初の戦闘
角兎は、此方を一瞥した後、少し助走をつけて突っ込んできた。十中八九、あの鋭い角で突き刺す為だろう。しかし驚いた。自分が怖くないのだろうか。二号戦車は戦車の中では小さい方だが、人間よりかは確実に大きいのだ。オマケに現代の車と違ってエンジンの音が煩い。野生生物だったら驚いて逃げる筈だ。
世には対戦車犬なるものが存在する。内容は犬の背中に爆弾を背負わせ、敵戦車に特攻させるというもの。だがこれは扱いの難しい代物であり、戦車が走行する際に出す激しい騒音に怯えて逃げ出したり、最悪の場合だと自陣に逃げ戻ってきて、そのまま自爆するなど、優秀な兵器とは到底言えないものだった。
訓練を積んだ犬ですら怯える戦車。それに始めて遭遇するにも拘らず、この角兎は突っ込んでくるのだ。成程、説明文の”好戦性と身体能力は兎の枠を超えている”というのも納得だ。確かに枠を超えているな。
初撃は甘んじて受ける。相手と自分の性能差を知りたい。装甲に穴が開くなら次からは砲撃で、穴が開かないなら・・・轢こう。弾の節約だ。
10m程あった彼我の距離を瞬く間に詰めてきた角兎。現実の自分だったら回避するのは困難だろうが、今の自分は戦車である。味方歩兵の楯となり、無敵である事を義務付けられた存在である。初歩で躓く訳にはいかない。
鋭い角が装甲へ突き立てられる。が、其処で終わった。重量と速度から産み出されたエネルギーは確かに力強く、鉄板程度ならば容易く突き破っただろう。だが、二号戦車の正面装甲は30mm、20mm、35mmの装甲板で構成されている。更に材質は均質圧延鋼装甲だ。高強度と高靭性を兼ね備えたその装甲は、焼き入れされた表面硬化装甲に比べれば軟らかいが、不純物が少なく割れにくい。
何が言いたいかと言うと、二号戦車を構成する鉄板は、鉄板は鉄板でも近代の技術で作られた鉄板であるという事だ。
鉄板に突き立てられた角は、普段は鋳造などで作られた”量産品”の鎧や楯を突き破ってきたのだろう。だが、自分の装甲はそこ等の”量産品”とは違う。突き破るつもりで突き立てられた角の先端は虚しく砕け、装甲を突き破る為のエネルギーはそのまま衝撃となって兎へ還り、グギッっと嫌な音が首元から漏れる。
角が砕け、首が曲がった角兎が地面に落ちる。角兎の頭上に赤いゲージが出てきたと思ったら、それが瞬く間に黒い表示に変化する。それと同時にピクピクと痙攣していた角兎はその動きを止めた。
動かなくなった角兎の体が、白く光る粒子に身を変え、そしてバラバラになって消失した。角が当たった場所がやや凹んでいた。
・・・弱い!弱すぎるぞ角兎!何だそれは!戦って死ぬなら兎も角、自分の攻撃が原因で首が折れるとか情けないぞ!?いや待て冷静に考えてみろ。幾ら角が生えているとはいえ所詮は兎だぞ?戦車の装甲を貫ける筈がない。そうだな、こう考えると納得が行く。所詮は兎なのだ。人用の鎧や楯なら突き破れても、戦車は無理だった。それだけの事だ。
しかし、被害が出ないなら角兎相手にわざわざ主砲を使う必要は無いな。轢き殺すか。あ、だが練習はするべきだな。いざという時に外したら洒落にならない。遠くにいる目標は、主砲と機銃を使って倒すとしよう。
望遠を発動し、索敵を開始する。うむ、北の方角にまだまだいるな。兎の他には・・・犬みたいのが複数草むらに隠れている。群れで行動しているのか。・・・成程、狩をしているのか。目標となっているのは角兎だな。数は4匹だ。
草むらに低い姿勢で潜伏している犬は、兎を包囲する様に展開しているな。大体二つの部隊に別れている様だ。一つは少数、もう一つは多い。数が多い部隊は広く半円上に展開しており、その反対側に少数の部隊が位置している。・・・成程、追い込み漁だな。少数が追い立てて、大勢が潜伏している方向へ追い詰める。後は包囲し目標を撃破する、というやり方だな。中々に頭の良い戦い方だ。
少数部隊が動き出した。草むらから飛び出て大声で吠え出す。数は2匹。突如現れた外敵に驚いた角兎は、そのまま反対側の多くの犬が潜伏している場所へ逃げ出す・・・と思いきや、吼える2匹の犬へ突っ込んでいく。1匹にそれぞれ二つの角が突き刺さり、赤い液体が飛び出る。血を浴び赤く染まった角兎は、己の角を犬から抜き取り、地に伏した犬を一瞥した後、何処かへ行ってしまった。
