サボり魔は立ち止まり、出会う
現実に負けそうな人、もう負けていると思っている人に送る作品。
今日もまた僕は学校をサボった。
駅前のコンビニのイートインに座り込んで、店内のぼーっと時計を見る。
サボったことの理由だが、それはただめんどくさかっただけだ。これが悲しいことに嘘でもなければ冗談でもない。
学校でいじめを受けているわけでもないし、友人も少しはいるから別に居場所がないわけでもない。
強いて言うならば、何もないからかもしれない。あそこに行っても僕は何も得られないと思う。だから、行かない。
しかしこれも慣れっこで、僕は今年何回サボったかなんてもうわからないくらいには常習犯だ。だから今日も時間を潰す策は用意してある。カバンに入ったゲーム機を抜き取ってイヤホンコードを刺す。そうすると耳の中に聞き慣れた対戦格闘ゲームのbgmが流れ込んでくる。
この音楽を聞いて、ゲームに耽る時間だけは僕を現実から切り離してくれる気がする。
しかし、こんな屋外では対戦できるほどのインターネット環境なんてあるはずもなく、僕は1人でコンボ技の練習に専念する。そうでもしていないと罪悪感で毎度自分が嫌になるから。
そうやって1時間くらいが過ぎたのだろう、後ろから肩をトントン、と2回そっと叩かれた。振り向くと、小太りなコンビニの店員さんがそこにはいた。
「君、高校生だよね。いつもこの時間にここにくるけど学校はどうしたんだい」
「……定時制で」
もちろん嘘だ、僕は全日制の高校に通っている。
「そうだとしても、毎日のようにこの席を占拠してゲームされるとウチも困るんだ。ここはゲームセンターじゃない、コンビニだ」
「……すいません、失礼します」
僕にはクレーマーのような度胸も胆力もない。ただ、弱いだけだ。ここにくるなと遠回しに言われて反論できるようなものが僕には何もない。僕はただの迷惑客で、学校から逃げてきて、このコンビニからもまた、これからは逃げることになる。
コンビニを出ると外は冷ややかな空気に満たされていて、この1月の寒さの中外でゲームというのは手が悴んで不可能に近い。
「どこ行こう……」
家に帰っても僕の居場所なんてどこにもない。あったらこんなコンビニに依存することもなかった。
これが俗にいう途方にくれる、というやつだろう。
何もない僕は何も目的を持たずに歩く。外の天気は無駄に良くて僕の居場所なんてないのだと感じさせられる。
仕事に忙しそうな社会人や、しっかりやることをこなして自由を認められて遊ぶ大学生。彼らを見るとそんなはずはないのに自分がこの世界に不要なものだと感じる。
それは高校生の僕でもわかるくらい単純で、僕という人間は今何も社会に貢献していないからだ。
それがわかった上でサボってしまう自分が本当に嫌いだ……。
何をしても晴れない気分で僕はなんとなく公園に向かった。そしてなんとなくブランコへ向かうと、あろうことか先客がいた。それも自分と同じ制服を着た女性が、だ。
僕は唖然としてしまった。学校をサボった同志との出会いに少しの感動を覚えてしまっていた。
「何、してるんですか」
彼女は肩をびくん、と、跳ねさせてそぉっとこちらを向く。
「え、同じ制服……。貴方ももしかして桑名南高校のひとですか?」
「えっ、あっ、まぁ見ての通りです……」
紺色を基調とした結構評判の良いデザインのブレザー。県内でもこれがかっこいい、かわいいからという理由で進学する人もいるのだとか。それを見て判断したのだろう。
お互い初対面で出会い方も異色すぎて口を開けない。少し2人の間に沈黙が生まれて、目を逸らそうにも逸らせない。彼女の目は普通よりも明るくて、その瞳の色に比例するかのように少し明るい髪を肩までまっすぐ伸ばしている。その姿からは淡白な印象を受けるが、彼女はそれで完成されているように思えた。なぜなら化粧せずとも彼女は誰がみても美人と言われる程に端正に整った顔立ちをしている。
そうやって頭の中で彼女のことを考えてやっと理解した。今僕が話せないのは気まずいからとかそういうものじゃない。ただ彼女に見惚れてしまっていたのだ、言葉も出せない程に。
でも、話しかけておいて黙っているのは流石によくない。僕の貧弱なコミュ力から必死に話題を捻り出す。
「……ここで、何をしてるんですか」
と、何も理由なく来た男が言う。ブーメランにも程がある。
「……何をしているのかと言われたら、何もしてません。でも、それは貴方も同じなのでは……?」
核心を貫かれて心に結構ダメージを受けた。
「その通りだな……」
また、沈黙。だが、今度は彼女から先に口を開いた。
「あ、あの……まずは挨拶を。私は一年の霞ヶ浦燈です、よろしくお願いします」
「僕は二年の西日野夕時です、よろしく……」
僕はいまだに人生で一度も彼女ができたことがない。女性耐性も一切持ち合わせていない。だから恥ずかしいことに言葉がどうしても途切れてしまうし、目も泳がせてしまう。
でも、自分から話しかけておいて話題を彼女、霞ヶ浦に委ねすぎだ。流石にこれ以上は申し訳なくて死んでしまう。
「さ、寒いですね。手が悴んでスマホ弄ることさえできない……」
「ですねぇ、私もこんなに寒いなら出て来ずに家にいればよかったです」
僕は違和感を感じた。彼女は僕と同じで、学校をサボる自分の居場所が自分の家にないから出てきたのだと思った。この言い方から察するにそうではないのかもしれない。
「じゃぁ、家に帰るっていう選択肢はないんですか」
結局、聞くのが早い。
「いやー、親も出てるんで帰ってもなんら問題ないんですけど、なんとなくあそこに居たくなかっただけです」
何かしらの事情はあるのだろうが、僕はそこに踏み込めるほどの豪胆の持ち主ではない。確実に家庭の闇を見る羽目になることが鈍感な僕にもわかった。
「いつもは、どうしてるんですか」
ふとした疑問、言ってから思うのもアレだが、こんなに常習的にサボってるのはうちの学校では僕くらいなものなのだが、彼女もまた例外だった。
「外で歩いてます、ずっと。私趣味なんて殆どなくて、こういう時間は散歩しかすることないです」
「じゃあ、僕とゲームしないか? 大激闘とか」
ふとした思いつきだった。というか僕の知っている趣味で勧められるものはこれくらいしかなかった。でも言ってもう後悔している。大激闘なんて男友達の間でやるものだ、霞ヶ浦が触れているとは到底思えない。
「いいですよ、じゃあ私の家でやらないですか?」
……え?
「おーい?」
霞ヶ浦はそう言って僕の目の前で手を振っている。
それに反応を返せる程、僕の脳みその容量は大きくない。あまりに話が突然すぎる。僕は確実に正論を言っている自信がある! だって初対面の人と「家でゲームしましょう!」とは普通ならないだろ!? 一般的にはここでゲームセンターに行くとかが定番だと思っていたのだが、もう言われてしまった手前断るのもなんだか変な気もするがここは男として理性を保った選択を……
「それとも私の家には上がりたくなかったです……か?」
「いや、喜んで」
僕の理性弱過ぎだろ、なんか悲しくなってきたわ。いやね? ブランコに座った女性が上目遣いで言われたら大抵の男はイエスしか言えん。俺は悪くない。
「じゃあ、ついてきてください。すぐそこなんで」
と言ってブランコから飛び降りた霞ヶ浦に僕は着いていく。
その背中は小さくて、酷く弱々しく見えた。
週末に週一で投稿します