第1話 辻ヒーラー誕生
二話目です。
どうぞ。
「もう無理だぁああああ……俺には到底無理だったんだぁぁぁぁ……」
元気よく飛び出した一時間後、街の中心である帰還の間――死に戻り専用のエリアで崩れ落ちるライトの姿があった。
なぜそんなことになったのか。
それは少し時を遡る。
ライトがアグルの街を飛び出してから三分程度、ライトの視界には既に米粒大の緑色がポツポツと写っていた。
「あれが、ゴブリン……」
もっと近づけばその姿はより見やすく、そしてより醜悪にライトの目に映る。
確かにその姿形はまさしくゴブリンと言った風だった。
ライトの2分の1程度しかない小柄な体躯。ボロボロの布を纏ったみすぼらしい姿。手には錆びれたり、折れたり、かけてガリガリになった剣や小槍などの武器。
「ギャッ!? ギャギャァ!?」
そしてついに存在を気づかれたのか、ゴブリン集団の内二匹がライトに向かって鳴き声を放っていた。
「よし、やるか……」
ライトは片手剣を握りしめ、小盾を決して離さぬように注意して駆け出した。
そして――死んだ。
あそこから特別な何かがあって死んだとか、そういうわけではない。
ただ普通に、攻撃を受け続けた結果死んだのだ。
体感としてわかっている。あのゴブリンは決して強くない。むしろ確実に自分より弱いと、ライトは確信さえ持っていた。一撃の軽さや、動きの悪さを見て、その弱さがよく理解る。
だというのに勝てないのは何故か?
それは、あのゴブリンよりも何よりも――ライトの心が弱かったからなのだ。
考えてみてほしい。切先の鋭い剣が、いくら痛覚がなくとも目の前に迫ってくる様を。
盾で防いでいても、盾で視界が封じられるためどこから、いつに攻撃が来るかわからない恐怖を。
怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!
ジェットコースターやお化け屋敷なんて目ではない。そんな比ではない。
あんな着色料でコーティングされたような安っぽい恐怖などではなく、それは戦闘という――闘争という理性をかなぐり捨てた暴力の根幹。
恐怖という形のその原型。
途中から戦うとかそんな思考は放棄したライトは逃げようと後ろを振り返った。
そこに居たのは、援軍のゴブリン2体。
抵抗することもできず心にだけ傷を残し、見事ライトは死に戻った。
「…………」
その結果。面白いくらいにライトの心はポッキリと折れた。
喧嘩もしたことが無いような人間が、あの恐怖に勝つことがまず出来る訳がなかったのだ。
第二の現実というものが、まさかこんな所で自分を苦しめる事になるとは。
そんなこんなで悩んで10分ほど。
「まぁいいや。別のにすればいいし」
どうにも、冒険者というのがライトには合わなかったのを理解した。
元々切り替えが早い性格な為、大して落ち込んだ様子もなくライトはさっぱりと言い切った。
「よくよく考えてみれば生産職にも興味があった訳だし」
それでもどこか言い訳じみた独り言を漏らしながらも、チュートリアルをスキップしてしまったライトはヘルプを開き転職についての記載を見つけ――愕然とした。
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【転職について】
就職神殿にて転職が可能。
だが、一度職を選ぶとLv30になるまでは転職が不可能。
なお、専用アイテムである《転職のオーブ》があれば転職がいつでも可能。
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その、あまりに絶望感のある一文を見つけて思考がクラッシュしかける。
「い、いや、そうだ。転職できないならアカウントを作り直せば……」
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【アカウントの削除について】
メニューの[設定]→[アカウント]→[データの削除]で、最初に設定したパスワードを打ち込むとアカウントの削除が可能。
※尚、一度削除すると運営側に過失がない場合、アカウントの作り直しにはサーバーへの負担がかかる為一ヶ月間作り直すことはできない。
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ライトはそこまで読んでまた崩れ落ちた。ストレートがもろに顎に決まってなんとか立ち上がったと思ったら即座に同じ場所にストレートを叩きこまれたような気分だった。完全にノックアウトである。
「何故チュートリアルをまともにプレイしなかった……!」
今願いが叶うのならば少し前の自分の所へ行きボコボコにしてやりたい。
「本当にどうしよう……」
転職については今は無理として、アカウントの作り直しはできない訳じゃない。が、1ヶ月間の期間が設けられるというのがかなり痛手だ。
このFLOの正式サービスが始まって現在二ヶ月がたった程度。今までのゲームとはあまりの勝手の違いがあり、進行度はそこまででもないと話を聞いている。
が、それも一ヶ月あればどうなるかなんて想像は簡単につく。
そしてその波に乗れないというのはゲーマーとして許せない。
ライトは悩みに悩んだ末、1つの決断を下した。
それはアカウントを作り直す――という決断ではなくもう一つ。
「よし、やってやろう」
Lv30までは死ぬ気でやってみるという物だった。そこで転職をするのか、はたまたこのまま進むのかはとりあえず置いておくとしてそこをひとつの目標地点とすることをライトは決めた。
なにせVRMMOなのだから、わざわざ現実でもできそうなことよりやはりモンスターとか魔法とか、そういうのに興味がある。かと言ってもう戦いたいとは思えない訳だが。
「そのためにも必要なのは……」
ライトは必死に思考を回転させる。
必要な物――言わずもがな、経験値である。
じゃあその経験値を獲得するにはどうしたらいいか。
それを調べるためにも、ライトはゲーム内でも開くことができるコミュニティー掲示板を開きヒントがないかと探しはじめて暫く、気になる記載を見つけた。
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【フロ】FLO初心者雑談板【初心者歓迎】 part7
・ここは雑談板です。
・好きな話題で盛り上がりましょう。
・マナーのない発言や、暴言などは通告対象になるので気を付けましょう!
