暗がりの中へ
ショッキングな描写があります。
流血描写が苦手な方は注意して閲覧してください。
これは、ある青年が少年だった頃の話だ。
彼は産まれながらに、感情が欠けていた。
喜怒哀楽を持っていない少年は、周りの人間の仕草を真似て生きていた。
永遠に自分はこのままなのだと思っていた彼に転機が訪れたのは、冬の冷たい雨が降る、放課後のことだった。
凍てつくような雨にスニーカーを濡らしながら歩いていると、道に白い子猫が捨てられていた。
濡れた冷たい段ボールの中で白い子猫はぐったりと横になっていた。他の動物にやられたのだろう、小さな白い腹部は残酷なまでに抉られ、中が見えていた。
白猫以外にも数匹子猫がいたが、彼等は既に冷たくなっていて、蛆がわいている者もいた。
こんなに内蔵が飛び出てしまっては、もう助からない。少年は白猫に手を伸ばした。
白猫は懸命に生きようとしていた。少年が触れると、白猫は前足に力を込め「にゃあ」と消え入りそうな声で鳴く。
その時、少年は自分の心が揺れていることを感じた。
彼は驚いたまま、コートのポケットに入れていた片方の手を、おそるおそる白猫の腹へ乗せると――
――そのまま、飛び出ていた白猫の中身を更に引きずり出した。
断末魔の叫びをあげ、白猫は事切れた。
白猫はもう動かない。少年の前にあるのは、猫の死骸だけだ。
「・・・」
赤く染まった手には、温もりが残っている。
少年は安堵から、安らかに微笑んだ。少年は子猫の死に触れ、はじめて自身の感情というものを手に入れた。
――こんなにも暖かくて、愛おしい。
死を目前にして、懸命に生きようとする。
決してなくなることのない、圧倒的な「生」への執着――
宴がトイレから戻ると、そこに夢の姿はなかった。
「夢ちゃん・・・?」
一人になることに過剰に怯えていた夢が、自ら一人になるはずがない。宴は友人の名前を呼びながら部屋を探し回った。
「夢ちゃーん! どこー!」
無音の部屋に、宴の声だけが響く。もしかしたらあの化け物に攫われたのかもしれない。そう思うと、悔しさが心の底からこみ上げてきた。
「・・・私のせいだ」
嫌な予感が頭の中をぐるぐると旋回している。落ちつきなく夢のいなくなった部屋を歩き回っていると、お弁当を食べたソファーが切り裂かれていることに気づいた。
「・・・?」
筆箱が転がっている。そのすぐ近くに、年季の入った手帳が落ちていた。
手帳を拾う。赤い、ビロード地の古ぼけた表紙には、ソファーの綿がこびりついていた。
もしかしたら、夢はこの本を読んだ直後に、どこかへ行ってしまったのだろうか。
「・・・」
小刻みに震える手が、手帳の表紙に触れる。
(怖い、開けたくない・・・でも)
夢を探す手がかりになるかもしれない。宴は意を決し、手帳を開こうとして、手を止めた。
――なにか、いる。




