第7話 柳仙学園生徒会にて
東京都内にある高校の一つに、とある噂が存在する。
それは――美少女しか集まらない生徒会が存在する、という話だ。
噂には様々なものがあり、生徒会長はとある大企業の令嬢で、実は学校を影から操っているという現実味の無いものから、男が生徒会にいないのは全員が同性愛者で毎日行為に耽っているから、という妙に生々しい物まで多岐にわたる
しかしそれでも、そんなことが囁かれるその高校――公立柳仙学園生徒会は、生徒たちから秘密の花園と呼ばれ、どこか尊い物を見る目つきで見られる場所だった。
いわく、不可侵の領域。
いわく、男子禁制。
そんな噂は校内にとどまらず同じ地域の高校は愚か、他県の高校にまで及ぶと聞く。そんな噂の生徒会室では今まさに、噂の元となる美少女達が集まっていた。
そこにいたのは、5人の少女だった。まず一番に目につくのは、ホワイトボードの前に立つ少女。
浮世離れした金糸のように煌めく髪をなびかせていた。
「それでは、本日の生徒会会議を始めたいと思います。よろしくお願いします」
『よろしくお願いします』
彼女の一声から、月に一度の会議が始まる。
場所は生徒会室。その中でみんなが真剣な面持ちで話し合うのは、予算や、これからの学校行事の話し合い。様々な案件が一ヶ月の間にこれだけ舞い込んでくるというのが、それだけこの学園――柳仙に活気あるんだと彼女が思える瞬間でもあった。
そんな会議も数をこなせば慣れるもので、一時間も経たない内に会議は終了の目処が立ち、それぞれの対処法や、予定の仮組み、撤回されたものの代替案なども綺麗に出揃っていた。
「――と、まぁ。こんなものでしょうか。何か意見や不明な点ある方はいますか?」
十秒程度黙った彼女は、真剣な面持ちで周りに座る生徒たちの顔を見渡したが、その声は上がることなく全員が納得したように頷いていた。
「では、本日の会議はここで終了です。お疲れ様でした」
『お疲れ様でした』
彼女の一礼に続いて、皆が所作正しく一礼する。
そして。
「あー! おわったぁー!」
と、これまでの静けさが嘘だったかのような明るい声が室内を満たした。
そんな声を上げたのは庶務の席に座る健康的に少し日に焼けた肌の色をしたスポーティーなイメージの美少女。
夏波瑠璃だった。
「瑠璃ちゃん。はしたないですよ」
「えー、モモちゃん先輩いいじゃんー。というか毎度あんなかしこまってやるの本当につかれちゃうよ? いつもどおり行きましょーよーねーえー」
「……一理、ある」
瑠璃の声に賛同する様に、小さく声を漏らしたのは、書記の席に座る生徒会の中でもかなり小柄な身体付きをしたダウナーな雰囲気の、目に付く銀髪の少女。
ミシェーレ・欄堂・シエル。
フランスと日本とハーフとは信じられないくらいに日本人然としてない風体とは裏腹に、こう見えて日本文化が大好きな根っからの日本人氣質である。
「メリハリというのは大事という話です。それに昔からあるしきたりなのだから、私達が崩すわけにもいかないでしょう?」
その二人に釘を指すように彼女の横――つまり副会長の席から厳しい声を飛ばすのは、凛とした佇まいがよく似合う、まさに和製美人を思わせる出で立ちだった。
富士峰遥。それが彼女の名前だ。
「うー。ハルちゃん先輩がいじめるー」
「……めるー」
「こ、こら! 言いがかりはやめなさい! それといつもいつもその変な呼び方をやめなさいとあれほど……」
「貴方達よくいつも同じやり取りをしてて飽きないわよね……」
そして、その光景を半眼で眺めるのは廊下と生徒会室をつなぐドアのそばに腕を組んでタイトなスーツに身を包んだ少し赤みのかかった髪質をもつ、パっとみ気の強そうな印象をもたせる女性――成瀬奈留美。それがこの人の名前であり、この生徒会の顧問を務める女性教員だ。
「あ、先生戻ってきたんだーおかえりー」
「……おかし、いる?」
「あー、はいはいただいま。一個もらうわ。で、会議の方はどうなの?」
「無事先ほど終わりました」
「そう。ならもう終わりでいいんじゃないかしら? ほらもう帰りましょう。終わりでーす」
いかにも面倒くさい。と顔に書いた奈瑠美がパンパンと手を打ち鳴らす。
「成瀬先生。それは教師としてちょっと……」
「百合ヶ丘さんは少し真面目過ぎよ。だいたい苦労なんて今からしなくても社会に出たら腐るほどできるんだから、今は今できることをやりなさい。というわけで、解散!」
「全く、成瀬先生は……」
そして。その生徒会室の中でもトップに立つ彼女こそ――生徒会長、百合ヶ丘百華その人だった。
百華はため息を吐きながら、そんな提案をした奈留美にジトーっとした視線を送るが、それにダメージを受けないのか飄々とした奈留美はあら? と笑みを浮かべて言った。
「もう、そうじゃないでしょ? ねぇ百合ヶ丘生徒会長もとい――リリー?」
「もう……そうでしたね。成瀬先生――いえ、奈々さん」
その言葉をきっかけに、生徒会室にいるメンバー全員が、先ほどとは変わった雰囲気を醸し出す。
それは取り繕うような笑みでもなく、愛想笑いでもなく。
口元が勝手につり上がってしまうような、本当の笑みだった。
代表して百華が言った。
「それじゃあ今日もFLO、皆で頑張りましょう!」
『おー!』
公立柳仙学園生徒会。
世間に様々な憶測が飛び交う、謎の多い美少女たちが集まるこの場所の実態は――なんてことはない。
その優秀さ故に周りから敬われ、疎まれた女の子が集まる。
ただのゲーマー達の溜まり場だった。
◆
「そういえば、リリー」
「はい、何でしょうか奈々さん」
「この前の話あったじゃない? リリーが振られた話」
「誤解しかない言い方はやめてもらえますか!? 振られてませんから! ただ名前を聞こうとしたら確固たる拒否を示されただけで……うぅ」
「それを振られたって言わなかったら大体の失恋って無かったことになるわよ……」
「ううぅ。それでなんですか奈々さん。私をからかいたいんですか」
「いやそうじゃなくて。リリーその時言ってたじゃない。うちの制服を着てたからほぼ間違いなく生徒だって」
「はい……? いいましたけど、それが?」
「ほら、前回の会議であったじゃない。最近生徒の不要物の持ち込みが増えてるって。それで……して……ごにょごにょ」
「…………」
「……みたいな。どう?」
「……ふ、ふふ」
「あ、あれ? リリー?」
「ふふふふふふふふふふふふふ! ナイスです。ナイスですよ奈々さん!
その手がありましたか! 待ってて下さい名も知らぬ男子生徒! あの時の借りはちゃんと返してあげますからね! うふふ。ふーっふっふっふっふ!」
「あー……、焚き付けておいてなんだけど、程々にしなさいよね?」
「ふっふっふ……ふふふ……」
その声は残念な事に、リリーの耳に届くことはなかった。
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