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食らう  作者: 桂木イオ
7/9

お兄ちゃん

ショッキングな描写が含まれています。注意してお読みください。

何者かが、自分を監視している。


 これまでに感じたことのない異質な気配に、宴は息を飲んだ。


「・・・誰?」


 絞り出した声が、誰もいないはずの部屋に溶けていく。宴は警戒しながら視線の主を探したが、埃っぽいこの部屋には、自分一人だけだ。


「宴、こっちだ」


 立ち止まった瞬間、突然背後から男性の声がして、宴は恐怖で飛び退いた。


(なんで? ここには私しかいなかったのに、どうして?)


 振り返れば声の正体がわかるのに、首はその正体を見る事を頑なに拒んだ。


 一歩、また一歩。知らない何かは、もう宴のすぐ後ろまで迫っていた。


「嫌、嫌・・・!」


 耳を両手で塞ぎ、うずくまる。だが未知の生き物は宴に襲いかかることはなく、その手を宴の両肩に置いた。


「おい、大丈夫か? 俺だよ、俺」


 暖かい、太陽の匂いがする。宴がためらいながらも顔を上げると、そこには親愛なる兄の姿があった。


「お兄ちゃん・・・?」


 張り詰めた緊張が解けていく。あんなに怖がっていたのが嘘みたいだと、宴はほっと息をついた。


「あざみ先生から連絡があったから、お前を探しに来たんだよ」

「夢ちゃんは?」

「・・・待ってる。宴のこと」


 穏やかで、安心する声。事態は収束したのかと安心した宴は、ふと兄の顔を見た。

 兄の目は、視線こそ宴に向けているものの、青紫色の細い瞳には、一切の情が籠もっていなかった。


 彼の目は、いうならば、空だ。

 何かを映しているようで、その目は何も映してはいない。


「宴、お弁当、不味かったろ、ごめんな?」


 兄の様子がおかしい。手を振り払って逃げろと、頭の隅の自分が叫んでいたが、遅かった。


「お兄、ちゃん?」


 腹部に痛みが走る。兄が、太い注射針を腹に突き刺していた。


「今度は美味しいお弁当、作るから」


 意識が闇に落ちるさ中、甘く、恐怖すら感じるほどの優しい声で囁いた。











 ――嫌な夢を、見ている。


 夢ちゃんが、調理台に乗っている。


 手足は特殊な機械で押さえつけられていて、夢ちゃんは泣き叫びながらもがいている。

 

「可愛い顔をしているな。どうしてこんなに可愛いのだろう」


 知っている声、でも、誰だかわからない。


 悲鳴と、嗚咽。夢ちゃんの白い髪が刈り取られる。


 めが、えぐられ、うでが、もがれる。


 ・・・ああ、ちがう。これはゆめちゃんじゃない。ひとじゃ、ない。


 あれは白猫。白猫が、人に虐められ、殺されている。


 だからあの内蔵も、骨も、あれも、全部猫。猫の死体。


「・・・死んだか」


 手が、優しく猫を撫でる。猫の血に染まった、人間の手。


「妹。だからかな。こんなに愛おしくて、切ないのは」


 不気味な程の、優しい声。


 駄目だ、わかっちゃった。


 この優しい声は、これは――

 

 


 


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