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【問題編4】涙する乙女と守護の楯

 四時限目のリーディングが終わり、昼休みになった。

 私と春水と遊は、互いの机をドッキングさせて一緒に食事することが多い。入学して一年も経てば当然、三人とも高校で出来た友人もそれなりにはいるが、やはり十二分に気心の知れた元中同士でつるんでいる時が一番和んでしまう。実は中二の時から四連チャンで三人とも同級生だったりするので、神の見えざる手の存在を強く意識せざるを得ない。私たち三人、一体全体どんな因縁で繋がっているのだろう。ひょっとしたら前世で桃園の誓いでも交わしているのかも知れない。

 食後、いつものようにローカルルール全部乗せでトランプの大富豪に興じていたところ、

「」

 放課後ファミレスにでも溜まってダベらないかとさっき打ち合わせた通りに持ち掛けてきたので、

「別に家帰ってもすることないし、私は全然OKよ」

 と、初めて耳にした風な顔で賛成した。

「どうせ私は遊みたく彼氏がいる訳でもなし、年がら年中暇ですしねー。ここは是非、私らとの女の友情をボロ雑巾のように捨てて男を選んだ遊に、どんな感じに告白したかとかどこまでいったかとか詳しい報告を聞きたいわね」

「御子柴さぁ、あんまり人聞き悪いこと言うのやめて欲しいんだけど。そういうの《下世話》っていうんだけど知ってるかい」

 うんざりした様子を隠そうともしない遊だが、誘いを断りはしなかった。それは私が「前回はあなたの恋愛相談に付き合ってあげたんだから、今度はそっちが付き合う番よ」という圧力をさっきの言葉に込めたからでもあるけど。

「ふん、男なんかと付き合ってるのがよっぽど下世話じゃない」

 内心済まないとは思いつつも、それを気取られたくはないので私は敢えて憎まれ口を叩いた。

「そういう発言は控えた方がいいと思うけどな、為永が調子乗るから」

 そう言われてふと春水の方を見やると、

「やっぱマコちゃん、今朝のアレは単なる照れ隠しでホンマはウチにキスされて嬉しかったんやな。ほな今すぐオランダ行こかっ」

 確かに調子に乗っていた。

「いや、一億と二千年後もあんたを愛することだけは絶対ないからオランダでもキャリフォルニアでも独りで行ってちょうだい。まぁあんた見てくれだけはいいから、きっと私以上に包容力のある奇特な人に巡り会えるわよ。割れ鍋に綴じ蓋って言葉もあるしね」

 そう言った私は「いやそれいい意味ちゃうし」という春水の声を無視して少し荒っぽい手付きで手札を場に出し、ゲームを再開した。

「前から思ってたけど為永は真性のMだよね。ドSの御子柴といいカップルだと思うけどな」

「今の台詞はマコちゃんのひねくれたツンデレな愛情表現なんよ。まぁ女王様の愛の鞭ってやつですか」

「……そこ、うるさいから」




 放課後、私と春水は遊の部活が終わるまでカラオケで時間を潰すことにした。

 学校から帰り道と逆方向に五分ほど歩いた場所にあるそのカラオケ屋は私たちのような帰宅部員で中程度の賑わいを見せている。

 入口の右側にマイク片手に鎮座している、萌えない絵柄のウサギのマスコットが陽気なスマイルで出迎えてくれたが、かなり色あせた塗装と、酔っぱらいの暴行でも受けたらしくあちこちにクレーターが形成されているのが憐れを誘う。

 受付で機種を指定して案内された部屋に入ると、春水は即座にリモコンをたぐり寄せて予約を入れた。

「早っ」

 私が呆れているうちに画面が切り替わり、一時期その手の店で耳にタコが出来るくらい流れていたOP曲のイントロが鳴りだす。

「これDVD観まくったりしてようやく覚えたんや」

 曲と全然関係ない、どこかの専門校生が実習で作ったようなしょぼいCGアニメが写っているモニターの横に意気揚々と立ち、マイクなしで歌いながらダンスを披露する春水。何でこんな一文の得にもならないことに情熱を注ぎ込めるのか、不思議でならない。

