第1話
相川光はバスから窓の外の景色を眺めていた。山陰の冬は東京の それよりも寒く感じられた。バスの中もどこか寒々と見える。バスのエンジンの音だけがバスに響き、窓の外も枯れ木しか見えなかった。
光は努力をしない男だった。何となく勉強して何となく遊んできた男だった。都内でも有名な大学への推薦入学が決まり、何をするわけでもない秋を過ごしてきた。そんな生活の中、ある問いが光の中に生まれた。
「このままでいいのだろうか。僕は何のために生きているのだろうか」
この問いはどんどん大きくなり、とうとう何の予定もない冬休みが始まった。自分を探したい、という思いは抑えられなくなっていった。ついに、光は自らの住む街から遠くへ旅に出ることを決意した。
光は山陰に来ていた。年末の山陰は東京よりもはるかに人が少なかった。誰もいない。光は誰もいないところで自分を見つけることができるのだろうかと考えた。この旅は失敗ではないかと、ため息をついた。そんなことを考えているうちにバスが停車した。
「終点、倉野駅に到着です」
光はバスを降りた。駅前で唯一営業している売店で納豆巻きと緑茶を買い、寂れた駅に入った。そして三〇分待って電車に乗った。電車もバスと同様にガラガラだった。光がボックス席に座って出発を待ちながら納豆巻きを食べていると
「おいしそうじゃん。一個ちょうだいよ」
と声をかけてくる男がいた。光と同い年か少し年上に見える男は図々しく光の正面の席に座って話を始めた。一人旅?高校生なの?と光にたずねるその男は、いかにも明るく元気な青年という感じで光とは正反対の性格に見えた。