20話 ご褒美と、とある集会
暗い水の中にいた。
水面に上がろうと手足でもがくも体は思ったとうりに動かず体は沈んで行く一方だった。
激しくばたつかせた手足は徐々に動きが弱々しくなり、遂には動かなくなってしまった。ただ、自分の体の筈なのになぜか冷静にその有り様を観察できた。
そのまま水中を浮かんでいたら、突然景色がただの暗闇につつまれてしまった。俺は少しだけ驚いたが何のことはなく、ただ自分が瞼を下ろしただけだと気がついた。
目を開き最初に見えたのは、ニコニコと俺の事を見下ろしてる天崎の顔だった。
なにやら上機嫌のようだが、なにかいいことでもあったのだろうか?
それはさておき、なんで俺は今天崎に膝枕をされているのだろう?
よく思い出せないが、東條と戦っていて……いつの間に気を失った? 俺はかったのか? 負けたのか? なんで天崎がいるんだ?
「先輩おはようございます」
なんだかこのままの状態で話をするのも恥ずかしい。
とりあえず起き上がろうと体を動かそうとするが、腕や足に全く力が入らない。辛うじて瞼を動かせるぐらいで、まるで意識と体が切り離されたようだった。
(なんで膝枕してんだよ)
口も動かないので、とりあえず念話を天崎に送ってみたが伝わるだろうか? 天崎も加護を受けてるから通じると思うが。
「!? 先輩の声が直接脳内に!! 遂に私達は言葉を交えずとも意志疎通できるようになったんですね。 つまり私達もはや長年連れ添った夫婦といことでよろしいですか?」
(よろしくない)
「なんでですか!? そりゃまだあんな事や、そんな事までしてないですけど……うへへ」
意志疎通をとれたのは良かったのだが、天崎は気味の悪い笑みを浮かべ、逞しい妄想に浸ってしまった。
(で、なんで膝枕なんてしてくれてんだよ)
「そりゃもう、手始めにというか既成事実造りというか、まぁチャンスだったんでつい」
(とりあえず俺の頭を下ろしてくれ)
「嫌です、逃げようとしても無駄です」
俺の頭を両側から押さえ込み全く逃がす気はないようだが、どうせ体は動かないのだから、もうされるがままだ。
(……勝手にしてくれ)
「勝手にしま~す」
今の天崎に状況を聞くのも癪だったので、念話先のチャンネルをアンジュに切り替える。
(東起きたのね?)
(悪い気を失ったみたいで、ちょっと状況が飲み込めないんだけど)
(天崎さんが側にいるでしょ?)
(嫌ちょっと聞くに聞けないというか…)
(成る程、青春してるのが気恥ずかしいと)
どうやら、今の俺と天崎の状態はアンジュに筒抜けなようだ。
第三者に今の状態が知られているというのはなんとも恥ずかしい。それもその存在が天使と言うのは皮肉なのかなんなのか。
(言わないでくれ。 考えないようにしてるんだ)
(とりあえず、私達の勝ちよ。 東條君にとりついていた悪魔は払えたし、あの少女の悪魔もすぐに立ち去ったわ)
どうやら俺は東條に勝てたらしい。記憶がないので全く実感がわかない、近くに倒した東條もいないみたいだし。
(気を失った東條君は私が家まで運んだわ、そのまま放っておくわけにもいかないからね)
流石は天使様。アフターケアも抜群なようだ。
東條の事はこれで一安心。で、なぜ天崎がここにいるのか。
(天崎さんは……勝手に来ちゃったみたいで、与えた加護が勝手に成長したみたいで私達の場所を把握できたらしいの。本当あなたといい天崎さんといい特殊な事を起こしすぎてなんか調子狂うわ)
(それはなんというか……御愁傷様です)
(今回はこれで解決、お疲れ様。 私の事は待たなくていいから早く天崎さんを送ってあげなさい)
(そうしたいのはやまやまなんだけど、なんか体が動かないみたいでさ、アンジュに回復をお願いしたいんだけど?)
(え?)
(痛みとかはないんだけど、何て言うか自分の体じゃないみたいっていうか、ちょっと困ってるんだよな)
(………)
(アンジュ?)
