第37話 海賊討伐
暗闇の中、そう広くないと思われる村の中を歩いているといつの間にか湊へとたどり着いていた。
どうやら、道に迷って湊に来てしまったらしい。
(山を目指すように歩けば、村の中へ行くことができるか……)
停泊中の南蛮船を見上げると、甲板に人が動いているような気配がする。
何か探し物でもあったんだろうか?
俺は、たいして気にせずに再び村に向かおうとしたとき、南蛮船とは反対側の桟橋に小さな手漕ぎボートのような船が三艘ほど静かにたどり着いた。
俺が息を殺して、その様子を見ていると船から何人もの人が降りてくる。
全身を黒い衣装で身を包み、まるで忍者のような姿だ。
だが、忍者ではないのだろう。何故なら、黒い衣装の下からは、甲冑だろうか、何か固い物どうしが擦れる音が聞こえるし、なによりその言動が、影に生きる者達のそれにしては、お粗末だからだ。
「お前ら、急いで降りろ。降りたらすぐに進め」
「一条様、全員「バカもん!」」
「名前を呼ぶ奴があるか、殿と呼べ」
「も、申し訳ありません殿。
全員、船より降りましてございます。いつでも行けますぞ」
最後に船から降りてきた男が、先に降りていた家臣を叱りましたが、襲撃前の忍者が、それも現地でこんなやり取りをする筈も無いですし。
おそらく、忍者ではなくとも、いや、むしろ忍者では無いからこそ、この襲撃は秘密裏に行う必要があるのでしょう。そのため、名を呼ぶのではなく敬称で呼べと厳命しているようです。
「全員、纏っている布を取れ! 総面をつけろ!」
「「「「ハッ!」」」」
最後に降りてきた男が全身に纏っていた黒い布を脱ぎ捨てると、それに続いて船から降りてきた全員が黒い布を脱ぎました。
そして、顔面全体を覆う防具――面頬をつけると、一見して誰が誰だか分から無くなりました。
そうして顔を隠したを隠したから、腰に差した二本の刀うちの一本を抜いて、戦闘準備は整ったようです。
(……これは、襲撃? それとも海賊の討伐か?)
「全員掛かれ!! 海賊どもを討ち取れ!!」
「「「「オオォォおおぉぉおぉぉ!!!!」」」」
総勢十三人ほどの鎧武者が、抜いた刀を振りかざしながら、村へと走って行った。
いや、襲いかかっていった。というのが正しいか。
今海賊たちは、酒盛りの真っ最中だ。
すぐにこの鎧武者たちに対応できるとは、思えない。しかも、村にいる海賊以外の人たちも、狙われているのかも知れない。
あの鎧武者の人たちに、海賊と海賊以外の人との区別ができるとは思えない。
まさに、血の雨が降るか……。
俺はどうなるか気になって、武者たちを追いかけることにした。
▽ ▽ ▽
村へ走って行くと、最初に見えるのは攫われてきた女性たちが捕まっていた建物だが、そこには火が放たれて、勢いよく燃えていた。
誰かいないか襲ったものの、誰もいなかったので火をつけたのだろう。
(どちらにせよ、勢いに任せて火を放ったのだろうけど……)
こういう襲撃の時は、いきなり火を放ったりして自分たちの気勢を上げるよりも、騒ぎを起こさずに本命の海賊たちを油断さておくために静かに動けばいいのに……。
そんなことを思いながらその光景を眺めていると、村の方から叫び声が聞こえた。
「ぐぅああぁぁぁ」
「海賊ども! 年貢の納め時だ!!」
「ま、まてっ! 俺たちはっ!」
「問答無用!!」
先ほどまで騒いでいた家から、次々と海賊たちが飛び出してきた。
しかし、武者たちは逃げ出す海賊に追いつき、一刀のもとに切り捨てていく。
「ぐはっ!」
「ち、畜生っ!」
海賊の中には武器を手に取り、襲いかかってきた武者に切りかかっていくものも現れる。だがそこは、武士と海賊だ。普段から武芸の稽古を欠かさないであろう武士に、その日暮らしの海賊たちが勝てるわけもなく。良くて鍔迫り合いの末に、あえ無く切られてしまった。
建物の中から物音が聞こえなくなると、血まみれの武者たちが外へ出てきた。そして、逃げ出したと思われる海賊たちを追いかけるため、村の中心へと走って行った。
俺はそっと建物の中に入ると、俺が眠らせた海賊を探した。
あちこちに、血まみれで死んでいる海賊たちの中に、首を落とされた死体が、目に付いた。その場所は、俺が南蛮船のことを聞いた海賊が座っていた場所であり、その隣の横たわっている海賊も、首が落とされていた。
(南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……)
自分が神社の宮司をしていることも忘れ、思わず念仏を唱えてしまった。
それほどに、建物の中の光景は凄惨だったのだ……。
建物から出ると、村のあちこちで悲鳴やら叫び声やらが聞こえていた。
村に女性が少ないと聞いていたが、全く居ないわけではなかったのだな。
武士たちがどこの誰かは分からないし、どうして襲っているのかも分からない。それでも、海賊相手とはいえども、こんな戦い方が許されて良いのだろうか……。
おそらくこれで、この村は皆殺しにされて、全滅だろう。
ここは周りを山に囲まれた海賊たちの村ではあった。今日でなくとも、いずれは誰かに討伐されたのだろう。けれども、今日ここで起きた、この殺し合いとも呼べない虐殺を目の当たりにして、俺が心のどこかで思い描いていた、戦国時代の戦に対する憧れにも似た何かが、崩れていく気がした。
一時間ほどで声が聞こえなくなり、代わりにあちこちで火の手が上がり始めた。
武者たちが、村の家々に火を放っていったのだろう。
その燃える火が灯火となり、村の姿を詳らかにした。闇に隠されていた、打ち壊された家々を。そして血を流して横たわる、ついさっきまでは村人だった、物たちを。
村のあちこちから、血まみれのより武者たちが姿を見せ始めた。
全員面頬をつけていて顔は判別できないが、それでもその眼だけは、恐ろしいまでにギラギラとした光を放っているようだった。
「殿、全員揃いましてございます」
「よし! わが領地で暴れていた海賊は討伐した!
これでお主らの恨みが晴れるとは思わんが、けじめとせよ!
敵は、海賊だけではない!
領地の外には敵が多いのも事実である。皆のこれからの忠勤に期待する!」
殿と呼ばれていた男の言葉を合図に、武者たちは来た時とは逆に小舟に乗り込んでいきます。
そこへ、一人の武士が殿と呼ばれていた武者に話しかけました。
「殿、あの船はいかがいたしましょう」
「南蛮船か? 領内で操船できる者がいるのか?」
「いえ、おそらくいないと思われます」
「なら、放置しておけ。操船できる者がいない船など、扱いに困るだけだ。
それにだ。あれは海賊が使っていた船だぞ?
我らが海賊だと思われでもしたら、どうするのだ?」
話しかけた武士は、答えに困ってしまいます。
そして、南蛮船は放置されることになりました……。
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