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魔法使いの少女とお医者さんの旅番外編 冬枯れの森に響く歌

作者: kuroa

 ルミールは急ぎ足で歩いていた。ひどい寒さが肌を刺す。カンテラで足元を照らしているが、辺りは暗い。もうじき日の光の精霊が天の社を離れ、夜の闇の精霊が天の社の座につく。夜がやってくるのだ。ルミールは、その冬枯れの森をひたすら歩く。

 この辺りの地方が医者の人手を求めていると聞き、旅してきた。ソニアと別れてから、ルミールは一人で旅をしていた。ソニアは故郷の村に戻ったが、また、魔法使いとして旅に出てみると言っていた。今も、もしかしたら、ルミールと同じように旅の空の下にいるのかもしれない。そう思うだけで、ソニアが傍にいなくても、なんとかなるような気もしてくる。

 ルミールはこの近くの村で泊まっていたが、森の中に住む木こりの家族が助けを必要としていると聞き、慌てて森へ出発したところだった。本来なら、雪の降る夜に森に入るのは危険を伴う。しかし、子どもが高熱を出していて、すぐにも行かなければならなかった。子どものことを知らせに来た父親は、どうしても子どもが心配だと言って、先に出て行った。念入りに道を尋ね、薬草を準備して、ルミールは少ししてから、村を出発した。

 道は多くの人が通るので分かりやすいはずだった。だが、雪のせいか一向に家に着けない。変な道に入り込んでしまったら、魔物に出くわすとも限らない。夜は魔物の動きが活発になる。幸いなことに先ほどから、雪がぴたりとやんでいた。その代り、風はきつく、手にしたカンテラの明かりは心細いほど小さい。

 それは、足を棒のようにして歩き回った後だった。家の道はまだ、見つからない。森はとっくに夜の闇に沈んでいる。風がいつの間にか、やんでいた。不自然なほど森が静まり返っていることに気付いた。まるで森が何かを待っているようだ。

 ふと、ルミールは森の木々の一部が何かの光で明るく照らされていることに気付いた。その光が徐々にこちらに近づいてくる。精霊か、魔物か、はたまた人か。区別がつかず、ルミールはただ木の杖を構えた。

 やがて、おぼろに人の姿が見えた。一人の老人が手にした杖に魔法の明かりを灯して歩いて来る。杖の光は真昼の太陽のようで、その光で辺りの枯れ木を黄金色に染め変えている。白髪で髭も白く長い老人で、生成りのローブには銀の縁取りの刺繍が施されている。額に銀の蔦のような細い冠を戴いている。彼が一歩、歩むごとに彼の周りに、いつの間にか大きな鹿が何頭も現れていた。まるで彼に付き添うように、立派な角を持った鹿が現れる。そして、この老人の肩には薄い真紅のマントが打ちかけられていた。それには金の刺繍が施されていた。まるで天蓋を包む星々の輝きを映しとったように。老人は不思議な聞いたこともない歌を歌っていた。それは、壮麗で辺りを包むような響きを持っていた。ぼんやりとルミールは辺りに満ちる歌を聞いていた。

 ルミールは村で聞いた言い伝えを思い出した。冬の寒さの最も厳しい日に人々を守る大賢者が姿を見せると。彼はかつて、この地を守っていた魔法使いとも、精霊とも言われていると。

 ある土地を守る精霊は各地に存在する。大賢者の言い伝えはそのような力のある精霊の話だとルミールは考えていた。だが、大賢者を前にしたルミールはその強い力をただ、わが身に感じるだけであった。

 大賢者はルミールの前までやって来た。もう歌は歌っていない。彼は何も言わず、ある方向を指さした。その向こうには見失ったはずの道が見えた。

 「ありがとうございます」

 ルミールが急ごうとすると、大賢者は一言だけ、ルミールに言葉をかけた。

 「森の魔物は闇で人を惑わす。それが道を見えなくしてしまったのだろう。今夜は暖炉に火を絶やすでないぞ。私は森を見守ろう」

 それだけ告げると彼は、森の中へ去って行く。金の光をまとい、その光はわずかな風と共に光の粉のように散っていく。その粉は雪の上や周りの木々にまといつき、辺りを明るく照らす。

 ルミールはしばらく、大賢者を見ていた。それから、踵を返して家を目指して歩き出した。不思議と今度はすぐに家に着いた。先に家に戻っていた子どもの父親はひどく心配していたが、ルミールはすぐに子どもを診た。父も母もこの子と似た風邪になっていたようだった。気をつけてはいても、家族の中で風邪がはやったのだろう。ルミールはこの風邪を診たことがあったので、すぐに治療にかかった。

ルミールは大賢者に言われたとおりに暖炉の火を絶やさないようにした。火は一晩中、この家を暖めた。ルミールは子どもに煎じ薬を与え、風邪に効く薬草を与えた。時折、様子を見てやった。そうして、明け方には熱が自然と引き始め、ゆっくりと眠ることができるようになった。

 ルミールは看病の間のうたた寝で夢を見た。家の周りを金色のあの光が取り巻いているように思えた。大賢者が森を、そして森の中にあるこの家を見守ってくれていたように感じた。

 子どもがすっかり元気になり、村からいよいよ出発するという時に、ルミールはまた、あの森を通りかかった。すると、あの大賢者が歌っていた歌がかすかに風に乗って聞こえてきた。

 「あなたのおかげで助かった」

 人知れずそう呟くと、ルミールはこの森を出発した。次の村を目指して。

 ルミールが森を抜ける道を歩いている時、森の中の木立が金色の光に染まっているのが見えた。その木々の間に星の光のようなローブを着た大賢者が佇んでいた。あの壮麗な歌を歌いながら。彼はしばらく、ルミールを見守っていると、森の中へ去って行った。

 人々は大賢者に見守られながら、冬を越えるだろう。そして、やがて生命の芽吹く春を迎えるのだ。


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