 部屋の外を通りかかった他の客や従業員が無遠慮な奇異の視線を向けていたが、努めてスルーした。そんなことにいちいち心が折れていては春水の友人など到底やっていけないのだ。自分で言うのも何だけど人格者だよなぁ、私。

 数分後、曲が終わってつい拍手をしてしまった。

「無駄な努力以外の何ものでもないけど一応拍手だけはしといてあげる」

「出ました、マコちゃんのツンデレ語録」

「誰がツンデレだ」

 思わず声にドスを利かせてしまった。

「そのうち三人揃って駅前広場辺りで踊りたいなー、そう思わへん?」

「いや、一ミクロンも」

 どんな罰ゲームだよ。そりゃ深夜の駅前で、自分たちと明らかに住む世界が違う系の方々がたむろってダンスの練習してるのは見掛けるけど、どう考えても浮くよなぁ…。

「そのうち、地下アイドルとしてスカウトされる日が来るかも知れんで」

 私はそんな博打っぽい進路は心から御免蒙りたい。

「……春水、前から言おうと思ってたけど、あんた相当人生舐めてるでしょ」

「そしてゆくゆくは超人気アイドル声優に転身。横浜アリーナあたりでライブ開いたり、ラジオでうっかりエロ発言を漏らしてファンの煩悩を刺激しまくったりするねん…ウチら三人」

 おい、私と遊まであんたのずさんな人生プランに巻き込むな。

「ダメカナ?」

 ダメダヨ♪

「それに私はともかく、遊は《長門》と言えば裕之か勇しか眼中にないし」

「ウチらの年代じゃそっちの方がある意味マニアックやけどな」

 遊は洋楽というポピュラーな趣味の他に、お父さんの影響で任侠物などの昔の邦画に強いという濃い一面を持っている。理想の恋人は川谷拓三。お父さんよく娘さんを仕込みましたね、と言うべきか。やはりマニアはマニア同士群がるんやなぁ、とは春水の弁。

「うーん惜しい、せっかく綺麗どころが三人揃っとるんやけどな。まず遊が長門やろ、マコちゃんが団長、そいでウチが未来人…」

「配役おかしいからそれ」

 私は再びドスを利かせた声でツッコミを入れた。お前はキャラ的にどう考えても真ん中だろ。






 生徒手帳によると、うちの高校は午後六時が下校時間と決められている。大会前や文化祭準備などの大事な時期には生活指導部に申請すれば教師立ち会いのもとで九時まで居残れるらしいが、今日の陸上部がそんな長引く訳はない。

 五時半くらいにカラオケを切り上げた私たちは学校に戻って校門で遊を待つことにした。

 しばらくして西日に染まるクラブ棟から出てきた遊が長い影を引きずってこちらに駆け寄ってきた。

「二人ともお待たせ」

「全然、今来たとこやし」

 テンプレートみたいな受け応えをした春水はくるりと身を翻し、ほな行こか、と先に立って歩きだす。

 私たち経倫高生徒の溜まり場になっているそのファミレスは学校から歩いて五分くらいの場所、バスで通学している県道沿いの公園のすぐそばにある。その入口に差し掛かったところで、

