16話 東條
なぜ子供が学校の敷地内にいるのかわからなかったが、俺は子供の言葉にすぐさま答えた。
「したいね復讐。西東の奴を今すぐ殴りたいね」
俺の言葉に子供は笑う。その笑顔に俺は恐怖を感じた。
「東條君なら、そう言うと思った」
子供の影は大きくなり、そこから異形の者達が現れた。
体躯はゆうに2メートルを越え、その盛り上がる筋肉から簡単に殺されるだろうとイメージさせられる。
頭に角を生やしていたり、大きな翼を纏ってたり、その姿は漫画などで見る化け物のようだったが、皆一様に影から伸びている腕に抑えつけられもがいているようで、俺はこの子供に感じた恐怖の意味を理解した。
この子供こそ本当の化け物なのだと。俺は異常過ぎる光景を前に尻もちをついた。
「早速だけど、パートナーを選んで。東條君」
「パートナー?」
突然そんな事を言われても意味がわからなかった。
この身動きのとれない、化け物達から一体選んでどうなるというのか?
「復讐したいんでしょ?だったら、力を手に入れないと」
復讐したいとは言ったがなにもこんな人外な存在を選ぶ必要がある理由が理解できなかった。
まるでこいつらを使って、西東を殺せと言っているような…
「忘れちゃったの?あの日の事?」
いつの間にか近くにいた、異様な雰囲気を纏った子供が俺の耳もとで囁く。
その言葉に連想するようにあの試合の事を思い出す。
そう、パスを受けとれず間抜けな顔をしている西東。
思い出すだけで、腸が煮えくり返る。俺達を引っ張っておきながら、一番最初に諦めやがったあいつ。許せるはずもない。
そう思えば恐怖はなくなった。なにを躊躇うことがある。
あの日から燻っていた気持ちを解放するチャンスじゃないか。
「だから、殺しちゃおうよ」
俺は立ちあがり、化け物達の前へと移動する。あいつを殺すための力を選ぶ為に。
「お前じゃだめなのか?」
考えてみれば、この化け物どもを抑えつけているこの子供が俺の相棒にでもなってくれればいいのではないか?
間違いなく、この子供が一番強いのだから。
「それは駄目。だって人形遊びじゃなくなっちゃうもの」
意味はわからなかったがどうやら、直接力を貸してくれる気はないらしい。
なら、もがき苦しんでいる3体から選ぶしかないのだが…どうも俺の好みに合わない。何より縛りつけられてるその樣からは、強さがまったく感じられない。
他にいいのはいないのかと、聞こうと思ったその時目の前に黒い雪のようなものが飛んでいるのに気づいた。
まるで自分の存在をアピールするように忙しなく視界を飛び回るそれに、俺は指を立てその黒いのを待った。
すると、黒いのは指に止まりそのままじっと動かなくなった。
「へ~。それにするんだ東條君。でもそれ、弱っちいよ?」
どうやらこいつも化け物供の一種らしいが、なんとなく気に入った。不様な姿を晒す3体より好感が持てる。
「こいつにする」
「だったら、強くしないとね。手始めにそいつら食べさせてあげてね」
その言葉に反応してか、化け物達はさらに激しく抵抗するが影の手はびくともしない。
「食ってこい」
黒いのは俺の指示どうり化け物の方へ飛んでいった。
「せ、せせ、先輩、………銃刀法違反ですよ!!」
「こいつをでかくするの大変だったんだぜ」
俺の背後に隠れ震えて抗議する天崎を無視し、東條は言葉を続ける。
「せっかく、弱い悪魔どもを集めたのにお前らがほとんど消滅させていくんだから」
昨日の悪魔の大量発生の事を言っているのか? なぜ東條が? 状況がのみ込めない。
「なんで、お前がその事を?」
それにしたって、なんで東條から悪魔の雰囲気を感じるんだ? 東條は人間の筈だが。
(悪魔にとりつかれてる。東彼は…)
「さっきも言ったろ、ぶっ殺しに来たって」
(敵よ!!)
東條は俺の頭をめがけて刀を振り下ろす、咄嗟に両腕を交差し防御の姿勢をとるが、刃物相手に俺の腕は通用するのか?