・・・弱いといったが、前言撤回しよう。あれは強い。特に数が多かったら酷い事になる。己より大きな戦車に突っ込んできた事から考えるに、恐らくどんなものが相手だろうと突っ込んでくるのだろう。もしあれが多くの群れを引き連れてきたら・・・恐怖を感じない”数”との、互いを削りあう消耗戦となるだろう。
仲間をやられ、獲物を逃がした犬達が草むらから出てきた。どうやらまだ生きているらしく、2匹の元へ集まっている。悲しい鳴き声が聞こえる。・・・悲しんでいるのだろうか。そうだとしたら、仲間の事を想えるAI、か・・・。悲しいが、これが自然の摂理だ。弱者は破れ、強者のみが生き残るのだ。
・・・だから自分が纏めて屠る。砲塔を旋回させ、主砲を照準する。弾種はHE弾を装填する。HE、簡単に説明すると爆発する砲弾だ。普段はAP弾、貫く為の砲弾を使うが、今回の目標は装甲化されていない軟らかい目標だ。爆発で纏めて消し飛ばす方が効率が良い。
旋回が終わったら、砲身を昇降させる。当然だが、砲弾は重力に引かれて最後は大地へ落ちる。ボールを投げたら、放物線を描いて落ちるのと同じだ。衛星の様に、落ち続けているものは例外だが。
砲身をやや上に向け、主砲で射撃を開始・・・ではなく、まずは機銃で射撃する。砲身と同軸に装備された機銃、MG34は、毎分800~900発で、とても連射速度が速い。1秒に約13発発射している計算になる。それを少しだけ射撃し、飛んでいった弾丸と、それに混じる曳光弾・・・光る弾丸から距離を図る。勿論正確には測れない。大体だ。
犬達の少し手前に着弾し、土煙が立ち上る。もう少し上の様だ。初めて耳にする銃声と現象に硬直する犬達。何が起こっているか判らないのだろう。
主砲のやや上に向け、次は主砲で射撃する。本来は照準器にあるシュトリヒというものを使えば距離が判るのだが、面倒なので感覚で撃つ。まぁ、実戦ではシュトリヒで計算している暇なんて無いから、今の内に距離感を掴んでおきたい。
主砲がテンポ良く連射する。二号戦車が搭載している砲は、正確に言うと砲ではなく機関砲。砲と違い、連射できるのが特徴だが、砲に比べると威力が無いのが欠点である。だが、あの犬相手なら十分な破壊力である。
発射されたHE弾が、吸い込まれる様に犬の群れに飛び込む。あるものは近くに着弾し、あるものは犬に直撃する。それぞれがやや違う場所に着弾したが、産み出した結果は大体同じ様なものだった。信管が作動し、HE弾が爆発する。爆発によって犬達は吹き飛ばされ、砲弾の破片が肉体を引き裂く。吹き飛ばされた犬達は骨が折れたり、体が引き裂かれたりと、まだ生きている、という悲惨な状態に変わり果てた。
これで終われば、生き残れたから幸運だった。だが、二号戦車の主砲は連射が効く機関砲である。更なる追撃が、雨の様に降り注ぐ。HEの雨は辺り一体の土地をひっくり返し、草を薙ぎ倒し、爆風と破片の嵐を起こす。晴れた空の下、その一点のみは地獄と化していた。
立ち上った土煙が晴れた後には、何も残っていなかった。唯一見えたのが、白く光る粒子だった。
終わったか。・・・何故だろう。凄く虚しい。理由は何となく判るが・・・解せぬ。
”レベルが上がりました”
お?ウィンドウが出た。うむ、メニューのステータスから確認できるだろうか。取り合えずメニューを開こう。
パンツァー 二号戦車F型 lv 2
攻撃力 2cm kwk 30機関砲
7.92mm MG34機関銃
砲塔装甲 正面30mm
側面15mm
背面15mm
上面10mm
車体装甲 正面30mm・下部35mm
側面15mm
背面15mm
上面15mm
速度 40km/h 140ps
重量 9.50t
・・・これステータスじゃなくて性能だろ。武器の名称とか、装甲の数値とか全部本物の二号戦車F型と同じだ。そう、全く同じだ。レベルが上がったにも拘らず、全く同じ。