「……そうだ、ねぇ遊」

 不意に思い出した。

「ん?」

 私は鞄をまさぐって小さい紙包みを取り出すと、遊に手渡した。

「すっかり忘れてたけど、これGWに浜名湖行った時のお土産ね」

「サンキュ……何これ?」

 開けていいかと訊かれた私が頷くと、遊はいそいそと包みを開けた。そして満面の笑みを浮かべる。

「おっ、これご当地キティちゃんじゃーん。さっすが御子柴、あたしのツボを心得てるねぇ」

「伊達に三年もつるんでる訳じゃないわよ」

 ……そう、ボーイッシュな外見によらず実は大のキティラーなんです彼女。これがいわゆる一つの萌え要素というやつだろうか。

「なぁマコちゃーん、ウチにもお土産。お土産ーっ」

 背中に二つのゴム毬みたいな感触がしたかと思うと、妙に甘えた声の春水が飛び付いてくる。

「ちょっと春水さん、人の背中に無駄にデカい脂身を押し付けないで下さる」

 肩を乱暴にねじって春水の身体を引き剥がした。別に春水の持ち物に嫉妬しての言葉ではないので、勘違いしないでほしい。

「またまたーっ、ホンマは気持ちええくせにぃ」

 よくねえよ。

「おーみーやーげー、ウチもキティちゃんめっちゃ欲しいねん」

 あーうっさい、あんたには今朝あげたろ。

「欲しいよー、ミッフィーちゃん欲しいよー」

 どこからツッコめばよいのやら。

「あーもー懐くなっ!」

 あっちで黙ってうなぎパイでもかじってろ、と言ったその時、五mくらい先の路肩に停まっていた白いバンのドアが開いて、

「――やぁ、遊ちゃん」

 水色の作業着姿の男の人がこちらに近付いてきた。

「今帰り?」

 歳は二十くらい、痩せぎすで内気そうな感じのする人だった。胸の縫い取りには《河野電器店》とある。この公園の付近は外勤の人たちがよく車を停めて休憩や仮眠を取っているので、この人も多分仕事の合間に一息入れていたのだろう。

 以前どこかで見たような気がしたが、曖昧模糊として思い出せなかった。単なる既視感だろうか?

「あ、義明(よしあき)さん今晩は」

 と挨拶する遊に倣って、私と春水もややぎこちなく頭を下げる。

「こないだ直したTVの具合はどう?」

 ポケットに突っ込んだ軍手を無造作に(もてあそ)びながら、義明さんなる人が遊に訊いた。

「全然綺麗に映ってます、ありがとうございました」

「ははっ、まぁそれが俺の仕事だしね」

 義明さんはジッポで煙草に火を点けながら軽く笑っていたが、遊の手にしていたご当地キティに気付いて、

「それキティちゃん?」

「ええ、友達から浜名湖の土産に貰ったんです」

 義明さんは「へえ」とだけ応えて、急に興味を失った風な顔付きになった。自分から話題を振った割に素気ない反応だなと思ったが、よくよく思い直せばキティちゃんに食い付く男性のがおかしいか。

