第33話 訪ねてきた人
1578年十一月下旬、桜花神社。
今日、久しぶりに義綱君が訪ねてきた。
宇喜多直家の家臣になって、しばらくは訪ねて来ていたのだがここ最近は忙しいのか訪ねてくることはなかった。
「お久しぶりです、宮司様。
相変わらず、歳を感じませんねぇ」
「いやいや、義綱君も立派になられたじゃないですか?」
社務所の囲炉裏を挟んで、俺は義綱君と向かい合って話をしていた。
そこへ、凛さんがお茶を用意して囲炉裏に近づいてくる。
「お久しぶりですね、義綱様。
ここ最近は、こちらを訪ねられていなかったから宗太郎さんも新太郎さんも寂しがっていましたよ?」
「忝い、凛殿。
最近は、忙しかったのでなかなか訪ねることができなかったのです」
「宇喜多家で、何かあったのですか?」
「いえ、宇喜多家ではなく播磨で、ですが……」
1577年(天正5年)十月下旬、織田信長に中国路方面の攻略を命ぜられた羽柴秀吉は、播磨国へ出陣した。
その後、播磨諸侯に人質を差出すように命じ、赤松則房、別所長治、小寺政職らを従える。その人質の中に、小寺孝高(黒田官兵衛)の嫡男がいたとか。
また、秀吉は更に播磨から但馬に攻め入った。
岩洲城、竹田城を降参させ、以前から交流のあった小寺孝高より姫路城を譲り受けて、ここを播磨においての中国攻めの拠点とした。
「なるほど、羽柴秀吉ですか」
「宮司は、御存じなのですか?」
「まあ、織田家の出世頭ですからね。ある程度ではありますが、知っていますよ」
そういえば来年だったかな、宇喜多家が織田側に服属するのは……。
1579年(天正7年)に、上月城を巡り毛利氏との攻防の末、宇喜多直家を服属させ毛利氏との争いを有利にすすめるが、摂津の荒木村重が反旗を翻したことにより、秀吉の中国侵攻は一時中断を余儀なくされる。
それから、義綱君と雑談を交わしながら子供たちの話になる。
「そうそう義綱君、この前もらった手紙に嫡男が生まれたと書かれてあったよね?
おめでとう、これで義綱君も父親というわけだ」
「おめでとうございます、義綱様」
俺と凛さんは、義綱君の子供が生まれたことを祝福する。
そして、義綱君は頭を下げて返礼する。
「ありがとうございます、これで我が家も安泰です。
婿入りしてから、まだかまだかと言われておりましたからな。安堵いたしました」
「義父殿も、これで安心でしょう」
義綱君は、安堵したような表情をしています。
宇喜多家の家臣の家に婿入りしたのですから、かなりのプレッシャーがあったのだろう。子供が生まれたときの手紙には、その時の喜びがびっしり書かれていましたからね。
「ええ、子供をあやすたびに目尻が下がっています」
「フフフ…」
凛さんが何かを思い出したのか、笑いだした。
「凛さん、どうかしたの?」
「いえ、私の夫も同じだったなと思いだしたのです。
琴をあやしながら、とろけるような顔をしていましたし……」
旦那さんが亡くなる前の話だな。
凛さんは旦那さんが亡くなってから、苦労を重ねていたらしいし。
「それと、宗太郎と新太郎は?」
「あの二人なら、稽古が終わって『箱庭』でくつろいでいるはずだよ。
義綱君も覚えているだろう?例の武者人形」
武者人形とは、武者型ゴーレムのことだ。
剣術の稽古をするために、俺が開発した魔道具である。
元はと言えば、ここにいる義綱君を鍛えるために開発した物なのだが、義綱君が桜花神社を出た今では、宗太郎と新太郎の稽古相手となっている。
「ああ、あの武者人形ですか。
俺も苦労しましたね、倒すことができるまでに……。
でも宇喜多家の家臣になって気づいたんですが、あの武者人形ほどの手練れっていなかったぞ?」
それは当然です。あの武者ゴーレムの強さは、剣豪レベルに仕上げてあるのですから。そんな武者ゴーレムを倒すのだから、あなたも立派な剣豪ですよ。
「義綱様は、その人形を倒されて強くなったのですね」
「……まぁ、そうかもしれんな」
義綱君は遠い目をして、かつての稽古を思い出しているようだった……。
▽ ▽ ▽
義綱君が帰っていった次の日は、朝から雨が降っていたために境内の掃除は中止だ。
その代わり、拝殿や本殿などの建物内の掃除を念入りにすることにしました。
「おはようございます、宮司様」
「ああ、おはようユリさん。
今日は雨が降っているから、建物内の掃除をお願いします」
「分かりました」
そう答えたユリさんは、社務所から孤児院の宿舎に移動しさよ子やより子を起こしに行った。
十年たった今も、ユリさんは二人の世話役をしていた。
その時、タブレットの呼び出し音が頭の中に響く。
――――ピコン♪
「ん?呼び出しか……」
俺は、アイテムボックスからタブレットを取り出すと起動させる。
すると、女神様からの保護する子供の情報が画面に表示された。
『淡路国の南の端で、子供が捨てられます。
今から二日後の話です。急いで保護に向かってください」
……淡路の国か。
子供が捨てられて急ぎということは、乳飲み子ということかな?
今日から二日後の話なのに、なぜ急がなければならないのか……。
「もしかすると、母親が一緒なのかもしれないな」
「え?母親が何ですか?」
俺の独り言に聞き返してきたのは、いつの間にか側にいたさよ子だ。
タブレットを見ながら考え事をしていたので、気づかなかった。
「いや、ちょっと手紙がな……」
「何か、重要なことが書かれているのですか?」
「う~ん、とりあえず俺は出かけてくるよ」
「……分かりました。
皆様には、宮司様は急な用事で出かけられたといっておきます」
さよ子は、何やら気を使ってくれたようです。
有難い、ここは甘えさせてもらいましょう。
「ありがとう」
そう言って、俺は社務所を後にした。
今回も読んでくれてありがとうございます。
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