11話 忍冬
買い出しの帰り、私は懐かしい人物を発見した。
「南ちゃん!!」
「げっ!? 國見先輩」
私はすぐさま彼女の背後に回り込み、中学生にしてはその立派な胸を揉む。とても気持ちいい。
「また、大きくなった?」
「セクハラです、自分の胸でも揉んでてください」
彼女の抵抗により、私の魔の手は振りほどかれた。
ああ、もっと揉みたかった。
「だって私の大きくないから」
私のぺったんこの胸では、あの程よい弾力は再現できないのだから仕方がない。
成長したのはどうやら胸だけでなく、同じくらいだった伸長は大きな差ができていた。
これではどちらが歳上かわからない。
「これが成長期、恐るべし…」
「そんなことより、大変ですよ!!」
身なりを整えると何かを思い出したかのように慌て始めた。
「東先輩の家から、とんでもない美少女が出てきたんですよ!!」
「へ~」
これはなんとも面白い話になっているようだ。
さしずめあずまんにアタックをかけに、家まで向かったらばったりと言ったところだろう。
「へ~、じゃないですよ!! 男女が二人で一つ同じ屋根の下………親もいないってんならなおのこと…」
彼女は両手で赤らめた頬を隠し今にも泣き出しそうだ。
「あずまん度胸ないから、そこまで進展してないって。チキンだから、押し倒されでもしないとね」
「なんですか、幼馴染としての余裕ってやつですか?」
泣きそうな顔から一変しその表情は私を睨みつけるものに変わっていた。彼女は昔から感情豊かで表情をコロコロ替える。
この娘、本当に可愛いなぁ~。
「あの変な女は先輩が責任を持って、何とかしてください」
「何で私が?」
「幼馴染なんですから、悪い虫をちゃんと払ってください!!」
困るような指示を残して彼女はぷりぷりと怒りながら去って行った。
やれやれ、本当に可愛らしい後輩だ。
家には帰らずそのまま、あずまんの家へと向かう。
カレーももう残っていないだろうから、今日は夕食の支度をしなければならない。
食材も帰り道で買っておいたから問題はない。
リビングのソファで眠っているあずまんを発見した。
テレビがつけっぱなしなところを見ると寝落ちしてしまったらしい。
だらしのない寝顔は、ここ数日の様子から考えられないほど穏やかだ。まるで、憑物が落ちたようで、安心しきった顔をしている。
(でも、私がいないのを良い事に、女の子を家に連れ込むのはどうなのかな?)
机の上に置かれた新聞紙を手に取り、慎重に折り畳む。
しっかりと音が鳴るように。
昔はこれでよく遊んだものだ。
出来上がった三角形を手に取り、あずまんの顔の真横で大きく振り抜く、新聞紙に空気が入り込み大きな音を生み出す。
「!!………!!!」
あずまんは無言のまま飛び起き、なぜか無言のまま悶え始めた。
まさか、鼓膜でも破ってしまっただろうか…。
「おお、國見か………ただいま…」
「ただいまって、帰って来たのは私の方だよ。寝惚けてる? それよりどうしたの、そんな気持ち悪く動いて?」
「びっくりして、反射的に体を動かしたら筋肉痛だった事忘れてて、あの音はいった…」
あずまんの口が止まる、その目は私の手にある新聞紙に釘付けだ。
もう、手遅れだが新聞紙を背中に隠す。
「犯人はお前か」
「なんのことかな?」
顔がひきつる。この状況でしらを切れる程、私の表情筋は鍛えられてない。なので、数秒もしないうちに吹き出してしまった。
こういう雰囲気になると笑いが出てしまう質なのだ。
「ふ、ふふ、ふ………、ところで、な、なんで、ふふ、筋肉痛なんかになってんの?」
「………内緒だよ」
ほほう、女の子と遊んでいた事を話すつもりはないらしい。
思春期の男子らしい面白い反応だ。しかし、しっかりと釘はさしておかないと。
まず先に、あずまんのためにお茶を用意しておく。勿論頼まれてもいない、これはただの準備だ。
ありがと、と無警戒に手とる。ここでなにか裏があるのではと疑わないのがあずまんのダメなところである。裏を返せば良いところなのだが。
「あずまん、おばさん達がいないからって、家に女の子を連れ込んだりしたら駄目だよ」
お茶を飲んでいた最中に発した台詞は私の予想通りの事態を起こす。
「ぶっふぉっ!!!」
飲んでいたお茶を吹き出し、タイミングが良かったのか、どうやら気管にも入ってしまったようでむせ始めた。
「げほ、げほ、げほ、…………げほ、げ、げほげほ」
筋肉痛に響くのか、むせるたびに体のポーズが変わっていく。
これは大変愉快な光景だ。スマホに録画しなければ。
「な、ななな、なんのこここ、ことかな國見さん?」
ストレートに注意したつもりだったのだが、どうやらしらを切り通すらしい。たいした根性だ。
まあ、面白い光景も見れたことだし追及は控えて上げるとしよう。
第一私とあずまんは今まさに、親のいない家で二人っきりという状況なのだから、注意したりできる立場ではない。
もしもこの事をあの可愛い後輩が知ってしまったらどういった反応をするのだろうか?想像すると笑いが出てきた。
「まあいいや。とりあえず、晩御飯つくるね」
「あ…ああ、お願いします………ところで、本日は何をお作りに?」
「肉じゃが」
風が気持ちいい夏の夜、私はまた彼と一緒にご飯を食べる。
夏はまだ始まったばかりだ。