 口下手な人っぽいから会話の糸口を広げられなかっただけなんだろう、多分。

「まだお仕事ですか?」

「うん、これから二軒修理で回っておしまい。明日は朝の六時から仕事だし貧乏暇なしだよ本当」

 義明さんは歳の割には世知辛い台詞を、紫煙と一緒に吐き出した。モラトリアムを満喫している身としては申し訳ない気持ちになる。

「遊ちゃんは?」

 義明さんは私の顔がある方向に無遠慮に紫煙をふかしながら尋ねた。煙草の臭いが嫌いな私は内心イラっとしながら後ずさりする。

「これから友達とあそこ入ろうと思って」

 遊はすぐ先のファミレスの黄色い看板を指差した。

「ふーん、まぁ夜遅くなるだろうから帰り道は気を付けて。最近この界隈も物騒だからね。何しろ、隣町であんな事件があったばかりだし…まだ捕まってないんだろ犯人」

 義明さんは薄い眉を心もちひそめてそう言うと腕時計を見やり、じゃあ、と片手を上げてバンに戻って車を発進させていった。

 濃い紫の宵闇に溶けていく車を見送りながら、

「じゃ早く入ろっか、私お腹空いちゃってさ」

 ジャンバラヤにしよう、と思い定めながらふと遊の方に視線を向けた瞬間、私は言葉を失いそうになった。

 ……彼女の表情はこれまでになく硬かった。






 店に入った私たちは窓際の禁煙席に通された。

「――マコちゃーん、ちょっちカロリー高過ぎちゃう?」

 季節のシーザーサラダと鶏のグリル添えジャンバラヤとダブルベリーパフェを注文すると、春水から物言いが入った。

「ウチ、メタボ体型のマコちゃんは見たくないねん」

 うぐぅ、微妙に気にしてること言いやがって。

「って、とんかつ膳ライス大盛りで頼んでるあんたに言われたくないんだけど」

「ちっちっち、ウチは特別やねん。食べても太らない体質やから」

 確かに春水、結構大食らいの割に余計な脂肪が付いてないんだよなぁ。栄養全部胸に行ってるんだろうか。

「妬かない妬かない、世間には無い乳の方がええって男も沢山おるやん」

「そりゃそうだけどさ…」

 胸なんてでっかくてもロクなことないよー、という話はしばしば聞くが、そんなこと言う人に限って困ったような顔と嬉しそうな顔が七・三くらいの割合で同居しているのは何故だろう。持たざる者のこちらにしてみれば強者の余裕にしか聞こえないんだけど…見方にルサンチマンが混入してることは認めます、ええ。

「ま、ロリコン受けはいいよね」

 ボソッと身も蓋もない発言をする遊。ちなみに彼女も胸のサイズは私とさほど変わらない。

「ふーん、じゃあ鈴木君はロリコンなんだ」

 私が意地の悪い顔を作って混ぜっ返すと、

「うっさいバカ御子柴」

 一蹴されてしまった。

「…ところでさ」

 これ以上同士討ちをしても虚しくなるだけなので私は話題を変えた。

「遊が学校から出てくる時鈴木君見なかったけど」

 まぁ恋人同士いつも一緒に下校しなければならない法はないんだけど、あの時は少し不思議だった。

「べっつに…何か知らないけど修太、マネージャーの河野に捕まっちゃって話し込まれてたからさ『御子柴たち待たせてるから』って先に部室出ただけだよ」

「あらら薄情なんだ」

「うっさい、あんたら女の友情とかうるさく言うからそっち優先させてやったんじゃん」

 遊は口を尖らせて私と春水を等分に睨んだ。

「それに修太の家は私とは逆方向だからあいつは裏門から帰るの、いつも」

「あっそうなんだ」

 私が納得したところで料理が運ばれてきた。

「ひょっとしてさ――」

皿に盛られたジャンバラヤの小高い丘をスプーンで崩しながら私は言った。

「――河野さん鈴木君にまだ気があったりしてね。だって遊と鈴木君が付き合ってることって、彼女もとっくに知ってるんでしょ?」

 河野さんも鈴木君に好意を寄せているらしいことは、過去このファミレスで開催された恋愛サミットで何回も議題に上っている。鈴木君の方には一切そんな気はなかったみたいだが。

 遊と河野さんの関係が半ば冷戦状態なのもその辺りに原因があるらしくて、遊の言うには河野さんの方から一方的につっかかってきたらしい。無論当事者の発言だから割り引いて考えなくちゃなんだろうけど、遊の方から恋愛沙汰で積極的に争うとは性格上考えにくいので、大体は遊の言う通りなんだろうとは思う。

「うかうかしてると鈴木君奪られちゃうかもよ」

「まさか。修太はあいつのことなんて全然眼中にないし、逆にちょっと鬱陶しく思ってるくらいだよ。部活の会計か何かの事務的な話で無理に付き合わされてただけで…まぁ、ハッキリ言ってそれも口実っぽかったけどさ」

 憮然とした顔でテーブルに視線を落とす遊。多少嫉妬を感じているようだ。

「ほんなら朝、遊の様子をわざわざ鈴木君と一緒に見にきたんもそれと同じことなんちゃう?」

「あー、それっぽい」

 春水の言葉に私は全面的に頷いた。人の善意や好意を疑うなんて本来は良くないことだけど、あの時の彼女があまり遊を気遣う態度を見せなかったのは確かだ。

「――そういえば、さっき公園で会った人って河野さんのお兄さんか何か?」

 空気が若干重くなったのを察したのか、春水はすぐに話題を切り替えた。

 言われて私もはっとした。作業服の縫い取りは《河野電器店》だったし、どこかで見たような顔だと思っていたら、一重の目元とかが彼女にそっくりだ。

「さっすが為永、よくまあ気付いたね」

 遊は感心した顔でグラスのコーヒーをストローで掻き混ぜながら、

「うちの近所の電器屋さんの息子さんで、去年大阪の専門学校から戻ってきて家業を継いでるのかな。まぁまだお父さんの下で修行中な感じだけど。だから、家電の修理はいつも義明さんとこに頼んでるって訳」

