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これから全力で逃げます

ここはトワンデール領。その中にある演習場で、1人の少女が剣を片手に、鍛錬をしていた。

少女の名は槍山さき(ユリヤマ サキ) 今年14歳になったばかりだ。


「はっ!そりゃっ!」


暫くして、少し休もうとその場に腰を下ろした。


「はーっ…。」


汗を拭きながら空を見上げる。雲一つない快晴だった。

少女はただ静かに、空を見つめている。


「今日は快晴だな…。」


汗ばんだ体に、優しい風が吹いてとても心地がいい。


「この世界に転生して、もう14年か…。月日が経つのは早いなぁ…。」


少女はふっと寂しそうに笑った。

いつだったか…。自分が前世の記憶を思い出したのは。

確か4年前、仲間達と美味しいチャカの実(とても甘くて栄養価が高い)を取りに山へ入り、ベタな話だが木の幹に躓いて頭を思いきりぶつけたんだっけ。

あの時は痛みよりも、突然流れ込んできた前世の記憶にすごく戸惑ったのを覚えている。あまりの情報量に頭が追いつかなくて、目を回してそのまま気を失った。

一緒にいた仲間達は凄く慌てていて、目が覚めたら泣きながら抱きつかれたな…。


「まさか前世の記憶を思い出すなんてね…。思い出したって、皆んながいるわけでもないのに…。」


はぁ〜っと、一つため息を溢し、また鍛錬をしようと立ち上がった。


「あ。いた。おーい!さきー!」


名前を呼ばれ、声のする方へと振り向く。

そこには、このトワンデール領で共に隊士として戦う同期の團本しょうぶ(ダンモト ショウブ)がいた。

槍山の一つ上で15歳だ。

手を振りながらさきの元へと走り寄る。


「どうしたの?今日非番だよね?」


なぜここへ彼が来たのか分からず、首を傾げた。

團本はその様子を見て、やっぱりなとため息を吐く。


「一昨日話したのに、忘れたのか?今日非番だから、久しぶりに皆んなで街へ出かけようって約束したじゃないか…。」


「一昨日…?…あっ…!」


一昨日、城内の隊士専用の食堂で、昼食を食べていた時、久しぶりに同期組の非番が重なっている事を知り、街まで出掛けようと、自分から言い出した事も含めて思い出す。

これはやばいと思い、申し訳なさそうに團本に手を合わせた。


「ごめんっ!すっかり忘れてた…。しかも自分から言ったのに…。他の2人はもう行っちゃった?」


「いや、2人は門の近くで待ってるよ。約束の時間になっても来ないから、俺が代表として探しに来たんだ。ここにいてくれたから、直ぐ見つけられたよ。」


團本は笑いながら、ぽんぽんっと優しくさきの頭を撫でた。


「一度着替えに部屋へ戻るか?」


「ううん。このまま行けるよ。」


そうかと微笑むと、2人が待つ門の方へと向かった。

門に近づくと、見慣れた2人の姿を見つけた。


「はやて!たくと!」


名前を呼ばれた2人は、呼ばれた方へと体を向けた。


「おせー!お前、自分が言ったくせに忘れてたろ!」


彼は嵩嶺はやて(カサミネ ハヤテ) 槍山の一つ上で、口は悪いが仲間思いの少年だ。


「やっほー。さき。やっと来たね。時間が勿体ないから、早く街へ行こうよ。」


彼は三田坂たくと(ミタザカ タクト) 槍山の一つ上で、とてもマイペース。人を揶揄うのが好き。最近は嵩嶺を揶揄うのがブーム。


「ごめん2人とも!自分で言ったのに忘れてて…。」


「知ってる。ほら。早く行くぞ。」


「あいたっ!」


嵩嶺は槍山の頭を軽く小突くと、スタスタと先に行ってしまった。


「はやてね、さきが約束の時間になっても来ないから、凄くソワソワしてたんだよ。勿論、俺も凄く心配したんだからね?次はちゃんと約束を守ってねー?」


くすくすと笑いながら、槍山の頭を優しく撫でた。


「うん…。本当にごめんね?待っててくれてありがとう…!」


團本と三田坂は優しく微笑み、槍山の肩に手を置いた。


「さぁ行こう。はやてが待ってる。」


「久しぶりに皆んなと街に行くんだから、早く行こうよ。」


「よしっ!レッツゴー!」


3人は笑いながら、急いで嵩嶺の後を追った。


「はやてー!待ってー!」


嵩嶺は足を止め、後ろへ振り向いた。