lvが2に成ってるって事は、レベルが上がったって事だろう。が、二号戦車F型の性能と、このステータスを比べると上がった箇所はどれ一つない。え、もしかしてレベル上がってもステータスは上がらないのか?いや、冷静に考えてみろ、戦車のレベルが上がったからといって、装甲が厚くなる訳が無いし、主砲の口径が大きくなる筈もない。なったらファンタジーだ。あ、この世界自体がファンタジーだったな。
ファンタジーなら有り得るかもしれないが、実際の所ステータスに変化は見られない。これから推測するに、レベルの上昇がステータスの上昇とはイコールの関係ではないのだろう。
では何が向上したと考えるべきか。・・・熟練度だろうか。もしくは次のステップまでの段階を示しているのかもしれない。このゲームも他のゲームの様に、特定レベルまで到達したら進化とか派生が存在する可能性は否定できない。まだ情報が無いからな。
うむ、取り合えず、レベルは熟練度と仮定して行動するとしよう。そうと決まったからにはレベル上げだ。幸い、この辺りの敵では自分を倒す事はできない。安心してレベル上げが出来るな。
前進する。北西に向かう針路を取り、街から離れる。西側は森だったから、北西にも森がある筈だ・・・多分。
まぁ、暫くは緑の草原が続くだろう。兎や犬を撃破しながら進むとする。
北西へ向かい30分程経った頃、森を見つけた。まだ離れているが、針葉樹林と想われる。針葉樹林か・・・北西へ向かう針路だが、一応北上している様なもの。段々寒い場所へ向かっている様だ。街はもう見えなくなり、辺りにはプレイヤーは勿論、NPCも含め誰一人見えない。余り遠くまで来たつもりは無かったが、実際はかなり離れていたみたいだ。恐らく自分が戦車なのが原因だろう。
人は一定の速度を維持し続けるのは難しく、途中途中で休憩を挟む必要があるが、戦車は一定の速度で進むのは容易い。また、現実では戦車を操縦する搭乗員が疲労する為、戦車でも休憩の必要性が付き纏うが、自分は戦車自身である。更に整備の必要も補給の必要も無い。そうなったら戦車は壊れるまで延々と稼動できる。文字通り止まらず休まずで進軍を続けていたから、こんなに遠くまで来られたのだろう。
進みながらも敵mobを撃破していた為、レベルは6になった。が、ステータスに変化は見られない。対し、体の動きや反応は良くなった気がする。これは熟練度と見て間違いないだろう。
さて、そろそろ一人プレイモードを解除しよう。ここまで来たら、プレイヤーとの遭遇確率も減る筈だ。肝心なのは、遭遇確率が0では無い事。突然現れても、「何あれ?」という反応が多いだろう。だが、事前に「戦車のモンスターらしきものが居るらしい」という噂があれば、登場の際に「あれは噂じゃなかったのか!?」って反応が増える筈。噂を知らなくても、周りが教えてくれるだろう。フハハ!全ては後の為の布石よ。
プレイヤー間で自分の存在が噂されるまでは、この森の中に篭るとしよう。街からの距離と、モンスターの強さは比例する筈。そして強ければ強いほど得られる経験値の量も多いだろう。その他の目的として、自分は戦車や歩兵、対戦車砲、戦闘機との戦闘はゲームやアニメ、小説、そして史実の情報から大体は判る。過去に起こった大戦や、紛争で産み出された戦い方は、今でも十分に通用するのだ。だが、ファンタジーなモンスターを相手にする場合の戦い方は、正直な所全く判らん。高速で動き回るモンスターや、ヘリ以上に異常な機動で空を飛ぶモンスターもいるだろう。戦車のように、硬く、尚且つ遠距離攻撃ができるモンスターも存在する筈だ。それらとの戦い方は、これから自分が考え、見つける他ないのだ。ここからが本当の戦いである。身を引き締めなければ。
パンツァー 二号戦車F型 lv 6 up!
攻撃力 2cm kwk 30機関砲
7.92mm MG34機関銃
砲塔装甲 正面30mm
側面15mm
背面15mm
上面10mm
車体装甲 正面30mm・下部35mm
側面15mm
背面15mm
上面15mm
速度 40km/h 140ps
重量 9.50t
称号
・なし
スキル
・目星 1lv
・拡大眼 1lv
・熱源探知 1lv
・音源探知 1lv
・マッピング 2lv up!
・風魔法 1lv
・火魔法 1lv
・迷彩 1lv
・隠密 1lv
・走破 3lv up!