「あー、それでTVがどうとか言ってたのね」

 私は言った。

「うん、GW入る前に画面がやたらブレてきちゃってさ。それで修理を頼んで戻って来たのが昨日」

 口の周りをトマトソースでほのかに染めてラザニアを頬張りながら説明する遊。

「だからGW中は部活から帰って寝るまで、ほっんとすることゼロでさ」

「ほんならインターネッツでもやればええやん」

 春水の言葉に遊は心外そうな顔を作った。

「いや、あんたらみたいなオタクと一緒にするなよ。てゆーかうちはパソコン自体ないし、携帯もパケット無料じゃないし」

 酷い偏見だ…って私も数に入れられてるんかいっ。

「ほんなら彼氏とラブラブな長電話でもすればええやないですか、この中で唯一彼氏持ちの綾瀬遊さん」

 ヤサグレたような小芝居を入れつつ春水が言った。

「そんなにダラダラ長電話はしないけどさ…GW中はあいつご家族と一緒にお父さんの実家に、お祖父さんの三回忌だっけか、法事で帰省しててさ」

「ふーん、どこ?」

 私が何気なく訊くと、遊は浜田だと答えた。隣の隣の県である。

「浜田の弥栄(やさか)ってところで普通に熊とか出没する山奥だってさ。電波もほとんど立たないみたく、一回向こうに電話したら音がプツプツ途切れて会話にならなかったから諦めた」

「ダメダメやなー、愛が足りてへんで愛が。そないな時は家電(いえでん)使うてでもラブラブトークを満喫せな」

 絶対心にもないだろうことを言う春水。

「いや、それはウザいだろ為永。つーか、もしお前があたしだったらそんなことする?」

「まさかー、ウチそこまで痛い()や…あだっ」

 遊の鉄拳制裁の急降下爆撃を受けて、頭を抱える春水であった。

「…ところでさ」

 私は意を決して本題の口火を切ることにした。

 このままバカなトークを続けていたいけど、そんな訳にもいかない。だって十一時半からは毎週聴いているラジオ始まるし…ってのはさすがに冗談だけど。

「朝から思ってたんだけどあなた今悩みごと抱えてるでしょ、それもかなり深刻なやつ」

 それまでラザニアを口に運んでいた遊の手が電池切れのおもちゃのようにハタと止まったかと思うと、表情に動揺の小波(さざなみ)が走った。焦点が微妙に合わない遊の瞳に正面から強い視線を結んだまま、私は彼女の言葉を待つ。

 沈黙。

「…バレてたか」

 長いため息を一つして遊は力なく笑った。

「やっぱ、あたしってすぐ表情に出ちゃうのかね」

「うん、でも私らはそんな遊が大好きなんだから全然直す必要ない」

 私はそう言って春水と顔を見合わせて頷いた。

「うわぁ、めっちゃ恥ずいこと言ったで今」

 …そんなことは自分が一番よく判ってるってばよ。

「昼休み、あんたらから強引に誘われた時点で薄々と何かありそうだと思ってたけどさ…心配させちゃって本当にごめん」

 心底辛そうな顔で遊は頭を下げた。

「うぅん私らのことなんてどうでもいいよ、特に春水なんて」

「酷っ、マコちゃん酷っ」

 隣の抗議は無視して、私は言葉を接いだ。

「どれだけ力になれるかは判らないけどさ、うちらで構わなかったら何でも相談に乗るよ」

「一体何があったん?」

 再び沈黙。

 店内に流れる有線、他の席のざわめき、それらが妙に遠くから響くよそよそしいものに感じた。

「ありがと…二人とも本当にありがと…」

 遊の声は震えていた。そして、彼女の顎を伝って滴り落ちたものがテーブルの上に人肌の温もりの水溜まりをつくった。

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