第二話 秘宝の盗難。その3
未だに信じられないことであるが、俺こと荒谷アオイが今いる迷宮図書館は、月面上に建つ図書館である。
で、なんと生物だという黄金のスフィンクス像に守護された特異極まりない場所でもある。
とまあ、そんな黄金のスフィンクス像のおかげで迷宮図書館は、地球の衛星軌道上を飛び交う月面上の様子を撮影している衛星などに存在がバレずに済んでいるようだ。
迷宮図書館のヘルティクス9964区画の住人であるマリウスという名の女の話じゃ黄金スフィンクス像の巨躯から、何かしらの妨害電波、或いは妨害粒子が放出されており、そのおかげで迷宮図書館が衛星のカメラに映らないそうだ。
無論、天体望遠鏡を片手に月面上を観測したところで迷宮図書館を見つけることはできない。
だが、獣の瞳というモノを備えつけた望遠鏡があれば肉眼では迷宮図書館を発見することができるなも、と喋るサーバルキャットのバルが言っている。
それはさておき。
「ん、そういえば、この近くだよね? 秘宝管理室って」
「お、沙羅ちゃん、秘宝管理室のことを知ってるのか?」
「う、うん、親父が泥棒疑いをかけられたしね……」
「親父? ああ、同じ9965区画に住んでる法劾のことか。フフフ、あのオッサンは素行の悪さから警備員達はおろか戦乙女達にも怪しまれているから仕方ないよな」
「む、むむむ、否定できない! 手癖が悪い破戒僧だし……」
警備員はともかく戦乙女? それに秘宝管理室⁉️ そんな何やら気になる言葉をマリウスと沙羅が口にしたぞ。
「秘宝管理室⁉️ お宝がしまってある厳重区画ってヤツか?
「うん、その通り。ちなみに、正式名称はヘルティクス9963区画よ」
「迷宮図書館は、数多の異世界の秘宝が集まる場所でもある。無論、数多の異世界の本も」
「そ、そうなんだ。ここってトンでもない場所なんだな。来たばかりなんで、その凄さにあまり実感がないけど」
数多の異世界の秘宝が集まる場所でもある⁉️ だが、俺には、それがイマイチである。とまあ、そんなこんで秘宝管理室内にある数多の異世界の秘宝とやらを見てみたいもんだぜ。
「ああ、戦乙女というのは、この迷宮図書館の警備員の中でも実力行使が許可されている武装集団のことさ。ま、連中が動くことなんて滅多にないと思ってくれていい」
「た、たたた……大変ッス! 血濡れの黄金刃が盗まれたッス!」
「うお、警備員の格好をした喋る兎だ!」
「君は警備員のヤスだったな。それは本当か!」
戦乙女とは警備員の一種なのね。
だが、実力行使が許可されている武装集団なだけに、他の警備員とは一線を画す存在のはずだ。
戦乙女のともかく、警備員の格好をした喋る兎のヤスだと⁉️
も、もうこの手の物事には驚かないぞ! むしろ楽しみのひとつになってきたしね。
「もしかしてトラブル発生⁉️ 血濡れの黄金刃?」
トラブル発生⁉️ 秘宝管理室内に厳重に管理されていた秘宝のひとつである血濡れの黄金刃とやらが盗まれるという事件が起きたようだ。
し、しかし、名称から想像して如何にも嫌な曰くがつきまとっていそうな代物のような気がする。
そんなモノを盗んで何か得になるのか? いや、多大な損をしそうである。
「きっと兎天原からやって来た泥棒の仕業ッス! 秘宝管理室内に兎天原に住むものなら誰もが大好物であるソウルフード……ブルー角砂糖が落っこちていたッスからね!」
「兎天原?」
「やや、アナタは異形工芸品収集家の和泉狂太郎さんではありませんか! つーか、何度も出張っているじゃないッスか、兎天原には!」
「あ、悪いが俺は荒谷アオイ。その和泉狂太郎の転生体なんで、その兎天原についてナニがナンだかさっぱりわからいんだ」
「は、はあ、そうなんスかぁ。んじゃ、教えるッスね。兎天原とは俺のような兎の獣人が住む世界のことッス」
「要するに異世界ってことだ」
「むう、異世界ってヤツは無駄に多そうだなぁ」
アカネが本来いるべき世界は夢魔界、そして喋る兎といった姿をした警備員ことヤスが本来いるべき世界は兎天原……異世界ってのは、簡単には行けないだけであって、なんだかんだとたくさん存在するんだなぁ。
で、そんな数多の異世界のひとつである兎天原からやって来た泥棒が、迷宮図書館の宝物管理室内に厳重に保管されていたっぽい血濡れの黄金刃とやらを盗んでいった、ということなのか?
「そもそも兎天原から、ここに入ることが容易なのがいけないんだ。和泉や私が住んでいた世界のように、容易に来ることができない月を経由するとか、迷宮図書館に来ること事態、難しくしなくちゃあいけないよ、まったく!」
「ん、マリウスは俺と同じ世界の人間なの?」
「まあね。でも、私のことを覚えている……いや、知っている人間は、多分いないだろうなぁ。今の時代だと」
「は、はぁ……」
奇遇というか、まさか同じ世界から迷宮図書館へとやって来た人間だったとはねぇ、マリウスが。
だけど、彼女のことを覚えているものはいない? どういうことだ?
まるで自分の存在を知るものが、この世には、もう存在していないかのような物言いだ。
ははは、何十年、何百年と、途方のない昔から、迷宮図書館にいるってか? 自称、本物の平安時代の貴族ことあの藤原成々のように。
「うむ、話を途中からしか聞いてはいないが、宝物管理室の盗難騒ぎ……それは間違いなく邪神案件でおじゃる。邪神や同胞である邪神眷族共が喉から手が出るほど欲するものが数多、保管されているでおじゃるしなぁ」
「あ、藤原成々! え、邪神案件⁉」
「うむ、では、早速、兎天原へ向かうでおじゃる。無論、お前もな」
「え、えええ、俺も一緒にィ!」
噂をすれば影! とばかりに藤原成々が現れる。
だが、その格好は初見の時と違い赤いチェックのシャツの上から黒いベスト、本物なのか、それとも玩具なのかはわからんが、とにかく拳銃と思われる物体が納められているホルスターのついたベルトが、妙に目立つジーンズという洋服である。
オマケに中心に燃え上がる眼が描かれた星形のピンバッジのついたテンガロンハットをかぶっている。
そ、その前に俺も兎天原とかいう異世界へ出張らなきゃいけないだと⁉