第31話 刺客
「この、大馬鹿者っ!!」
蓮杖の怒鳴り声が響き、思いきり投げつけられた扇子が、目の前で土下座をしている家臣――友綱の頭に打ち当たった。
「申し訳ございません」
それでも友綱は、ただ頭を下げ、ひたすら謝る他なかった。
蓮杖の厳命を遂行することができずに、人質ともいえる子供たちをさらわれてしまったのだから。
「……だが、お前を眠らせたことから、やはりあの女たちに協力する者がいることは分かった。
おいっ!」
蓮杖が部屋の外の庭に向かって叫ぶと、そこに男が二人いた。
友綱は、その二人の男たちを見て驚く。
「いつの間に……」
「吾が雇った草だ。
話は聞いていたな、探し出せるか?」
「……お任せください」
蓮杖は、懐から金の詰まった巾着を取り出すと、男たちの前へと放った。
「……始末せよ」
「ハハッ」
男たちは、巾着を拾うと姿を消した。
もはや、体裁など構っていられない状況となってしまった。
いつになったら物が届くのかと、九条家から問 われてしまっていたのだ。
蓮杖の信用にかかわるどころか、自身立場そのものも危うくなっているのだ。
しかも、親戚筋の近衛家が動き出し、蓮杖のことを調べ始めたらしい。
このままでは九条家に近づこうとしていることがバレてしまい、高みを目指すという夢が泡と消えてしまう。
そればかりか、近衛家から刺客を送られ、この世からも消されそうになっていた。
「近衛の連中に、吾の計画を邪魔されてたまるか……」
「蓮杖様……」
焦りが募り、形振り構っていられなくなっている主を、友綱は悲しい目で見つめることしか出来なかった。
もはや友綱は、蓮杖にとっての信のおける家臣ではなくなっていた。
▽ ▽ ▽
「そうか、蓮杖が……」
「ハッ、すでに九条家は蓮杖様を信用しておりません。
それどころか、すべてを隠蔽するため刺客を放ちました。いかがいたしますか?」
別の公家屋敷の廊下で、蓮杖が雇ったはずの草が公家の男に報告をしていた。
「蓮杖には、知らせずともよいでしょう。
近衛家の親戚筋とはいえ、あの男はやりすぎたのです。
まさか、姉小路家に連なる家の娘を、九条家に渡そうとするとは……」
公家の男は、草に何もさせずに九条家からの刺客に討たせようとしていた。
これで、九条家にも恩を売れるということらしい。
「では、私はこれで」
「ご苦労でした、また蓮杖に何かあれば知らせるように」
「ハハッ」
そう返事をすると、草はその場から消えた。
それを確認して、公家の男は廊下を再び歩き出した。
「さて、蓮杖はこれで終わりじゃろう。
その家臣たちは、こちらで引き取ればよいか。
あとは、消えた女子たちの行方かのう……」
そんなことを呟きながら廊下を歩き、角を曲がると奥へと進んで行った。
▽ ▽ ▽
翌朝。床の中で胸に小刀が突き立てられ、絶命している蓮杖が発見された。
それを最初に見つけたのは、蓮杖の家臣の友綱だった。
いつまでも起きてこない蓮杖を心配し、部屋の外から声をかけたが返事がなく、中に入ったところで、蓮杖が殺害されているのを発見したらしい。
蓮杖は昨日の夜、草からの報告を遅くまで待っていたが訪ねてくることはなく、いつまで時間がかかるのかと怒っていたそうだ……。
こうして蓮杖は、歴史の舞台から消えたのだった……。
『箱庭』のログハウスのリビングでは、俺とユリさんの前で、『強制睡眠』の魔法から目覚めた七殿と冬殿が、それぞれの赤子を抱えて座っていた。
そんな七殿と冬殿の後ろから、さな子とより子が赤子を覗き込んでおり、さらにその隣では、それぞれの代わりに連れてこられた連と菊が、同じように赤子を見ている。
「この子は、宗太郎ですよ」
「この子は、新太郎と名付けたのです」
「「「フフフッ」」」
子供に夢中で、俺の話を全く聞いていない。
代わりに隣に座ってくれているユリさんが、苦笑を浮かべなが俺の話を聞いてくれていた。
大事な話をしてるのに……。
「拓海様、話なら私がうかがいますので……」
「……今朝、蓮杖が殺されました」
「ほ、本当ですか?拓海様」
「はい。蓮杖の屋敷は、大騒ぎでした。
侵入した者の気配はなかったらしいですが、近衛家の刺客じゃないか? とか、九条家からの刺客ではないか? と、かなり混乱していたようです」
七殿と冬殿が抱く子供に夢中な人たちはほっといて、俺は話を聞いてくれるユリさんだけに聞かせていた。
蓮杖が次にどんな動きをするのか気になり、見張っていたことも話す。
「では、拓海様は刺客を見たのではないのですか?」
「残念ながら暗すぎて顔までは確認できませんでしたが、二人組だったのは間違いないです」
「では、蓮杖がその二人組に殺されることが分かっていて?」
「そこまでは、俺も知りはしません。
ただ、蓮杖の親戚筋の近衛家が動いたとか、九条家が痺れを切らせて刺客を放ったとかは聞いていましたが、いつ殺されるかまでは……」
そう答えると、ユリさんは深く考えだした。
京の都は、今も昔も闇が深いですよね……。
「七殿、冬殿、お二人はこれからどうされますか?
どこか頼れるところがお有りなら、お送りしますけど……」
「残念ながら、実家はすでにありません。
夫の領地であった若狭にも、安住の地はないでしょう。拓海様、よろしければどこか紹介してもらえませんか?」
七殿は、そうお願いしてきた。
また、冬殿も七殿同様に、帰る家はないそうだ。
後ろの子たちはどうなのかな?
そう思い、さな子やより子、連と菊にも聞いてみた……。
今回も読んでくれてありがとうございます。
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