6話 潜む恐怖
目の前でアンジュと悪魔が激しくぶつかり合っていた。
アンジュは炎を、悪魔は影を伸ばしお互いにぶつけ合う。
最初は互角に見えた勝負も、徐々にアンジュが押し始め、悪魔は猛攻に耐えきれず大きな隙をさらす。
止めの一撃とアンジュは悪魔の懐に飛び込むが、アンジュは足下の影から伸びた無数の手に掴まれ、影の中に引摺りこまれていった。
「そ、そんな…」
アンジュが負けた。その事を理解する間もなく背後に現れた巨人の両手に捕まる。
「嘘だろ、離せよ!!」
振りほどこうとする間もなく俺は巨人の両手に握りしめられ、一瞬で破裂した。
「あずまん、あずまん!?」
目を開けると、そこには國見の顔があった。
ショートボブで、どことなく幼い顔立ちは小さい頃とあまり変わらないように見え、何となく安心する。
ところで何してんだ?
「朝御飯の仕度をしにきたら、あずまんのすごい声がしてきたから…」
どうやらうなされていたようだ。
そういえば、なんだかひどい夢を見ていたような気がするがもう、思い出せない。
國見が寝ていた俺の真似しているところを見ると、思い出すようなものではないようだ。
「カレー食べてたら泣き出したり、寝ながらヘドバンかましたりして、なんだかおかしいよあずまん?」
國見は心配そうにしていたがなんとか誤魔化し、帰ってもらった。
昨日のことをあいつには話したくなかった、話してしまえばあいつも巻き込んでしまうような気がするから。
「…なにをしようか?」
夏休み2日目、俺の考えてた予定では遊んで、遊んで、遊びどうすつもりだったのだが、あの悪魔の事を考えるとそんな気分にもならない。
かといって、あの悪魔相手に俺ができる対策なんてないし、ただ外を歩き回っていればいいのだが、なんだか外に出る気がしない。
夢でうなされていたせいか、なんだかひどく眠たい。
あの美少女の事を考える、名前はアンジュ。今まで見たどの女の子より可愛い天使。
まさか、本当に天使だとはおもいもしなかったが、それでも連絡先?も手に入れているこの境遇はなんとも紙一重な奇跡。
あとは、あの悪魔を倒してアンジュと親密な関係に…
「お兄ちゃん」
その声、そしてその呼び方を聞いた瞬間、脳が理解するよりも早く体が反応した。
全身は震え、嫌な汗が吹き出し、心臓は早鐘を打ち、視界が狭まる。
現実感がなくなり、脳味噌の奥へと思考が逃げていくような。
「遊ぼう」
立ち上り振り返る、しかしそこに悪魔の姿はなく、突然チャイム音が響き渡る。
音と同時に視界に色が戻っていく感覚があった。
(夢だったのか?)
目を覚ましたからこそ、悪魔の声が夢であったとはっきりとわかったが、それでも心は恐怖に支配されていた。
(怖い、怖い、怖い、怖い)
2度目のチャイム音が家に響く。
誰かが来たのだ、出迎えなければ。
気持ちを落ち着かせ、玄関へと向かいドアに手をかける。
ふと、思ってしまった。
もし、玄関を開けて先にあの悪魔がいたとすれば?
そう考えてしまった、瞬間ドアを開けようとした手が動きを止める。
悪魔がわざわざ玄関から、入って来るなんてと、論理的な考えが浮かぶが、それでも腕は動かない。
想像してしまう、痛みという痛みを与えられ、希望を少しだけ見せられ、期待したところで何もかもをぶち壊される自分の姿を。
3度目のチャイム音、完全に体は麻痺した。
(怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い)
これもまだ夢の続きなのだ、早く目を覚まさなければ。
これは現実ではない、時間がゆっくりと進んでいく。
吐き気がし、耳鳴りが…
(東、私よ開けてくれる?)
念話、これを使える相手は一人しか俺は知らない。
麻痺は嘘のようにとけ、俺はドアを開けた。
玄関に立っていたのは悪魔と正反対の存在、
「ひどい顔ね。大丈夫?」
天使アンジュがそこにいた。
彼女を目にしたとたん、今まで抱いていた不安が嘘のように晴れていった。
それどころか、今俺はあり得ないくらい幸せかもしれない。
なぜなら、今俺とアンジュはお互いの額を合わせている。
なぜ、こうなったかは俺にはよくわからない。
リビングに招き、ソファに座ったところいきなりアンジュが謎の行動をおこしたのだ。
そんなことより、この距離感である。
あと少し、動けばキスができてしまう。
だからと言って、キスがしたいわけではない、俺なんかが恐れ多い。
間近で見る彼女の顔はやはり美少女で、更になんだかいいにおいがして…ああ、なんだか幸せだ。
「…よし」
とアンジュが離れていく。ああああ、非常に残念だ。
「これで少しは落ち着いた?」
彼女の言うとうり、昨日からあった恐怖の雲が晴れたのがわかる。
「天使だからね、人々の不安を取り除くのは慣れたものよ」
どうやら昨日の念話の時に、不安を抱いているのを察し準備を終わらせわざわざ来てくれたそうだ。
「なるほど、天使だからか」
「そう天使だから、だけどこれじゃあ根本的な解決にはならない」
悪魔を倒して、俺の安全を確立すること。
対等な関係なんて言っているが、ただ、身を守ってもらいしまいにはこうやってメンタルケアまでしてもらっていては格好がつかない。
正直、敬語で会話をしたい。
「私は天使だからね、人を守るのは当然の事。なのに、あなたを危険に晒してしまっている。だから、敬語はなしね」
との、事である。こんな俺にでも無償の愛を与えてくれるのだから天使さまさまだ。
「次の襲撃の予測がたったわ」
アンジュは真面目な表情で切り出した。
「あと、4日後。最短でも明後日といったところね」
「昨日はわからなかったのになんで、急に?」
「街にあいつの痕跡がいくつかあったの。調べたところ、弱っているのがわかった。それで、おおよその回復に必要な期間がそれくってこと」
「なるほど」
俺が見ていた悪魔の様子は余裕綽々とした態度だったが、どうやらアンジュとの戦闘で相当弱ってしまったということか。
「じゃあ、それまで俺はなにをしていれば?」
「まあ、リラックスして普段どうり過ごしてても大丈夫。そういえば、夏休み中だったね。どこかに遊びにいったら?」
なんとも、拍子抜けした回答だろうか。
すこし、がっかりだ。俺に手伝えることはないらしい。
「どうせだったら、明日一緒に遊びにいく?」
(え?)
「え?」
え?
「海はちょっと早いから、映画でも見に行こうかな。ちょうど好きな映画の続編やってるし」
天使様は意外にも俗物にそまっていた。
じゃなくて!! これじゃあまるで、デートみたいじゃないか!?
「できる限り、一緒にいた方がすぐに行動に移しやすいからね。ということで、明日は映画ね」
と、トントン拍子で明日の予定が決まっていく。
う、嬉しいけどこれも夢の中なのでは?
「じゃあ、明日迎えに来るからね。今日はもう帰るね」
なにかあったら念話してと、アンジュは玄関から去っていった。
俺は一言も発する事なく、明日はデートになってしまった。
握り拳をつくり、おもいっきり自分の顔をなぐった。
うん、現実だ。ものすごく痛い。




