19話 彼の力
西東 東はいつも俺よりも前を走っていた。
だから、俺は、俺達はそれに続いた。置いていかれないように。
だが、あいつは足を止めた。
誰よりも熱を持っていたと思っていたのに………期待していたのに。
そんな裏切り者を殺せる日がついにきたのだ。
俺は西東の首を目掛けて大剣を振るう。
しかし、首を切断する事ができなかった。
加護のおかげということか、西東の体を跳ね飛ばしただけだ。
すぐにでも殺したいと言うのに、殺しきれないとはなんと面倒だろうか。
「さっさと死んでくれねーか。 西東」
なお、立ち上がろうとする西東の姿は俺を苛立たせる。
ああ面倒だ、面倒だ、面倒だ、面倒だ、面倒だ、面倒だ、面倒だ、面倒だ、面倒だ、面倒だ、面倒だ、面倒だ、面倒だ、面倒だ、面倒だ、面倒だ、面倒だ、面倒だ、面倒だ、面倒だ、面倒だ、面倒だ、面倒だ、面倒だ、面倒だ、面倒だ、…………よし殺そう。
立ち上りきれてない、西東に大剣を振るう。
更に振るう。 飛んでも更に振るう。 血が流れても振るう。 立ち上がらずともまだ振るう。 背中に、足に、腕に、頭に、死ぬまで振るう。
「東先輩!!」
聞き覚えのある声に手を止める。
そんな風にこいつを呼ぶのは一人しかいない、見れば天崎が遠くに立っていた。
天崎も哀れな奴だ。みっともない男を慕うばっかりにこんなことに巻き込まれているのだから。
「加護ってのは、天崎にもかかってるんだろ?」
天崎は天使に似た雰囲気纏っているのが見てとれる。
なら、俺の敵でしかない。
「だったら殺さないとな」
俺の一言に、されるがままだった西東が吠え、傷だらけの体で立ち上がった。
特に驚く事はない、こいつの行動なんて予想の範疇だ。
立ち上がったばかりの西東に一撃を入れる。
散々ダメージを与えたためか、今までで一番吹き飛んだ。
爽快だ、これはいいストレス発散になりそうだ。
癖になるな、ククク………次は生まれたての子鹿のような無様な姿を見せてくれるだろうな。
「お前ら二人を殺したら、寂しいだろうから國見もそっちに送ってやるからよ」
こう言えば、俺に襲いかかって来るだろう。
ほらわざわざ背中も向けといてやるよ。さあ、かかって………。
「何て言った?」
肩を掴まれた。振り返れば鬼のような形相の西東が立っていた。
「なっ………」
考える間もなく西東の拳が俺の顔面に入る。
痛みが全身を回り、俺の体は宙を舞った。
西東との距離は十分にあったはずだ、それが気づく間もなく一瞬で背後をとられた。
吹き飛ぶ勢いにたまらず刃を地面に突き立て体勢を整える。
からだ中を走る痛みは止むことなく、激痛へと変化していき霞みがかかっていたような、思考が少し冴えたような気がした。
「もう一回言ってみろよ東條」
改めて西東の姿を見る。
血塗れでありながらも、弱々しさなど微塵も感じさせず鬼気を纏い立っていた。
「やれるもんならやってみろ」
上空では星の輝きを飲み込まんとする影の槍と、夜空を焦がさんとする炎の剣が激しくぶつかりあっていた。
東の危機にすぐにでも駆けつけたいアンジュだが、悪魔がそれを許さない。
退かせようと、果敢に攻め立てても悪魔はのらりくらりと受け流し決定的な隙を見せず立ち回られ、無理にでも押し通ろうとすれば悪魔はこちらの隙を逃さず槍で的確な牽制を放ち注意を切らす訳にはいかなかった。
(遊ばれている)
まさに、猫に弄ばれるネズミといったところだろうか。
戦う前から、勝てないことはアンジュは理解していた。なにか合ったとき足止めが出来ればと思い戦いに臨んだが、まさか立場が逆転するとは彼女は考えもしなかった。
互いの武器をぶつけ合う間にも徐々に東の気が弱っていっているのをアンジュは感じ取った。
ここは傷を負う覚悟で無理矢理向かうしかないと覚悟を決めた時、アンジュは東の気が急激に増大したのを感じた。
「あれ? お兄ちゃん急に元気になったね」
悪魔ですら感じとる程、不自然な東の変化にアンジュは動揺した。
前回悪魔と戦った時の倍以上の加護が発動している、これはもう人の身に余る力だ。
「下の方はもう終わりそうだから、もう少し遊ぼっか、天使さん」
アンジュの考える時間を奪うかのように、悪魔の攻撃は苛烈さを増した。
私は見ていた。先輩達の戦いを。
暗闇の中、刃と拳がぶつかり合う光景は異質で神秘的だった。
何より、我武者羅に拳を振るう先輩を見れて私は嬉しかった。
なぜなら、私が憧れたあの頃の先輩の姿そのものだったからだ。
「先輩頑張れー!!」
私はこの場にいれて本当に幸せ。
「何でだ!! 何でだ!? 何でだ、何でだ!?」
俺の大剣は確かに西東の体に打ち込まれているはずだ。
それなのに奴は身じろぎもせず、何のダメージもないかのように拳を放ってくる。
それに引き換え俺の受けるダメージは全身に電流が走るかのように激痛が回り、剣を持つ手に力が入らなくなってきた。
西東の一撃が俺の顔面に入り大きく退けぞってしまう。
すぐに体勢を整えようとしたが、ニ撃目、三撃目が襲いかかる。
「なっ……だ、……っで……!」
もう、立ち上がるのもやっとだったくせに、俺の勝ちだったはずなのに、悪魔に魂を売ったはずなのに、腐りきってたはずなのに、俺の期待を裏切ったくせに!!
「何で今さらそんな目をするんだ!!」
あの頃の、皆を引っ張っていた闘志に満ちた目を、今になってするんだ。なんであの時、その目を止めちまったんだ。
俺は……
「うるさい」
俺の言葉を、気持ちを黙らせるその一撃に俺の体は地面に倒れた。
なぜか妙な安心感に包まれると同時に意識が薄れていくのが分かった。
「くそったれが……」
自然と口から出た悪態は誰に向けた言葉だろうか。
そんなことを考えながら俺の意識は途切れた。




