禁忌
別館で、夢は一人取り残されてしまった。
(今動いたら、危ないよね)
ソファーに座り直し、周囲を見渡す。別館の部屋はどれも狭く、埃っぽいが、一人の人間が生活するのには充分な広さなのだろう。
「・・・?」
ソファーの中に、何か、固いものが入っている。
宴はまだ帰ってこない。夢は、宴の筆箱に入っていた鋏でソファーを裂いた。すると、荒廃した別館には似つかわしくない真新しい手帳が、汚れた綿に紛れて埋まっていた。
(手帳? こんな所に?)
わざわざソファーの中に隠すほど、暴かれたくないものが書かれているのだろうか。ここは昔実験施設だったから、何か公に出来ないような事が書かれているのかもしれないと、夢は手帳の中身が気になって仕方がなかった。
「・・・」
興味本位で夢は表紙を開く。後悔はすぐにやってきた。
見知った人物の名前が、中表紙に達筆な字で書かれていた。
「――――夜霧、あざみ?」
身体の毛穴という毛穴から、嫌な汗が吹き出ているが、ページをめくる手は自分の理性とは反対に、次のページを捲っている。
「・・・何」
一枚の絵が、視界に映った。
友人に・・・宴によく似た裸の女性が、見たこともない果物に囓りついている。
「・・・何、これ」
それは、未知への恐怖からか、夢は漏れ出す声を抑えようと口に手を当てた。
丁度、部屋の扉が開いた。夢はやっと宴が帰ってきたと安堵し、扉の方を振り帰って――
「9c4fdweqt@,7fll@;pt」
地獄の底で鳴る鐘のような声。
身体中が、小刻みに痙攣する。
扉を開いて夢の前に立っていたのは、今朝の化け物だった。
「x36ew@8/,b\dw7.9」
怯えた身体は、あまりの恐ろしさに一歩も動かない。
(怖い、怖い、宴ちゃん、宴ちゃん、助け――)
手記の内容
○月×日
人工的に人間を作ることは可能か。私たちは研究を進めてきた。だが、これは人間が踏み入れてはならない領域だ。上は反対したが、彼は反対を押し切って実験を進めた。私は「助手」という形で彼に加担することになった。
○月◇日
彼は完成させてしまった。しかし、それは人間よりも醜い。スペイン最大の画家が描いた農耕神にも似ている。彼は怪物にあらゆる事を教えた。私は彼が小説のヴィクター・フランケンシュタインにならないか密かに危惧していたが、それはないようだ。彼は怪物に「宴」と名前を与えた。
◇月△日
彼は「宴」で様々な実験を行った。
「宴」は自分を女性だと判別したらしい。彼女は彼の為ならなんでもこなした。彼に対する愛情は異常なものだ。今日は精神障害を持つ彼の妹と合わせるらしい。
×月×日
人造人間には不備があった。処分しなければならない。私が処分を提案すると、彼はあることを私に頼んだ。どの道、処分は行わなければならない。私は彼の頼みを承諾した。




