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食らう  作者: 桂木イオ
8/9

食らう

ショッキングな描写が続いています。注意してお読みください。

 宴は、学校の家庭科室で目覚めた。


 頬が濡れ、肺が詰まっているように息苦しい。どうやら泣いていたようだ。


(なんだろう・・・思い出せないけど、すごく悲しい夢を見ていた気がする・・・)


 家庭科室の椅子に座ったまま考え込んでいると、兄がやってきた。


「おはよう。宴」

「・・・お兄ちゃん」

「大丈夫か? お前、突然倒れるから驚いたよ」

「・・・え?」


 兄は、いつもの兄だった。

 彼が言うには、会話の途中で宴は意識を失ったらしい。

 宴はどこまでが夢の中の出来事だったのかわからず、兄に尋ねた。


「じ、じゃあ、お腹に注射を打ったのは?」

「は? 俺が宴にそんなことしないって」

「えー・・・」

「えーって何だよ」


 刺された部位をさする。まだ針の感覚が腹部に残っていたが、兄がそんなことをするはずがないと思っていた宴は、疑うことができなかった。


 家庭科室の奥から、匂いがした。


 肉の焼ける、いい匂いだ。


「そうだ。弁当吐いたんでしょ? 俺、反省して作り直したんだ。今持ってくるから」


 美味しそうな匂いの方に、兄は消えていく。宴は友人の夢が自分のことを待っていることを思い出し、ここで食事をすることに負い目を感じたが、それも一瞬のことで、すぐに兄の反省に付き合おうと決めた。


 兄が料理を運んでくる。どれも肉料理ばかりだったが、あのお弁当よりは何倍も美味しかった。


「今日は俺が悪かったからな。たくさん食べろよ」

「わーい!」


 宴は、食べることが嫌いだ。だが、兄の為ならば絶対に食べる。


 料理を口に運ぶ。いつも満たされないと思ってた胃が、なぜだか今日は満たされていると感じる。


 あんなに食べるのが嫌だったのに、と宴は不思議に思った。理由はわからないが、食事が楽しい。悪寒すら覚えた自分の咀嚼音さえも、この食事では気にならなかった。


 おおよそ一時間。大量の料理を、宴は残らず食べた。


「ごちそうさまでした」

「はい。すげー。全部食った」


 素直に驚いている兄を見て、宴はこれくらい食べられますと、ちょっとだけ胸を張った。


「美味しかったー。肉料理ばっかりだったけど」

「好きだろ?」

「うん。何の肉使ったの?」


 宴の質問に、兄は笑った。嗤って、唐突にこんなことを言う。


「宴、宴はどうやって肉を見分けてる?」

「ん? んー味とか?」


 兄の何気ない問いに、どうして寒気がするのだろう。


「鶏肉も豚肉も牛肉も、元々は俺等と同じに生きていたって、知らないやつもいるだろ?」

「・・・そう、なの?」


 兄は、さも愉快そうに嗤うと、空の皿に『何か』を置いた。


 白い、綺麗な髪が、汚れた皿の上に捨てられている。


「あ・・・」


 言葉を出そうと口をはくはくと動かすが、声が出ない。


 穏やかに微笑む兄の、優しい、優しい声が聞こえた。


「お友達は美味しかったか?」

「・・・う、あ・・・」


 脱力し、膝から崩れ落ちる。兄は、そんな妹を支えることもなく、悠然と語り始めた。


「どうして人は、人を食すのかね。まあ、食わせたのは俺だけど」


 何度も口に手を入れ、宴は吐こうと試みたが、胃は取り込んだものを出そうとはしなかった。


「信仰か、それとも愛情か。いずれにせよ、異常なことに変わりない」


 宴は、自分がわからなくなった。


 空腹が、理性を溶かすように、止まないのだ。


「・・・俺は禁忌を犯した。もう行かなきゃいけない」


 兄は、玄朔はナイフを自身の胸に当てた。


「じゃあ、俺はいく。さあ、宴」

「待って、何、するの?」


 玄朔は躊躇うことなく、その胸にナイフを突き刺した。


 真っ赤な鮮血が、愛する兄の胸から零れていく。


 だというのに、なぜ、なぜ、


(――なんでお兄ちゃんを、食べたいって思うの?)


「俺を・・・たべろ」


 大好きな、優しい声。


 宴はふらつく足で兄に近づくと、腕にかぶりついた。


 食欲はあるが、食べるのはきらいだ。


 宴は泣きながら、兄を食べた。


 


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