「おせーぞ。馬鹿さき。早く来い。」


嵩嶺に追いつき、隣へ並ぶ。


「さっきはごめんね?」


「それはさっき聞いた。そんなことより、早く行くぞ。」


ぷいっと顔を背け、また歩き出した。

それを見た團本と三田坂は可笑しそうにクスクスと笑っている。


「本当、はやては素直じゃないな。」


「そこがはやての良い所なんだけどねー。さっ。早く着いていかないと、また、はやてに言われちゃうよ。」


「待ってはやてー!」


3人は嵩嶺に走り寄り、4人はわいわいと談笑しながら久しぶりに街へと向かった。


街へ着くと、沢山の出店が並び、旅人や街人、商人達で賑わっていた。


「わぁ…!沢山お店が並んでる!」


槍山は目をキラキラさせながら、キョロキョロと見渡している。


「前に来た時より、店増えてないか?」


「そうだねー。そういえば、最近ジャガネール領と交流を始めたらしいけど…そっちの商人達も来てるのかもね。ほら。あの商人が売ってるのジャガネール特産の布だよ。」


「ジャガネールだと?他とは一切交流をしてこなかったあの?なんでまた、ここと…?何か企んでるんじゃねーのか?」


「そういえば、噂で聞いたんだけど、人を探してるらしいんだよねー…。」


「人…?あっ。おい!さき!1人で先に行くとはぐれるぞ!」


團本は慌てて槍山の腕を掴む。


「ごめんっしょうぶ…。見たこともない物が並んでたから、気になっちゃって…。」


ははっと苦笑いをし、3人の顔を見る。


「そういえば、何の話をしてたの?」


「んー?あぁ、最近ジャガネール領と交流を始めたらしくて、それで特産品が並んでるって話をしてたんだー。」


「へぇ。そうなんだ。だから、見たことのない物が並んでるんだね…!あっ。ねぇねぇ。私あそこのお店見たい!見てもいい?」


槍山が指差す方へ目をやると、沢山の髪飾りや耳飾り等が並んでいた。


「あぁ。いいぞ。先にそこから見ようか。」


4人は沢山の髪飾りや耳飾りが置いてある店へと足を進めた。


「わぁ…!どれも可愛い…!」


目をキラキラさせながら、商品を眺める。


「例え隊士と言えど、やっぱり女の子だな。」


「そうだねー。凄い目を輝かせて見てるね。」


「他のお店と違って、皆んな可愛い!これもいいなぁ…!」


「確かに、前来た時はこんな店無かったもんな。」


4人は珍しげに商品を見た。


「いらっしゃい!おっ!可愛いお嬢ちゃんだね!安くするから是非見て行ってくれ!これは全てジャガネールの特産品だよ!」


「ジャガネールの…?おじさん、ジャガネールの人?」


「あぁ。そうだよ。今の領主様に代わってから他と交流が持てるようになってね。本当。有難いことだよ。」


店主はとても嬉しそうに話し出した。


「今の領主様はとてもいい人なんですね。」


「凄くいい人だよ!あの人が領主様になられてから、本当に国が良くなってね…。それに、その領主様を守られる方達も本当に良い人達ばかりで…。」


「守る…隊士の人達ですか?」


團本も気になるようで、店主に話しかける。


「そうだよ。私達にもとても良くしてくださってね。そういえば、今日は何人かの隊士さん達がここに来てるよ。」


「隊士が…?それは何故…?」


おじさんはうーん…と首を傾げた。


「確か、ここの領主様に用事があるとか…。まぁ、そこまで詳しくは分からないがな!」


わははと笑いながら商品を並び直す。


「へぇ…。そうなんだー…。あ。これさきに似合うね。」


三田坂は考える素振りを見せたが、すぐにいつもの表情に戻り、槍山に綺麗な青色の耳飾りを見せた。


「わぁ…!とても綺麗な色…!私に似合うかな?」


「とても似合うよ。おじさん。これ頂戴。」


「あいよっ!良かったなお嬢ちゃん!こんな色男に買ってもらって!」


おじさんは笑いながら商品を袋に入れ、三田坂に渡した。


「はい。さき。」


「えっ?いいの?」


「うん。先週誕生日だったでしょ?まだプレゼント渡してなかったしね。貰ってくれる?」


三田坂から耳飾りを受け取ると、凄く嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう、たくと!大事にするね!」


