002 幽霊の噓は神もお許し
「このたびはご愁傷様でした。わたくしお客様の死後のお世話を仰せつかりました者でございます。何卒よろしくお願いいたします」
マルシキの警戒心を解くため、いつもの営業スマイルを浮かべながらいつもの常套句を述べる。黒髪のショートボブにブレザーの制服に身を包んだその娘は、きょとんとした表情で俺を見つめていた。
「お客様におかれましては今回自殺をされたと伺っておりますので、まずはその辺りの詳しい事情をお聞かせ願いたく――」
「お兄さん、変です」
と。
その娘が、俺の営業トークを遮り、眉間にしわを寄せながら言った。
「変、と申しますと?」
「お兄さんの笑顔、なんか怖いです」
「なに!?」
思わず地声が出てしまった。これまで何千人という浮遊霊相手に鍛え上げてきた俺のスマイルが「怖い」だと……?
「それ以上近づかないでください。大声で助けてって叫びますよ」
人を変質者扱いするような物言いに、さすがにカチンとくる。
「どうぞご勝手に。ここに警察はおりませんから」
「神様助けてー!!」
「それはやめろ!」
助けを求める先が的確過ぎる。本当に来たらシャレにならない。
初手で強烈なカウンターパンチをもらってしまったが、まあ、子供の言うことをいちいち真に受けることもない。慇懃な態度が苦手だというなら合わせてやるまでだ。
「別に俺は怪しいもんじゃない。あんたと同じ、元人間の幽霊だよ。あんたみたいな死人の相手をするのが俺の仕事で、色々と話を聞かせてもらいに来ただけだ」
話し方を素に戻して説明をする。が、娘は警戒を解こうとはしない。
「黙秘します! 弁護士を呼んでください!」
……死んでからそんな台詞を吐く奴は初めて見た。
「悪いがあんたに黙秘権はないし、弁護なら自分でしてくれ。この世界には刑事訴訟法もなければ弁護士もいない。いるのは検事と裁判官だけだ」
「そ、そんなディストピア! 天国なのに!」
「生憎ここは天国じゃない」
「じゃあ極楽浄土!? それとも高天原!?」
「ポジティブな奴だな」
地獄という発想が出てこないあたり、ずいぶんと自己評価が高いらしい。
「期待に沿えず申し訳ないが、ここはあんたにとっての楽園じゃない。ただのあの世だよ」
「ただのあの世って言われても……じゃあ、神様もいないんですか?」
「神と天使はいるが、あんたに何かしてくれるわけじゃない。だが悪魔やら閻魔や獄卒の類もいないから、そこは安心してくれていい」
「はうう?」
断片的な情報ばかり与えてしまったせいか、だいぶ混乱しているようだったので、面倒だがこの世界の成り立ちと自分が置かれている立場について一から説明してやることにした。
「とまあ、大体そんな感じだ。自殺した人間には罰が与えられるが、あんたの場合は事情によっては罪が軽くなるかもしれない。だから素直に話してくれりゃあんたにとってもいい話なんだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。そんな一度にたくさん言われても私、やっぱり何が何だか……」
頭を抱えてうなっている。確かに、いきなり知らない世界の情報を大量に与えられて納得しろと言われても難しいかもしれない。
「そうだな、悪かった。まずはあんたの名を訊こうか」
事前にアズラエルから聞いて知っていたが、娘を落ち着かせるために簡単な質問から始めることにした。
「あ、私は木霊ゆらぎっていいます。高校二年生です」
「というと、受験生か?」
「いえ、大学は行かないつもりでしたから。バスケ部の大会が近かったんですけど、私はアルバイトが忙しくて幽霊部員でし……あっ、幽霊だけに幽霊部員でした!」
「……そうか」
言い直すほどの価値はなかったように思う。
「お兄さんのお名前はなんですか?」
「ん? ああ」
訊き返され、まだ自分が名乗っていなかったことに気付く。
「俺の名は入鹿。蘇我入鹿だ」
「えっ、ええ!?」
木霊ゆらぎが目を丸くして叫ぶ。
「蘇我入鹿って、大化で改新されちゃった、あの入鹿さんですか?」
「ああそうだ。死んだのはもう随分前になるな。目障りだった厩戸王が死んでこれからという時に鎌足と大兄の中中コンビの卑劣な罠にかかって命を落とした。あれは無念だったぞ。今思い返してもはらわたが煮えくり返る」
「ふええ、びっくりした。教科書に書いてあることって本当なんですねえ」
びっくりなのはこっちだ。
信じるなよ、こんな与太話。
「それじゃ入鹿さん、この業界は長いんですか?」
「ああ、これまで色々な奴に会ったぞ。織田信長を成仏させたのも俺だ。生前のノリで『天上布武じゃ』とか言い出してな、浮遊霊をかき集めて天使に合戦を仕掛けようとして大変だった」
「ええっ!? どうやって成仏させたんですか!?」
「また火あぶりにされるぞと脅したらしゅんとなった」
「すごいすごい!」
目を輝かせながら身を乗り出してきた。ここまで反応が良いとこちらまで楽しくなってくる。
その後も、聖徳太子は馬に蹴られて死んだとか、水戸光圀は道で拾ったキレイな石を印籠に詰めていたとか、坂本龍馬はそれほど訛っていなかったとか、偉大な先人たちに対するデマゴギーを俺がでっち上げて木霊ゆらぎが嬌声を上げるというやり取りを繰り返しているうちに時間が過ぎ、気付くとなんとなく打ち解けた雰囲気になっていた。
嘘も方便である。