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ブラックバイトの幽霊  作者: 半藤一夜
【part time-1】木霊ゆらぎ
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008 地獄の沙汰も神次第

 元広域指定暴力団団員という経歴を持つテトラがウリエルから与えられ使役するのは、おあつらえ向きの拳銃型の武器である。絶対消滅の因果を対象に与える無謬の理法であるウリエルの『裁きの炎』をその弾丸に纏わせて撃ち出す、悪霊対策課でも屈指の攻撃力を持つ神具。

 その照準が今、木霊ゆらぎに合わせられていた。

「……今はお前の冗談に付き合ってる余裕はないんだがな、テトラ」

「わりーけど余裕がないのはこっちの方じゃ。そこどいてくれ、アニキ」

 銃身を横に振り、「邪魔だ」のジェスチャー。

 もちろん冗談でないことはわかっていた。テトラが銃を抜くことが許されているのは悪霊を相手取る時のみ。つまり、テトラはテトラの仕事をしにここに来たのだ。

「管理部から通達が来てな。その娘が正式に悪霊として認定された」

「何かの間違いだろう! ルールに抵触するようなことはしていない!」

「それを判断するのは俺でもアニキでもねーよ。それについさっきもアニキから逃げたり人間に憑依したり、色々やらかしたらしいじゃねーか」

 馬鹿な。確かに目を付けられるくらいは仕方がないが、悪霊認定されるほどのことではない。それに先ほどの騒ぎが直接の原因だというなら、いくらなんでも悪霊管理部の動きが早すぎる。

 まるで、悪霊として処分するためのタイミングを見計らっていたような。

「おいドク、そもそもマルシキとしてこいつを調査するように言ってきたのはお前ら法廷部だろう。悪霊管理部に話が通ってないんじゃないのか?」

 矛先を向けると、ドクは眉をハの字にして肩をすくめた。

「残念だけれど。法廷部と悪霊管理部は同じセクターとはいっても別の論理で動いているからね。正式に通達が出たということはミカエル様の承認を受けているということだ。私にはどうすることもできない。逆に訊きたいのだけれど、キタロー。そこまで拒絶する必要があるのかい? どのみち、調査が済めば彼女の魂は消滅する運命にあるのだから」

 しまった、と思ったが、手遅れだった。

 木霊が青ざめた顔をして俺を見ていた。

「入鹿さん、今の……どういう意味ですか?」

 俺は、ひとつだけ木霊に隠していることがあった。

 自殺をした者は罪を問われて審判を受ける。これは伝えてある通りだ。

 だがそれは、たとえば懲役のような刑に服するなどという生易しいものではない。

 破魂処分……つまり、魂を消滅させられると決まっている。生命の循環からはじき出され、存在そのものが葬り去られ、もう二度と転生することはない。

 一人の人間としての生を終えている以上、生まれ変われるかどうかは大した問題ではないと、そんな風に言う奴もいるが、それは違う。魂には生前の記憶が刻まれている。転生した肉体が前世の記憶を引き継ぐことはないが、時に魂の記憶はその人間の選択に無意識的に影響し、運命を左右する。人が失敗を糧に進歩するのと同じように、紡いできた魂の歴史はより良い運命のための礎となるのだ。

 しかし魂が滅びれば、記憶も消えて無くなる。生まれ変われないだけでなく、生きた証までが失われる。不可逆的に。それは最初から生きていないことと同義だ。


 人は死んだら終わり。それは絶対に確かなことだ。

 だが、魂は死んでも終わることはない。終わらないはずなのだ、本来なら。


「おや、もしかして彼女に伝えていなかったのかい? 自殺者が破魂処分を受けることについて。それはあまり誠実な態度ではないと思うけれど」

 察したドクが呆れたように言うが、俺は必ずしもそうは思わない。これが普通の自殺者だったら、わざわざ残酷な真実を教えてやる必要はない。転生を信じて滅びゆく方がまだしもマシだろう。

 だが、マルシキは自殺に至った経緯如何によって罪を軽減され、消滅の憂き目には合わずに済む可能性がある。包み隠さずに教えてやるべきというドクの意見はその意味で正しい。

 しかし、木霊は――父親を自殺で失っている。

 父親の魂は消滅したのだと、その生きた証すら存在しないのだと。

 俺はどうしても言えなかった。

「すまない木霊。ドクの言う通り、俺は肝心なことをあんたに伝えていなかった」

「入鹿さん……」

 木霊は戸惑っているようだった。当然だ。知ったのがこのタイミングだというのがまた最悪だった。

「だが、ドクはああ言ったが、あんたが破魂処分を受けると決まってるわけじゃない。あんたが死んだのは母親を生かすためだった、情状酌量の余地は充分にある。俺がきっちり報告すれば、あんたの罪だって――」

「情状酌量? 聞き捨てならないね」

 と、再びドクが割り込んでくる。

「そんな綺麗言で彼女をたぶらかすのは良くないよ。いや、もしかしたら本気で言っているのかな。だとしたらキタロー、君はこの仕事に向いていない」

「何だと?」

 断罪するかのように言い切ったドクは、普段は見せない厳しい表情をしていた。

「君が言っているのは、マルシキはその事情如何によって自殺の罪を免れるという話だろう? 確かにそういう規定はあるよ。でもね、これまでにその例外が適用された事例がないことも君は知っているはずだ」

「それは……」

「理由を教えてあげよう。天使は人間の情状を酌量したりはしないからさ。どんな事情であれ自殺は自殺だ。断言してもいいが、うちのお役所仕事しかしない連中が君の意見書なんかを鵜呑みにして、わざわざ慣例にないことをしようとはしない。その娘が掛け値なしに尊い家族愛から自らの命を差し出したのだとしても、処分を甘くしようなんて彼らは絶対に思わない」

「ふざけるな‼」

 怒りがこみ上げ、口から漏れ出た。

「自殺が魂を穢す罪だというならそれは仕方がない、ルールはルールだ。だが、事情によっては破魂処分を免れるというのも決められたルールだろう! それを信じたから俺は……」

 せめて魂だけは救えると思ったから。

 なのに、慣例がないから? 人間の事情に関心が無いから?

 ふざけるな。ふざけんじゃねえ。

「君たちには容認できない価値観かもしれないし、私だって彼らの怠慢は遺憾に思っているよ。だけど、この世界はそういう価値観で動いている。これはどうしようもない事実だ。綺麗言は通用しない――だから期待させるようなことを言ってはダメだ」

「てめえ――」

「もういいです、入鹿さん」

 沸騰している脳味噌に冷水を浴びせるような声に、我を失いかけた俺は正気を取り戻す。

「もういいって……何がいいんだよ」

「私、消えちゃっても大丈夫です。どうせ最初からいなかったようなものですから」

 そう言って、寂しげに笑う。

「生きてても何もいいことなんかなかった。大好きだった人を次々に奪われて、家にいても無視されて学校に行っても後ろ指をさされて。このまま生きていたって辛いだけ、こんな人生早く終わってほしいって、そればかり願ってました。でもただ死ぬだけじゃ悔しいし、だったらせめて私の命で運命を変えてやる、私たちをこんな目に遭わせた神さまに一矢報いてざまあみろって言ってやるって……そう思ったんです」

 自分たちを弄んだ運命への反逆。

 それが木霊ゆらぎの〝復讐〟だった。

「それも結局独りよがりでしかなかったですけど……でも、もう思い遺すことはありません。だから」

 ――消え入りそうな声で。

「だからそんなに怒らないでください。私なんかのために」

 そう言った。

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