「ふふっ。うん。」


優しく微笑むと、槍山の頭を撫でる。


「…。」


その様子を見ていた嵩嶺は、ぎゅっと拳を握りしめていた。


「良かったな!さき。あっ。俺あそこ見たいんだけど、いいか?」


團本が指差す方へ目を向けると、美味しそうなお菓子を売っている店があった。


「わぁっ!美味しそうなお菓子屋さん!早く行こう!」


團本の腕を掴み、ぐいぐいと引っ張りながら店へと向かう。

團本と三田坂は笑いながらそれに着いていく。

嵩嶺はそれを横目に、先程自分が見ていた髪飾りを手に取り、会計を済ませ、槍山達の後を追った。


「あっ。来た。おーいはやてー。こっちこっちー。」


店の中へ入ると、3人がカウンター席に座っていた。

そちらへ向かい、空いている席へ腰掛ける。


「ここで食べていけるんだな。」


3人はすでにメニューを決めていたらしく、嵩嶺にメニュー表を見せる。


「私達これにしたんだ。このお店のオススメなんだって!」


槍山が指す方へ目を向けると、そこには大福セットと書かれており、当店オススメと丸が付けられていた。


「じゃあ、俺もコレにする。」


「皆んな同じだな!すみません。注文いいですか?」


團本は店員を呼び、先程の大福セットを四つ頼んだ。

店員は顔を赤らめながら、急いで店の奥へと引っ込んでいった。

その様子を見ていた3人は、ニヤニヤと笑いながら團本を見た。


「さすが、しょうぶだね…。」


「あの子、暫くしょうぶを思い出すねー。」


「罪な男だよなー。」


「?どうしたんだ?3人して変な顔で笑って…。何かあったのか?」


團本は訳が分からず、首を傾げて3人を見た。


「大福楽しみだねって話してたんだー。ね?さき?」


「うん!そうそう!」


「早く大福来ねーかな。」


團本の様子を見て、3人は可笑しそうに笑いながら誤魔化した。

他愛もない話をしていると、暫くして大福が運ばれてきた。

お皿の上には、美味しそうな大福が3つ並んでいた。


「こちらはセットのお茶です。どうぞゆっくりしていって下さい。」


年配の店員さんはそう言うと他のお客の元へと向かった。


「美味しそう!」


「本当だな。食べるか。」


頂きますと手を合わせ、大福を口に運ぶ。


「!美味しい…!」


「本当だ。中の餡も美味しいけど、餅の方も凄く美味しい。」


「これならもっと食べれそうだね。」


「土産に買っていくか。」


大福をパクパクと食べていると、店の中に他の客が入ってきた。

店員に案内され、4人の後ろの席に腰を下ろす。

結構お客さんが入るなと思い、最後の一つに手を伸ばそうとした所で、槍山の手が止まった。

突然、バクバクと心臓が激しく動き出した。

まるで、ここから出ろと言わんばかりに…。

槍山は昔から、第六感が優れていた。

嫌な予感は大抵当たる。

落ち着かせようと、一度深呼吸をする。

先程よりも少し心拍数が落ち着いてきた。

だが、早くここから出ろと自分を急かす。


「どうした?食べないのか?」


槍山の様子がおかしい事に気づいた團本は、心配そうに声をかける。

槍山は慌てて首を振り、心配させまいと、笑顔を見せた。


「ううん。もっと食べたいけど…これ以上食べたら太っちゃうなって考えてただけ。」


そうなのかと、團本は可笑しそうに笑う。

大丈夫。バレていない。これは気のせいなんだと、自分を言いきかせながら、最後の大福を口へ運ぶ。

チラッと横目で3人を見ると、楽しそうに談笑をしていた。

再度落ち着かせようと、お茶を一口飲む。

すると、後ろから話し声が聞こえた。

先程案内された客だった。

ぼーっとお茶をすすっていると、必然的に話し声が耳に届く。

声が聞こえた瞬間、また心臓がバクバクと脈打つ。

自分の耳を疑ったのは、これが初めてではないだろうか。

遠い昔、共に過ごしていた仲間達の声が後ろから聞こえる。まさか…そんな事はありえない。

それに、ここはあそことは別の世界。彼等がここにいる事はありえない…。

ただ、声が似ているだけだ。彼等ではない。

嫌な汗が額から流れてくるのを感じる。

この時だけは、やけにハッキリと後ろの声が聞こえる。

彼等は自分の知っている人ではないと、言い聞かせるが、嫌でもその声に耳を傾けてしまう。

あぁ…聞かなければよかった。


「見つかった?」


「いや…。そっちは?」


