003 日影亀太郎の神頼み③
「あっ、キタリンだ! やっほー!」
「おう、我が回収セクターが誇るスーパーアルバイトのキタローちん。あたしにチューでもされに来たか?」
二度のノックの後、ウリエルの執務室に招き入れられると、打ち合わせ中だったらしく、ウリエルとガブリエルが応接机で向かい合って座っていた。
「会議中でしたか。改めた方がいいですかね?」
「構わねえよ。こいつと二人で話してると脳味噌がふわふわしてきてよ、眠くなってきたところだから丁度いいや」
「あー、ひどいウリちゃん! 人をおバカみたいに言って!」
「バカだろーが! 身体ばっかり立派に育ちやがってこらー!」
「ひゃあああーはははは!」
くすぐられて悲鳴をあげるガブリエル。
なんだかんだいいコンビだが、この二人がジェネシスを引っ張っていくことに一抹の不安が残らないでもない。
組織を率いる者としては、やはりミカエルのようなタイプは適任だったのだろうと今さらながらに思う。あるいはリーダーとして相応しくあろうとして、そのように変わっていったのかもしれない。少なくともラファエルはそう考えているようだった。
「そういやキタローちん、また広報から依頼が来てるらしいじゃん」
「課長から聞きましたよ。うんざりです」
「いいじゃねえか、お前が有名になってくれりゃあたしの株も上がるってもんだ。ついでに歌手デビューでもしたらどうだ? あたしらが楽器やってやるからよ」
「あっ、いいねそれ! 私ボイパできるよ!」
「いや、マジで勘弁してください」
熾天使を従えた人間のアイドル歌手に天使が歓声をあげる絵面は革命的すぎて面白いが、そういうのはもっと相応しい奴に任せればいい。
「それか、総代とのゲーム対決を実況するとかな。人気コンテンツになること間違いなしだ」
それは……メロに言ったら乗り気になりそうで怖い。普段は隠れるように生活しているくせに意外と目立ちたがりの一面もあるようだし。
そういえば、結局人生ゲームも遊べなかったし、ジェンガの決着もついていないままだ。次にメロの部屋を訪ねるのはいつになるだろう。あまり放っておくとまた向こうから乗り込んできそうだから、近いうちに行ってやるとしよう。
あの一件の後、世話になった礼を言いに一度だけメロの部屋を訪ねた俺に、メロはこう言ってきた。
「主のせいでまたしばらく退屈に身をやつすことになってしもうた。責任を取ってこれからも暇つぶしに付き合えよ」
そういえば、レヴィエルが言っていた。総代には任期がなく、代替わりなども基本的にはないのだが、今の総代が他の誰かにその座を譲ろうとしていると。
それが権力闘争の契機となり、ミカエルは総代になるために画策を始め、ああいう結果になってしまった。
その理由を訊くと、「だってつまらんもん」とメロは言った。
「神なんてのは基本的に何もしないのが仕事みたいなもんじゃからな。スポークスマンも当然やることがない。退屈じゃ。もう飽き飽きじゃよ。主らみたいに章のタイトルに名前が載るくらいの活躍をしてみたいもんじゃ」
「神の視点でメタ発言するのはやめろ」
しかし、色々と考えさせられる言葉ではあった。
〝神は退屈を持て余している〟――か。
それはそれで、あるべき姿という気もする。
「というか気になってるんだが……メロ」
「なんじゃ?」
「もしかして、お前が神なんじゃないのか? 総代とか言ってるけど、それは世を忍ぶ仮の姿ってやつで」
するとメロはニヤリと笑った。
「わしが神ならもっと面白い世の中にしてやるわい」
それが本音なのか真実を隠しての諧謔なのかは、俺には判断がつかなかった。
もし仮にメロが神だったなら。
〝神の隣におわす者〟……身震いがして、俺はそれ以上考えるのをやめた。
「キタリン、改めてありがとね。それと……ごめん」
と、ガブリエルが居住いを正して頭を下げてきた。
何のことかわからずきょとんとしていると、気まずそうに後を続けた。
「ほら、ネメくんのこと。せっかく大変な思いして捕まえてくれたのに」
ああ……その件か。
一連の事件の実行犯。歪んだ正義感に身を委ねた宣教の堕天使。
どうやらペテンの腕だけでなく逃げ足も一流らしく、営業セクター総力を挙げた捜索にもかかわらず、いまだその足取りがさっぱり掴めないままらしかった。
「まあでも、さすがにしばらくは大人しくしてるでしょう。出てきたらまた俺が捕まえてやりますよ」
