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ブラックバイトの幽霊  作者: 半藤一夜
【part time-2】蓮花白夜香
16/47

003 仕事中に遊ぶなんていただけません

 つつがなくパーティは終了し、翌日――

 という場面転換から始めたいところだが、生憎パーティはまだまだ終わる気配を見せず、石像のふりも効果が薄いと悟った俺は、浮かれた天使たちの相手をするお勤めをゆらぎに任せて会場から逃げることにした。

 ジェネシス本部に足を踏み入れることは基本的になく、今までに来たのは登用された当初、配属式に参加した一回のみだ。

 五階建ての建物は空間こそ広いが質素な造りで、人間が過去に建立してきた宮殿や城などの方がよほど贅沢である。まあ、建物とはいっても物質で構成されているわけではない。天界では料理も衣服も建造物もすべて天使が霊的な力で実体化させたものであるから、コストがかからない分、逆に、必要以上に立派なものを求めないのだろう。

 不審者だと思われないよう周囲に気を配りながら、階段を昇って最上階へと向かう。特に意味はない。ふと最上階に何があるのか見ておこうと気まぐれに思っただけだ。

 と、四階まで昇ったところで俺は足を止めた。

 最上階へと続く階段の踊り場に、一人の子供が立っていた。

 向こうも階段を下りてきたところらしく、俺の姿に気付いてぴたりと足を止める。

 幼い顔立ちの少女だった。羽のようにふわりと揺れる銀色のロングヘア、透明感のある真白の肌。眠たげな瞳。白い布を全身に巻きつけたような不思議な衣服に身を包んでいる。浮遊霊ではない、つまり少女の天使か。

 ――視線が合う。

 俺はその少女を見上げ、その少女は俺を見下ろしていた……その奇妙な位置関係がしっくりくるように感じて、不思議な感覚を覚える。子供に見下ろされたい願望は特にないと思うのだが。

 どうしてこんな場所に少女が一人でいるのだろう。迷子のようにも見えない。

 いや、それ以前に……何か違和感がある。

「誰じゃ主は。物盗りか」

 声を掛けられ、ようやく自分がその子を見つめたまま不審者丸出しで固まっていたことに気付く。

「ああいや。俺は成仏促進課の者だ」

「名前は?」

「ジョン万次郎」

「イカした名じゃな。してジョンとやら、ここで何をしている?」

 矢継ぎ早に質問をしてくる。俺を警戒しているのではなく、ただの好奇心という感じだ。

「下でやってる総会のパーティに参加してたんだが、どうにも気分が優れなくてな、ちょっとこの辺を散歩してたんだよ。君こそ、こんなところで何をしてるんだ?」

「わしか? わしはの、暇を潰しておったのじゃ」

 偉くもないことを偉そうに言って胸を張る子だった。

 テトラと似た口調だが、方言というよりもいわゆる年寄りっぽい言葉使いだ。そういうキャラ作りだろうか。

「そうか、邪魔したな」

 少女の脇を通り過ぎようとすると、「待て」と袖を引っ張られた。

「主も暇なんじゃろ。わしと遊べ」

「今は仕事中なんだ。また今度な」

「嘘つけ。さっきパーティに馴染めないから終わるまで時間を潰してると言っとったじゃろ」

「そうは言ってない気がするが……え、どうしてわかったんだ?」

「いいから来い」

 と、袖を引いて俺を連行しようとする。

 正直言って子供は苦手なのだが……なんとなく邪険にはしづらいし、暇なのも確かだったので、素直に従うことにした。

 階段を昇り、最上階の廊下を抜けて、少女が足を止めたのは扉のプレートに『遊戯室』と書かれた部屋だった。

 室内の光景に目を見張る。広い部屋だったが、至るところに玩具やゲームが置かれ、部屋を埋め尽くしている。麻雀卓、将棋に囲碁にチェス、数々のボードゲームにカードゲーム。壁にはダーツ台、部屋の奥には卓球台とビリヤード台まであった。

 本部の最上階にどうしてこんな部屋が? 職員が休憩がてら遊べるように作った福利厚生的な施設だろうか。

「遊ぶって、本当に遊ぶのか……」

「何をわからんことを言っておる。さあ座れ、わしを楽しませるのじゃ」

 それから俺は名も知らぬ少女の暇つぶしに付き合い、ゲームをした。どれくらいの時間興じていただろう。トランプやオセロ、人生ゲームなど、俺でもわかるゲームをいくつかやり――そのすべてに敗北した。

 ショックのあまり床に崩れ落ちている俺に、少女はため息混じりに言った。

「ま、こんなものかの。誰かわしに勝てる猛者はいないものか」


***


「あー、センパイやっと見つけた!」

 ゆらぎの声がして我に返ると、俺は知らない場所でソファに座っていた。

 見覚えがある。そうだ、セレモニーホールの入り口脇にある談話スペースだ。

「もう、いなくなったと思ったらこんなところでサボって! 私一人れウリエル様の相手するの大変らったんですよ!」

「お前、まさか酔ってるのか?」

「酔ってまへん」

 ろれつが回ってないし、よく見ると顔も赤かった。

「霊体のくせに酒に酔うって、そんなところで霊の限界を突破するんじゃねえよ」

「センパイこそ、お酒も飲まずに何してたんれすか?」

「実は急にひどい頭痛がしてな、立っていられないほどだったから外に出て休んでたんだよ。悪かったな」

「へっ!? 大丈夫なんれすか!?」

「ああ、もう平気だ」

 だって嘘だし。

「それより……あの子供はどこだ?」

「へあ? コドモって、誰もいませんけど」

 辺りを見回すが、確かに少女の姿はどこにもなかった。

 おかしい。俺は遊戯室に連れて行かれて、ゲームをして負けて……そこからの記憶がない。どうやってここまで戻って来たのか思い出せない。まさか夢だったとか?

「早く戻りましょう、アズラエルさんがおこでしたよ」

「……おこなのか?」

「激おこムカ着火スピリッツブレイクバニシングキャノンでした」

「何だその中学生が考えたみたいな名前の必殺技は」

 技名は長けりゃいいってもんじゃない……が、スピリッツブレイクされるのはまずい。

 絶対に戻りたくない。

「日影亀太郎はミカエルの取り巻きに暗殺されたと伝えておいてくれ。俺はこのまま行方をくらます」

「もう死んでるでしょ! ほら、行・き・ま・す・よー!」

 無理やり引っ張り起こされて会場へと連れ戻される間、俺の袖を引いて歩く少女の姿を思い出していた。あれは夢なんかじゃない。

 そして最初に覚えた違和感の正体にようやく気付いた。

 俺の知る限り、天使は全員大人の姿をしている――少女の姿をした天使など、ジェネシスには存在しない。

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