013 再上映
透明なチューブの中を、無垢な輝きを放ちながら、無数の青白い炎が列をなして流れていく。これから彼らは新たな肉体のもとへと運ばれていき、大いなる生命の循環を紡ぐのだ。
ゲスト用の入館許可証が入ったネックストラップを手で弄びながら、俺はぼんやりとその光景を見ていた。
管理セクター管轄の流通センター、その中枢である魂魄自動仕分けソーター『ノア』。以前はバイトの浮遊霊が手で仕分け作業をしていたが、魂管理部が開発したこの自動仕分け機の導入によって作業生産性が劇的に向上したらしい。ミカエルが今の地位を盤石にしたのもこの功績が大きかったのだとか。
何とも趣のない話だ。人間の転生を司っているのがこんな機械だなんて、いまだに悪い冗談にしか思えない。
俺が成仏させてきた魂たちも、この無機質なチューブを通ったのだろうか。
木霊ゆらぎにまつわる一連の騒ぎの責任について、俺は奇跡的にアズラエルの小言と始末書のみという軽い処分で済まされ、実質お咎めなしとなった。
事前のウリエルのご機嫌取りが功を奏した……とは思えない。百人斬りの件は滞留勅許の発行でチャラになっているはずだ。我らのボスはその辺りの線引きは厳しい。
理由としてまず考えられるのは、木霊の悪霊認定が取り消されたことだ。
俺の意見書のおかげだと言いたいところだが、意見書がなくても同じ結果になっただろう。というのも、魂の穢れが綺麗に消えていたらしいのだ。
その原因は不明。いまだに俺は〝魂の穢れ〟とはどういうものかを知らないが、もしかするとそのメカニズムは誰にもわかっていないのかもしれない。
だからこれは俺の単なる想像になるが、自殺者の魂が穢れる理由がたとえば〝魂の所有者自身による魂の価値の否定〟だと仮定すると……木霊は母親のために自殺を図ったが、そこには破れかぶれの復讐心が含まれていて、だから中途半端な穢れが生じた。しかし木霊は最後の最後に、まさしく心から母親の安息を願った。復讐心を捨て、自分の行いを悔い、母に生きてほしいと純粋に願った。その祈りが〝魂の価値の肯定〟に繋がり、魂の救済に結び付いたのだとしたら……。
深読みが過ぎるだろうか。
それからもうひとつ、悪霊管理部の不正が発覚したことも大きい。
「あまり大っぴらには言えないのだけれどね、どうやら決められた基準から大きく逸脱した悪霊認定を大量に出していたらしい。恐らくだけど、浮遊霊の数を減らして魂の流通量を増やそうっていう魂胆だったんじゃないかな……魂だけにね。魂の有効稼働率は彼らの業績指標でもあるから、大方ミカエル様の点数稼ぎを試みて失敗したってところだろう」
ドクは同じセクターの不祥事について大っぴらに話してくれた。口が軽いというよりは、組織への帰属意識が薄いのだ。その辺りがドクと俺の馬が合う理由だろう。
「しかし、どうして不正がバレたんだ? 外部からじゃわからないだろうに」
「監査部にタレコミがあったらしいね。それで事が大きくなって、過去の悪霊認定を遡及的に洗い直すことになった。君のマルシキもその対象だったってことさ」
「……そのタレコミ、お前じゃないのか?」
「あっはっは、嫌だなあ。仲間想いの私が内部通報なんてするわけないだろう?」
と、わざとらしく肩をすくめて笑ってみせる俺の友人だった。
この不正問題については、回収セクターでも大いに話題になっていた。
「さっき悪霊管理部に顔出してきたんじゃが、奴ら全員青い顔しとったぜ。あの悪名高いラファエルのきっつい取り調べが待っとるけえな。へへっ、ザマミロじゃ」
テトラは嬉しそうにしていた。テトラのいる悪霊対策課は不正による大量の悪霊認定の煽りを食ったわけだから、憎まれ口も叩きたくなるだろう。
上機嫌なのはウリエルも同じで、病室で俺を圧倒した時のことなど忘れたようにニコニコしていた。
「こいつは確実にミカエルの失点だぜ。次の総会でどんなツラして出てくるか楽しみだ!」
「私は、最も総代に近いのはウリエル様であると確信しております」
「おっ、わかってんじゃねーのアズっち。かはは!」
アズラエルのおべんちゃらにもご満悦顔だった。