「こっちもだ。こんなに探してるのに、本当にいんのか?あいつ…。」


「あの方が仰ったんだ。間違いないよ。あの子は…さきはここにいる。」


それを聞いた瞬間確信する。

彼等は、間違いなく、遠い昔の記憶にいた人達。

そう…かつて共に戦った仲間。元同期達だ…。

ここにいてはいけないと、誰かが囁く声が聞こえた。

後ろに気づかれないように、息を殺しながら立ち上がる。


「ごめん。私さっきのお店に買いたい物があったんだ。誰かに買われるといけないから、買ってくるね。」


3人に笑顔を向けると、自分のお金を置き、急いで店を出た。


「あっ!おい!」


突然の事で、慌てて声をかけるも、既に槍山の姿は見えなかった。


「どうしたんだ?そんなに欲しいのがあったのか?」


「よっぽど、気に入った物だったのかなー?」


「俺らも出よう。あいつ街へ来るの久しぶりだから、迷子になるかもな。」


3人はやれやれと言いながら、立ち上がる。


「本当。さきと一緒だと飽きないよねー。」


『ガタンッ』


後ろで慌てた音が聞こえたが、気にせず3人は槍山の後を追った。

4人が去った先程の店で、後ろに座っていた3人は入口へと目を向けていた。


「今…聞こえたか?」


「あぁ…。聞こえた…!」


「やっぱいたんだな。しかもここに…!」


3人は立ち上がり、会計を済ませ外へ出た。


「早く見つけよう。まだ近くにいるかも知れない。」


「やっと…やっと会える…!」


「あいつ等も喜ぶな。早く見つけて連れてくぞ…ジャガネールへ…!」


3人は急いで探し始めた。


「ハァハァ…。ここまで来れば大丈夫かな…。」


先程の店から、だいぶ離れた場所まで来た。

後ろを振り向き、誰も追ってきていないことを確認する。

額から流れる汗を拭い、息を吐く。

またそこから少し歩き、宝飾品が売られている店の前で歩みを止めた。

その場にしゃがみ込み、宝飾品をぼーっと眺める。

店を出る時、顔は確認しなかったが、先程の声の人物達を思い浮かべた。

遠い彼等の記憶が頭を過ぎる。

二度と会えないと思っていた彼等に、また出会えたことは、とても嬉しかった。

しかしその反面、恐ろしかった。

もし、彼等と顔を合わせていたら、あの時のことを非難されるのではと…。

前世で自分が死んだ時のことを、ふと思い出す。

あの日戦いの中で、敵だと分かっていたのに、敵の主将を庇い、仲間の剣が体に刺さりそのまま死んでしまったのだ。

自分は隊長であったのにもかかわらず…。

昔の仲間は、それを受け入れられなかったに違いない。

敵を庇った自分を、許すはずがない。


「何やってるんだろう…。」


ポツリと呟き、目の前にあった紅玉の腕輪を手に取る。

確か…あの時の敵の主将は目が紅かった。

そんな事を考えていると、横に人の気配があることに気付く。

額から、嫌な汗が滲み出る。

顔を見られない様に、少し体をずらす。

横から手が伸び、近くの腕輪を取るのが見えた。

この時、槍山は凄く後悔をする。

ここで立ち止まらなければよかったと…。

心臓が激しく動き始める。

隣から、懐かしい声が聞こえた。


「君は、紅よりもこっちの青の方が似合うよ。でも、笑った顔は花の様に愛らしいから、こっちの花のモチーフが彩られた腕輪もいいかな…。ねぇ?どう思う?」


隣にいる人物は、明らかに、槍山へと声をかけている。

口の中がとても乾く。

一刻も早く、ここから去らなければ…!


「す、すみません。ちょっと分からないです。ごめんなさいっ。」


顔を背けたまま立ち上がり、慌ててこの場を走り去る。

話しかけた人物は、動く気配は無かった。

だが、それを気にする余裕は、槍山にはなかった。


「…。」


槍山の走り去る姿を、黙って見届けたあと、その人物はゆっくりと立ち上がり、腕輪を棚へと戻す。


「あーあ。せっかく似合うと思ったのに…。」


残念そうに呟いているものの、口角は上がっていた。

さっきまでここにいた、少女を思い出す。


「やっと見つけた。」


ふふっと笑うと、元来た道を戻って行く。

一緒にここへ来た3人を探し、一度作戦を立てようと考える。


「早く、迎えに行かないと。楽しみだな。早く皆んなに会わせたい。」


先程の槍山を思い出し、嬉しそうに微笑んだ。













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