第38話 帰る人たちと残る人たち
俺の持つスキル『箱庭』は、北海道と日本海の三分の一が入るほど広い箱庭世界だ。
つまり、陸と海があるのだ。
だが、その陸で開拓が進んでいるのは札幌市ほどの広さしかない。
他は、手付かずの原生林が続き、前のファンタジー世界の動植物が存在していた。
もちろん、地球の動植物もあるがその種類は少ない。
更にひときわ目を引くのが、精霊樹と呼ばれる超大木だろう。
その高さは二百メートルを超え、幹の太さもその高さを支えられるほど太い。
そして、その精霊樹がファンタジー世界特有の魔素を放出し、動植物の中に魔物を生み出していた。
だから開拓が進んでいない、というわけではないのだが主な原因は人手不足だろう。
今、この『箱庭』世界で開拓を行っているのは、人型ゴーレムと呼ばれる人間そっくりな三十六体のゴーレムだけだ。
……最近、小型の虫類ゴーレムや剣術指南をしている武者ゴーレムが生み出されたが、このゴーレムは開拓に参加していない。
そんな『箱庭』の開拓済みの場所にある一軒のログハウスのリビングで、俺を加えた九人の人が集まっていた。
「改めて、初めまして。
俺は石川拓海といい、美作の地で桜花神社の宮司をしているものです。
みなさんは、同じ村の人で間違いないですよね?」
そう聞かれて、最初に返事をしたのは懐に赤ん坊を抱いた女性だった。
すぐ隣には、女性の旦那が寄り添っている。
「私は、ハツと言います。
海賊に切られたところまでは覚えているのですが……」
「俺は、六郎です。
俺も海賊に切られました。この服に切られた跡があります」
着ている服を見せるように引っ張ると、肩の所から腰にかけてパックリと切れていた。確かに、切られた後だと全員の目がそれを確かめた後、俺に向けられる。
「確かに、お二人は切られましたが俺が治したんですよ。
今はもう、何ともないでしょ?」
俺以外の全員が驚き、一人の女性が恐る恐る俺の正体について質問してくる。
「わ、私は、清と言いますが、あなた様は神様か仏様ですか?
それとも、妖怪か何かなのですか?」
「俺は神様でも仏様でも、もちろん妖怪でもありませんよ。
普通の人です。ただ、人を治療できる力があるというだけです」
さらに、俺以外の全員が驚く。
「あ、あの、ヤエと言いますが、これから私たちはどうなるのです?
村に帰れるの?」
「もちろん村に帰ることはできますが、いいんですか?
あの村では、海賊により食料が根こそぎ奪われました。
今、みなさんの村に戻っても、大丈夫でしょうか?」
「「「……」」」
全員が、俺の質問に黙ってしまう。
食料がない村に戻ったとしても、これから苦労するのは目に見えている。
更に、自分たちが戻ることで益々苦しめてしまうのではないか、と。
「で、でも、村に戻らないとしたら、私たちどこに行けば……」
「あの宮司様、絹と言いますが、ここの倉庫にたくさんの食べ物がありました。
あの食べ物を、村に分けてもらえませんか?」
この絹という娘さんは、このログハウスに連れてこられるときに通り道に建っている倉庫の中を見たのだろう。
この『箱庭』で作った、たくさんの野菜を。
「……では、六郎さん家族が残るなら食料と他の女性たちを村まで送りましょう」
俺の提案に、五人の女性たちは複雑な表情をする。
そして、六郎とハツは苦しそうな表情をして女性たちと俺の顔を交互に見た。
「どうして、おらたちを……」
「六郎さんとハツさんは、海賊に切られました。
そのことは村の人も見ていたので、死んだと思っているはずです。
もし、その二人が無傷で現れたとしたら……」
そう、六郎とハツは海賊に切られていたのだ。
俺が治癒魔法で治したとはいえ、村の人に目撃されている。
その二人が、無傷で村に帰ったりすればどうなるかなど、考えるよりもあきらかだろう。
「まず、幽霊と間違えられるわ……」
「妖怪が化けているとか……」
そうなればあとは、村人全員が思うだろう。村に災いを招く前に退治しなければ、と。
この時代、神仏や妖怪の存在が信じられているのだから、少なくとも恐れられるのは間違いない。
「ハツ……」
「……私は、この子と一緒にいられるなら」
六郎とハツは、お互い頷き合い残ることを決めた。
そして、村への食べ物の供給を拓海に改めてお願いする。
「私たちは、ここに残ります」
「その代わり、食べ物を村に分けてあげてください。
お願いします!」
そう言って、土下座する六郎。
ハツも、赤ん坊を抱いたまま頭を下げてお願いする。
「六郎さんたちに、このような条件を付けてすみません。
こうでもしないと、村に帰ってしまいそうだったので。
絹さんたち五人は、村に送っていきます。
もちろん、倉庫の食料も村に分けますので、安心してください」
「ありがとうございます、宮司様」
「これで、海賊に奪われた食べ物の心配はないわ」
俺の言葉に、六郎さんたち夫婦や五人の女性たちは喜んだ。
喜んだあと、絹さんが気になっていただろうことを聞いてくる。
「あの宮司様、海賊たちは大丈夫でしょうか?」
「あ、そうだ。また村が、海賊たちに襲われてしまったら……」
喜んでいた七人が、顔を曇らせ落ち込んでしまう。
あの海賊に、また襲われることになったらと思うと喜んでもいられないのだろう。
だが、あの海賊たちはすでにこの世にいない。
村ごと、全滅したのだ。
そのことを話すと、全員が驚き、その武士たちはどこの誰だと聞いてくる。
しかし、あの武士たちが誰なのかは俺も知らないのだ。
「残念ながら、俺にもわかりません。
全員、名前で呼び合ってなかったので……」
「そうですか……」
海賊討伐をした武士たちの正体が分からないままだが、俺は女性たち五人を村へと送っていくことにした。
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