私欲のために死者を不当に扱った悪霊管理部には同情の余地はないが、しかし、結果良ければといかなかったのは俺も同じだ。不正の件が完全に予想外だったとはいえ、まさかこんなに大事になってしまうとは。
出る杭は打たれる。肩身の狭いアルバイトが組織の中で平穏無事に過ごすには目立たないことが大原則である。
だというのに。
なぜ俺はあそこまで木霊に肩入れしたのか。
それが仕事だから……まったく便利な言い訳だ。病院の屋上で木霊ゆらぎの話を聞いた時点で終わりにすることもできたのだから。
その問いに対する本当の答えは、至極単純なものだろうと思う。
あえて言う必要もないほどに。
ただ――やはり出過ぎた真似は自分の首を絞めるということは教訓としなければならないだろう。
因果応報というのは本当にあるもので、木霊がテトラに連行されていった数日後、アズラエルに呼び出された俺は、この上なく厄介な仕事を押し付けられることになった。
***
「いい報せがある」
アズラエルがそう切り出した。
口元で両手を組んでいるため見えないが、笑いを噛み殺しているに違いない。こいつの「いい報せ」が俺にとって本当にいい報せであった試しがないのだ。
「日影、お前は確か日頃から我が成仏促進課の人員不足を嘆いていただろう。私も気を病んでいたのだが、喜ぶといい。ウリエル様直々の指示で、この度増員されることとなった」
「……まさか、そいつが?」
「ああそうだ。今日から下につけてやるからこき使ってやるといい。少々暴走癖があるようだが、面倒はお前が見るんだぞ。新人の育成も立派な仕事だからな」
そう言って、視線を背後に向ける。そこには一人の浮遊霊が立っていた。
そいつは俺に向かってお辞儀をした後、威勢よく自己紹介をした。浮遊霊らしからぬ満面の笑顔で。
「成仏促進課の一員として働くことになりました、木霊ゆらぎです! 今日からご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします、日影センパイ!」
***
「はあー。魂ってキレイですねえ」
俺の横でチューブを眺めていた木霊ゆらぎが呑気な声をあげた。
新人研修の一環としてジェネシス各部署の業務内容を教えることになり、今日はこの流通センターの見学に連れてきたのだ。
「見惚れるのもいいが、後でレポートを書くんだから真面目に見学しとけよ」
「わかってますって! 罰ゲームは真剣にやらないと面白くないですからね!」
「仕事を罰ゲームとか言うんじゃねえ、先輩の前で」
とはいえ、まあ実際のところ罰ゲームのようなものだ。
破魂処分を免れたとはいえ、自殺者であること、また母親の心臓への憑依も本来許される範囲を超えているということで、木霊は無罪放免とはいかなかった。
罪の重さによって刑にも段階があり、一番重いのはその場で魂を消される破魂処分、その次が来世での贖罪が課される執行猶予処分。そしてもっとも軽い罰が霊界での労役だ。法廷部の裁定で木霊に下された処分がジェネシスでの労役だった、というわけだ。
と、そこまではまだわかるが……よりによって成仏促進課に、そして俺の下にわざわざつけたというのは、ウリエルあたりの悪巧みとしか考えられない。
ドクといいウリエルといい、もっと天使らしく振る舞えと言いたくなる。
「センパイ、今日終わったら映画連れて行ってくれるんですよね? 何観ます?」
早くも見学に飽きたらしい木霊が訊いてくる。そういえばそんな約束をしていたのだった。
「私が調べたところ、面白いゾンビものがやってるらしいですよ」
「却下だ。腐った亡者が歩き回る映画なんて職業倫理的に認められない」
「ふうん?」
「何だその顔は。前回も勘違いしているようだったが、別にホラーが苦手から拒否しているわけじゃないぞ」
「ホントかなあ」
俺の顔を覗き込むようにして笑う。絶対に信じていない顔だった。
「それに、観るタイトルは決めている。この仕事に就いたのなら一度は観ておくべき映画だ」
「ふうん? なんて映画です?」
その質問に、俺は先輩らしい威厳のある顔を作ってこう答える。
「ゴーストバスターズ!」
「あ、それテレビで観ました」