「わ、カッコいい台詞! フラグが立ったねっ!」
「続編に期待するのはやめてください。それに、逃げる奴を追うより先にやるべきことがありますよ」
「おう、ちょうど今その話をしてたところでな。キタローちんの提案のことを話したらこいつ、めちゃくちゃ乗り気だったぜ」
ウリエルが言うと、ガブリエルは強く頷いた。
「そうそう! 難しくてよくわからないけど、なんかすごくいい感じだと思うよ!」
「わかってなかったのかよ……あんなに説明したのに」
ウリエルががっくりと肩を落とすが、「よくわからない」のも無理もない。
これは相当に大きな変化を伴う話だ。ただ理解してもらうだけでなく、納得を得るのは相当に骨が折れるだろう。
ちょうど目当ての話題になったので、ここに来た目的を果たすことにした。
「先ほどラファエル様には話をつけてきました。具体的な条件や運用はまだ詰める必要がありますが、こちらの意図を理解した上で全面的に協力すると言ってもらえました」
「そうか、ご苦労だったな。これでひとまず根回しは済んだってことか」
「ええ。後はお二人から発表してもらうだけです」
それからいくつか今後の進め方について話をして、俺が執務室を後にしようとしたところで、ウリエルに呼び止められた。
「キタローちん。本当に頭になる気はねえのか?」
「……ないですよ。人望もないですし、柄じゃないですから」
「そうか? この話だってお前が全部考えたことだし、そこらの天使よりよっぽどお前の方がバランスよくこの世界を見てる。身内贔屓とかじゃなく、あたしは本当にお前が適任だと思ってるんだぜ」
その評価は身に余る光栄ではあるが、しかし、これ以上目立つような絶対にごめんだった。
一介のアルバイト。それくらいが俺にはちょうどいい。
「あ、もしかしてキタリン、離れ離れになるのが嫌なのかな!? ずっと一緒にいたいってこと!? きゃー!」
自分で言って盛り上がっているガブリエルには申し訳ないが、俺は首を振った。
「全然違いますよ。むしろ頭を張るならあいつがいいと俺は思ってますから。相手が天使だろうと平気で噛みつくくらいの奴の方がきっと適任でしょ?」
「確かに! 歯が丈夫なんだねっ!」
的を外し続けるガブリエルの頭を軽くはたいて、ウリエルが「違いねえ」と笑った。
この一手がどういう結果をもたらすのか、俺は神ではないからわからない。
何かが決定的に変わってしまうかもしれない。あるいは何も変わらないかもしれない。
どんなマス目に止まるのかを前もって知ることは、天使にだってできない。遊び心にあふれた神にも。
だが、そのマス目に何が書かれていようと、たとえ振り出しに戻ることになろうとも、先に進まない限りはゴールはない。
だから俺はサイコロを振る。手にする限りのサイコロを。
なるべくいい目が出るように神頼みをしながら、何度だって振ってやるのだ。
***
【布告】
西暦20××年9月1日
ウリエル・ガブリエル・ラファエル三者合意の下、下記ルール改定について決裁した旨通達する。
「
①自殺者に対する即時破魂処分の廃止
自殺による死者の魂については、個別に死因および動機の調査を行ってからその処遇を決定するものとする。
これは自殺者の拡大防止、ならびに自殺予防への活用を目的とするものである。
なお、これにより回収セクターならびに法廷部の業量増が見込まれるが、浮遊霊の雇用を拡大することで人員を補填するものとする。
②自殺者の処遇見直し、刑の特別減免制度の導入
自殺者の処遇を決定するにあたり、反省と懺悔の意思が認められ、かつ貢献が期待できると判断された場合は特別減免制度を適用するものとする。
《特別減免制度の概要》
1)適用対象の自逝者は一定期間地上に派遣され、人間の自殺防止に努めるものとする。
2)貢献が認められた者は贖罪が完了したものとし、破魂処分を免れるものとする。
③特定事由による破魂者の魂に関する例外規定
不慮の事故等、特定の要因により破魂した魂については、以下条件を満たした場合に限り魂の再生を認める。
ⅰ)該当セクター長の承認
ⅱ)魂管理部の審査
ⅲ)監査部による監査
・この布告をもって新ルールの適用を開始する。
・各部署においてはこの制度改定について周知徹底の上、新制度に基づき各種規約、運用ルール、行動規範等の作成および改定を行うこと。
・なお、円滑な制度促進のため組織を改定し、管理セクターに部署を新設する予定である。
」




