9話 月光を仰ぎ
あたり、一面に広がっている暗い影。
その影に風穴を開けようとアンジュは渾身の炎を発生させた。
影は炎に燃え焦げ、この調子なら穴が開くのは時間の問題だ。
炎を操りながら、アンジュは西東 東の今の状況を察知していた。
(こんな事が…)
影の中にいようとも、加護を通じてわかる。
東は影の軍団を相手に猛攻を繰り広げていた。
巨人達の攻撃に退く事なく、一撃で粉砕していく。
アンジュは驚愕した。彼に与えた加護にはこれ程の戦闘力を付与するものでは、なかったはずだ。
勿論、彼女が使える多種多様の加護にもこれ程に変化をするものはない。
与えた加護が彼の中で突然変異起こしたとしか考えられない事象だった。
影の軍団との戦況は東の方がやや優位であるが、いつまでも東の特殊な加護が続く保証はない。
(急がないと!!)
どす黒い影に光の線がヒビのようにはいる。
戦い初めてかなり時間がたった気がする。
倒した巨人の数も、100を超えたあたりから数えるのをやめた。
(きりがない…)
倒せども、倒せども、一向に数が減る様子がなく、体力は湯水のように湧いてくるが、このままじゃ埒があかない。
アンジュのように一瞬で、広範囲攻撃でも出来ればいいんだが、俺が受けた加護は肉体強化だけで、炎を生み出したりはできないようで殴る、蹴るしか手段がない。
「楽しいねぇ、お兄ちゃん」
「言ってろ!!」
悪魔にも一発拳を撃ち込みたいところだが、近づけば、近づくほど巨人の密度があがり、押し返されてしまう。
こちらが、体力が減らないのと同じように、悪魔も疲労や消耗の影は見受けられない。
アンジュの口振りから、巨人共を倒しておけば弱っていくのだろうと思ったが、そんな簡単な話ではないようだ。
(アンジュ!!まだか?)
この状況はアンジュが出てきてくれないと打破できない。
(ごめん!!待たせたね。もう一度あれをやるから下がって)
ついに、来た!!
俺は爆発の範囲外へと、下がりすぐに走り出せるように姿勢をとる。
同時に悪魔の背後から炎が吹き出し、一瞬で燃え広がり爆発を起こす。
砂煙が消える間もなく俺は悪魔が立っていた方向に向かって駆け出す、加護のおかげで異常に強化された脚力はあっという間に悪魔の前へと、到達する。
悪魔の背後から炎の剣を振りかぶるアンジュ、そして前方から俺の攻撃。
(これでとどめだ)
勝利を確信した瞬間、悪魔と目があった。
追い詰めたはずなのに、その顔には笑顔を纏っていた。
気づいたら、壁に叩きつけられていた。
遅れてやってくる、腹部の強烈な痛み。
内臓が破裂したのか、逆流した血液が喉を通り口からこぼれる。
(何が起きた?)
悪魔が立っていた位置から何十メートルも離れた校舎の壁に叩きつけられたようだ。
反対側から、襲いかかったアンジュも間反対の壁に激突しているようだ。
つまり、悪魔からの反撃を受けてここまで吹き飛ばされたって言うのか?
影の巨人達の攻撃を受けてもびくともしなかったのに、悪魔の、一撃で重症を負うなんてにわかには信じられなかった。
一撃なのか、そもそも何をされて吹き飛ばされたのかも理解できなかった。
(こんなに、力に差があるなんて………)
「楽しかったよ、お兄ちゃん」
気付けは目の前に悪魔が立っていた。いや、化け物が立っていた。
「ここ間で追い詰められたのは、初めてだよ」
「…ふ……んな」
嫌味で応じようとしたが、傷のせいか声が出せない。
聞き取れたのか、悪魔は自分の首筋を見せてきた。
「本当だよ。見てこれ、あの人のにつけられた傷が治せないんだよ」
首には焼け焦げた痕がのこっており、アンジュの攻撃があと少しで届いていたという事を表していた。
「だからね。力が残ってないから、お兄ちゃん達に止めをさせないの。今日はおしまい」
悠長にお喋りをしている癖にふざけた事をほざきやがる。
「お兄ちゃん、前に何て言ったかおぼえてる?」
意識が霞んでいく、やべ死ぬわ。
なんとか、この状況を打破する術を…
「お人形遊びだよ。だから、次に遊ぶときは違う人形を持ってくるね」
朦朧とする視界は、最後に悪魔の背後に迫る火炎の波を写し俺の意識は途絶えた。
炎がかわされるのは、想定の範囲内だ。
それより、瀕死になっている東をすぐに治療しなければ一刻の猶予もない。
治療の加護を与えると東の体を炎が包みこむ。
私は悪魔と東の間に、割ってはいり状況を飲み込む。
悪魔の傷は私が仕留め損ねた、首筋の焦げあとのみ、それにくらべ私の方は鎧をくだかれ、殆どの魔力を消失してしまった。
あと、数十分ほどで戦えなくなるだろう。
(見くびっていた。これ程に力の差があったなんて)
入念に準備をしたつもりだったが、完全に失敗した。勝てるだろうとどこかで、みくびっていた。
これで、東がいなかったらと思うと、怖気がする。ここまで戦えはしなかっただろう。
(どうにかして、東を守らなければ)
残った魔力を炎に変換し悪魔の行動を待つ。
なんとか、隙をついて逃げ出さなければ、最悪東が目を覚ますまで時間を稼いで………
「帰るわ。お兄ちゃんによろしくいっておいてね」
「えっ?」
拍子抜けしている間に悪魔は影の中へと姿を消した。
そして、グラウンドは静寂に包まれ、悪魔の気配は完全に消え去った。
緊張の糸が切れたせいか、体が意思に反してその場にへたりこんでしまった。
正直、この状況で悪魔が去った理由を考える余裕もなく、ただ、ただ安堵してしまった。
(………良かった………)
倒れている東を見ると、どうやら傷の殆どが治療を終え顔色も良くなっていた。もう少しでもすれば意識を取り戻すだろう。
先程の戦いを思い返す、東のあの異常なまでの加護の影響。
彼がいなければ、間違いなく私は死んでいただろう。
悪魔を倒すなんて、どの口が言っていたのだろうか。
助けているつもりが、助けられたのは私のほうだったというわけか。
「助けてくれてありがとう、東」
自然と言葉が口からこぼれた。彼が目覚めたあともう一度礼をいおう。
雲が晴れ月明かりが、敗北した私達を優しく照らし出す、影に飲まれてしまわないように………