「あいつの言ったとうりだ。これが加護っていうやつか!!」
はたして、俺の両腕は切り落とされる事なくしっかりと盾としての役割を果たした。まるで籠手でもついているかのように痛みはない。
「東先輩!? 大丈夫なんですか!?」
「天崎、お前下がってろ!!」
「な、なんていうか腰が抜けちゃって…」
見れば、震えてへたりこんでいる天崎の姿があった。
これでは逃げることも出来ない。
俺は刀ごと東條を押し返し距離をとった。
「天崎、西東と一緒にいるからこんな目にあうんだぜ」
「東條先輩がワケわかんない事するからいけないんでしょ!!」
まだ、抗議の声をあげれる程元気があるようだが、安心できる状況ではない。
戦闘は始まってしまった。まさか、天崎を巻き込んでしまうなんて。
(アンジュ、なんとかこっちにこれないか?)
(残念だけど無理。悪魔の奴足止めが目的みたいでそっちに向かえない)
つまり、俺と東條を一対一にするのが悪魔の目論見ってことか、くそ! こんなことになるなんて考えもしなかった。
「天使とやらとおしゃべりか? そんなのしてる場合かよ!」
2撃目、こんどは地面と平行に胴体を狙った一撃が襲いかかってくる。
防げたとはいえ流石にもう一度刃物相手に腕を出すのは抵抗があったが、脇腹で受けるよりましだ。
刀とぶつかった俺の腕は金属音を響かせる。
「俺の怒りはこんなもんじゃないぜ!!」
東條の言葉と同時に防いだ右腕に痛みが走る。加護を貫通して刃が腕に食い込んだようだ。
不味い、加護で防げないとなれば受け身に徹している場合じゃない、咄嗟に左手で東條の顔面に向けて拳を放つ。
が、脳裏に粉々になる影の巨人達の事が思い浮かぶ。
もし、人間の東條に当てればどうなるのか………
拳は躊躇いから一瞬動きが止まる。
「!? なめてんのか西東!!!」
動きが鈍くなった左腕を、東條は見逃さなかった。
瞬間俺の左腕は刀によって切断された。
激痛が走り、腕の断面からは血が大量に地面にぶちまけられる。
「きゃぁぁぁーー!!!!」
天崎の悲鳴が遠くから聞こえる、痛みのあまり声が出ない。
地面に転がる俺の左手は血の気を失い青白くなり自分のものとは思えなかった。
「つまんねぇー事しやがって、そんなんだからお前はパスもとれねぇんだよ」
「東條先輩、………なんて………ことを、自分が………なにをしたかわかってるんですか!?」
「こんなことで泣いてるんじゃねぇーよ天崎、自分がなにしたか? そんくらいわかってんよ」
激痛のあまり立っていられず、膝をつく。左腕から零れ落ちる血は押さえてもあまり意味がないようだ。
最近ひどい目にあうたびに意識を失いそうになっていたが、今回は激痛のせいで意識が逆に冴える。
これも慣れてきたせいか、なんとか生き延びる手段を脳が模索しているようだ。
「さてさて」
わざわざしゃがみこみ、俺の顔を覗きこんでくる東條の表情は残酷な笑みを浮かべていた。
「苦しいか西東? 俺は最高だぜ。とても気分がいい」
そう言う東條は俺の左肩に刃を突き立てる。
アドレナリンのせいか、最早大した痛みは感じない。
それよりこの状況はどうしたものか………。
「じゃあ、そろそろ死んどくか」
刀を振り上げ今まさに介錯される武士の寸前だ。
少しでもして寿命でも伸ばしてやるか。
「………………あっ、そう」
隙を見て体当たりでもかましてやろうかと思っていたが、刀が振り下ろされる事はなく、それどころか東條は俺に背を向け歩きはじめた。
「帰るわ、なんか相方が日を改めろってさ」
日を改める? 相方? 急になにを言い出す? 殺すんじゃなかったのか?
痛みのせいか思考が定まらない。
歩みを止める事なく東條はこの場を去っていった。
「せんぱ~い!! だいじょうぶでずが~!!」
背中に這いずってきた天崎がしがみついてくる。
恐怖のあまり泣いてしまっているようだが、彼女のこんな姿を見るのははじめてだ。
(悪魔が急に姿を消したから、そっちに向かうわ)
(そうしてくれると助かる。腕切られたから………これくっつくかな?)
(腕!? わかったすぐに行く!!)
なんとか窮地を脱っし、一命をとりとめたようで安心だ。
さてさて、この状況を見ていた天崎になんて説明したものか。
泣きじゃくりしがみついている、天崎の背中を叩いてやる。
少しでも彼女が安心できるように。




