトから帰宅途中にあった少年の姿を見送って、ボクはスマホを取り出す。

 それから慣れ親しんだ番号に電話をかけた。


「うん、コンビニ前。お迎えよろしく」


 用件だけ伝えて通話を切った。

 やれやれ、この時間の為だけに最近は外出しているような気がする。

 これじゃ、超瀬町のイカレ女と大差無いな。

 でも、ボクが深夜に外を出歩いていても警官や怪しい奴らは簡単にボクの言葉を信じて従うから、危険なんて無いに等しいんだよね。


 空ってば、ボクの心配なんかしちゃって。


「ふふ、かわいいね」


 でも、そうか。

 アルバイトが終われば、この時間に彼とも会えなくなるのか。

 ボクも立場があるし、日中は気軽に人と会えないんだけどね。

 普段は顔出ししていないとはいえ、大勢の人と関わってるわけだし。


 …………少し実河さんたちに声をかけておこうかな(・・・・・・・・・・)


「ん、きたきた」


 コンビニの駐車場に車が停まる。

 ボクはそちらへと歩いて、ドアを開けた。


「お迎えに上がりました、円さま」


「はいはい、良いから家に向けてしゅっぱーつ」








本作の二年前のお話。

たまに間に挟みます。

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