ランチタイム
手を繋いだまま、二人は別館をさまよった。
この実験施設が学校になる前、別館は研究員達の寮であったため、かなりの量の個室がある。
宴と夢は件の化け物が部屋に潜んでいないか虱潰しに探したが、個室の半分も調べない内に昼を過ぎてしまった。
「ねえ夢ちゃん、お昼にしない?」
「ええ」
年季の入ったソファーの埃を払い二人で腰かけると、夢が小さく声をあげた。
「お弁当、教室だ・・・」
「ありゃ。じゃあ私とはんぶんこしよう!」
「いいの?」
「もちろん」
宴は上機嫌でリュックから兄の作ったお弁当を取り出した。えんじ色の無骨な布で包んであるのが、なんとなく兄らしくて、宴はにやけた顔のまま両手を合わせた。
「さて、お兄ちゃんの力作、いただいてやりますか!」
「う、宴ちゃん、顔がいやらしい・・・」
友人の引きつった笑顔などものともせず、宴は玄朔が作ったお弁当を勢いよく開いて―――
「・・・なんじゃこりゃ」
予想の斜め上を全力疾走したお弁当に、思わず首をかしげた。
タッパーには卵焼きやウインナーのような、定番のおかずはなく、ただぶよぶよとした白い何かが、奇妙な色の液体に浸かっていた。
「これ、食えるかなあ・・・」
出来はどうであれ、兄の手作り料理だ。食べなければ妹が廃ると宴は思ったが、これを友人に食べさせるのは気が引けたので、宴は先ほどからタッパーを覗いている夢に聞いてみた。
「ゆ、夢ちゃん、食べる?」
「え・・・」
予想通りの反応に、宴はまあそうだよねと胸の内で呟いたが、次に友人が言った言葉は驚くべきものだった。
「い、いいの!? こんな綺麗なもの食べて!? というか、食べられるんだ!」
「??」
宴はいつも穏やかな夢が、きらきらと目を輝かせて興奮している。これほどまでに興奮した夢を見たのは初めてで、宴は今朝の夢とのやりとりを思い出していた。
(そういえば、私と違うように物が見えてるんだっけ)
タッパーの蓋にぶよぶよとした白い何かを乗せ、夢に差し出す。夢は白いぶよぶよとしたそれを手でつかむと、美味しそうに食べ始めた。
「箸使わないの?」
「え? これ果物みたいなものでしょう?」
口元にぶよぶよとしたものの食べかすをつけた夢が、きょとんとした顔で言う。宴には果物どころか、食べ物にすら見えない。
箸でつまみ口に運ぼうとするが、頭はそれを食べ物と認識していなかった。
しかし、食べなければ。
意を決して、口に運び、咀嚼する。犬歯がくちゃり、と白い何かを潰すと、異様な臭いが口腔を蹂躙した。
あまりの悪臭で味はわからないが、食感は生肉のそれとよく似ていた。
飲むようにして、平らげる。鼻を突く異臭で泣きそうになる。迫る吐き気と悪寒に耐えながら「もう二度と食べたくない」と頭の隅で呟いた。
「美味しかったね~」
夢が笑っている。それは、あれを食べられたという感銘よりも、なぜ平気で食せるのかという不気味さが勝っていた。
「ごめん、夢ちゃん、トイレ行ってくる・・・」
「え? 宴ちゃん? ちょっと待って、私も――――」
宴は夢の言葉を最後まで聞かない内にトイレへ疾走し、食べたものを全て吐き出した。