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52:バロス
チュートリアルを飛ばした結果、無事わい死亡。
53:ティール
>>52 お前……
54:キリア
>>52 うわぁ……
55:リスケ
>>52 あっ……
56:バロス
しょうがないだろ!? でもこんなとかきいてねーから!?
57:彼方
>>52 チュートリアル飛ばしてるから聞いてないのは当たり前なんだよなぁ。
まぁでもチュートリアル見てる見てないに限らず無理って人はとことん無理らしいね。他の板でも炎上かってレベルで戦闘の難しさで騒いでる所もあるし
58:セリ
まぁそれでも経験値を貯める方法は戦闘だけじゃ無いみたいだし、やりようはそれこそ無限大にあるのがやっぱりFLOのすごいところだよねー。
59:水菜ちゃん
あっ、そういえば私神官プレイしてるんですけど、戦闘してなくても、メンバーを回復してるだけでレベル上がりましたよ! これって新発見ですよね!?
60:エビロー
そ、そうなのかぁ!
(絶対に)
61:黒糖
す、すごいなぁ!
(既出なんて)
62:ジーク
し、しらなかったなぁ!
(言えない)
63:水菜ちゃん
思いっきり言ってるじゃないですかぁ!?
64:太郎太郎
見事な連携にワロタ
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「これだ……」
まるでそれは、天啓にも思える閃きだった。
戦わないが、それでもモンスターと戦うような臨場感を得つつ、しかし確実にレベルを上げる方法。
これだ。これしかない。
呟きながら、ライトはメニューをタップしある画面を立ち上げた。
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Name:ライト Sex:男
Job:冒険者
[新人天上人]
Lv:1
STR:18
DEX:11
AGI:22
VIT:15
MID:6
LUK:3
Skill:無し
SP:30
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何の変哲もないその初期ステータスを見て、ライトは薄く笑みを浮かべる。
「そして、これをこうして……こうじゃ!」
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Name:ライト Sex:男
Job:冒険者
[新人天上人]
Lv:1
STR:18
DEX:11
AGI:52
VIT:35
MID:56
LUK:3
Skill:聖属性魔術:Lv1[ヒール]
SP:0
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その結果生まれたのがこのステータス。
そう。このステータスでライトがしようとしているのは、
「辻ヒールプレイヤーの完成だ!」
辻ヒールとは、辻斬りと呼ばれる戦国自体あたりから存在する、場所を問わずに問答無用で人を切り捨てる武士などから生まれた言葉である。
語源からして印象が悪いが誤解はしないでほしい。では辻ヒールは何なのかといえば、問答無用に相手を回復させるのだけなので99%位は感謝されてもおかしくない行為である。実際ライトはそれをされて嫌だと思ったことはない。
そしてキモはここからである。なぜここまでAGIを上げたかといえば、ライトはコミュ症である。知らない人に自分から話しかけるという行為は、小学校低学年で卒業した猛者なのだ。そんな人間が「ヒールしましょうか?」という長文を人に聞かせるとか死んでも無理。絶対に無理。
「だからこそ、ここで敏捷値が光る……!」
そう。
ヒーラーではなく、辻ヒーラーなのだ。
ヒールして、即逃げる。
そうすれば人とコミュニケーションも必要ないし、勝手にヒールをして逃げて、また別の人へというコミュ症にも優しい設計となっている。
「う、うはは……ふひっ……ふへへ……」
完璧だ。完璧すぎる。お母さんお父さん。あなたの息子はいま最高に光り輝いてますよ。
肩を震わせながら一人にやけるライトの姿を、周りのプレイヤーはヤバいものを見る目で見ていた。
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