(すぐそっちに行くわね。 少し待ってて)
アンジュからの返事に一瞬だけ不自然な間があったような気がしたが、戻って来てくれると言うことなので気にするようなこともないだろう。
不本意ながら、天崎の膝枕の上でアンジュを待つしかなかった。
「先輩お疲れ様です」
天崎のその言葉で、今回の事件が解決したという達成感がわいてきた。
東條との戦いの過程は全く覚えてない、さしずめ途中でやられた俺に変わりアンジュが払ってくれたのだろうが、まあ俺なんかにしてはよくやったんだろう。
達成感に浸っている俺の頭を天崎はまるで、自分の子供をあやす母親のようになで始めた。
恥ずかしい。恥ずかしいが、なんというか……認めたくないが、頭を撫でられることに不快感はなかった。
(ああ、終わったんだな)
東と東條の戦いが終わったのと同時刻。日本のとある町のとある豪邸のとある地下室、そこである会議が行われ始めた。
「来てない者は誰じゃ?」
最初に発言したのはおよそ60才は有に越えているだろうとわかる老婆だった。
「キャシーとセタスとトイフェルよ」
老婆に答えたのは30代ぐらいの女性だったが、その発言に歳上の老婆に対しての敬意はまるで感じられなかった。
「我等を呼んだトイフェルがいないのは些かどうかと思うが、まあ、あやつは気まぐれな奴じゃからな、皆座れ」
老婆の言葉に従い、部屋の中央にある円卓につく。
円卓には蝋燭が立っており席についた者の数に連動するように火が灯る。その数は5本。
蝋燭に照らされた顔ぶれに老若関係なく少女から老婆までが集まっていたが皆女性という共通項があった。
「前に集まったのは何年前だ? みんな元気にしてたかよ」
久しぶりの再開に一人の女性が口を開く。その姿は鶏冠のように逆立てた金色の髪に、白塗りした顔に赤や緑のペイントをし、両耳にはいくつものピアスを開け、服も真ピンクの独創的的な格好だ。
「前に集まったのは150年前だったかしら? それにしてもナルシス、あなたの格好変よ」
「なに言ってるんだ、クロウ。 今の流行りはこれだぜ。 お前こそいつまでもそんな古くさいローブにきこんでんじゃないぜ」
ナルシスは抗議するように、30代女性ことクロウを指差した。
「いいでしょ、これが一番落ち着くのよ」
「相変わらず、中身だけは全然変わらねーのな。まぁ良いこと、良いこと」
ナルシスは長い時間による変化が旧友に起きなかった事に安心し静かに笑い始めた。
「変わってないのは人形のイージートイぐらいなものじゃろう。わしらが長く生きるには、器を変えなければならんのじゃからな」
「私が変わってないって!? 失礼な。 私だって毎日情報を更新してアップデートしてるんですからね、ジブライル」
老婆事、ジブライルの言葉に人形と呼ばれたセーラー服に身を包んだ少女イージートイが声を張り上げる。
その姿に他の面々は声を失った。
「……こいつ、こんな流暢に喋ってたっけ?」
「人類の成長は素晴らしいですよ。 見てください、私も皆さんみたいに笑えるようになったんですよ」
そう言うと、イージートイは見た目どうりの可愛らしい女子高生のように笑った。
「………何て言うか、ちょっと見ない間に変わったなお前」
「はい!! グーグル先生様々です!!」
「再会を懐かしむのはこの辺にしてそろそろ本題に移ろうか」
今まで口を開かなかった、最も若そうな少女は口を開くと全員の空気は一辺した。
イージートイと呼ばれた少女は笑みを消し無表情に戻り、他の三人も少女の次の言葉を待った。
その瞬間空間が捻れを起こしたかのように歪み狭間から褐色の肌の女性が姿を現した。
「来たのねセタス」
「済まないな遅れてしまったようだ」
「気にしなくていいわ。 キャシーとトイフェルも来てないし、ちょうど始めるところだったから」
「へブラにキャシーから伝言だ、『先に行く』と」
セタスの伝言を聞いた少女へブラは笑みを浮かべた。
「あの子はあまり興味を持ってなかったとおもってたけど、なにか惹かれるものがあったのかしら?」
へブラの独白に誰も言葉を発しない。少女の次の言葉を遮らないようにするために彼女達は待っていたのだ。
「皆もわかってると思うけど、ついさっき『あの力』の反応があったわ」
ほんの数分前であったが、その『力』の反応があった、瞬間世界各地に散らばっていた彼女達はこの日本へと集合したのだ。
「トイフェルから召集がかかったときは私も半信半疑だったけど、クロウとこの場所を用意した甲斐があったわ」
へブラの言葉には、少女の言葉には似つかわしくない重みを持っていた。
「私達が集まってから500年、結成したときから半分は人数が減ってしまったけど、待ちに待ったこのときが来たわ」
「さあ『神の力』を私達の手にし、積年の願いを果たしましょうか」
魔女達の企てにまさか自分が巻き込まれるなどと、膝枕で安らいでいる東は知るよしもなかった。




