VRの街並み
視界が白で埋められる。チュートリアルの場所へ飛ばされた感覚と似ている。違うのは、体に違和感が無い事だろう。
視界が晴れ、見える景色は全くの別物だった。
中世のヨーロッパ、って表現される様な町並みだろう。家々はドイツやフランス等で見られる木組みの家で、白や黄色、水色にピンクなどの壁を骨組みのように通る木材がとてもマッチしていた。それらの上にはレンガの屋根があり、どれもが鋭い鋭角を持つ三角形状だった。様々な色の家が立ち並んでいるが、どれも派手過ぎない落ち着いた色合いで、目に優しい建物が立ち並んでいた。
道も特徴的だ。長方形の石で作られた石畳で、反対側が遠くに見える程に幅が広かった。道の両端には小さな溝があり、其処を水が流れていた。
そして、自分の後方には大きな噴水が水の芸術を描いていた。大きな女神像と思われる石造が中央にあり、右手を胸辺りに、左手を頭上へ掲げていた。その象の右手から水が零れていて、それの落下地点にある杯らしき物へ落ちる。するとそこから霧状の水が出てきて、辺りに薄く漂っている。霧を産み出す杯の根元からは水が大量に流れていた。その水は街の東西南北の大通りへ向かい、道の中央で二つの流れに別れ、道の両端の溝へ流れていった。
薄い霧はどういう原理か判らないが、女神像が掲げる左手の平に集まり、そこから街全体へ広がっていった。
空は快晴だが日差しはそれ程強くない為暑くは感じない。女神像から出た霧が街全体へ広がっていたが、あれが原因だろうか。理由は判らないが、程よく水分を含んだ空気が最高に清々しい気分にさせる。街は活気に溢れ、人の声が絶え間なく聞こえる。そのどれもが活発で明るいだ。断言する。この街は良い。確実にだ。
そして自分の周りには明らかにNPCには見えない人達が沢山いる。頭上に青の表示があるのは・・・ゲーム側の住人に見えるな。逆に、緑の表示の行動はまんまプレイヤーのそれだ。皆、例外なく周りの光景に呆然としている。本当に一人プレイなのだろうか?・・・いや、自分がここにいるのに騒ぎに成らないという事は、自分は彼らには見えていないからなのだろう。
触れるなどの行為も出来ない様だな。先程プレイヤーが自分の中から出てきたのだ。入っていたとかではなく、出てきた。恐らく同じ位置に現れたのだろう。うむ、どうやら一人プレイモードはちゃんと機能しているらしい。
さて、何時までも此処にいる訳には行かない。そろそろ行動に移ろう。
ギアを1速に入れ、前進を開始する――
『ようこそ!Test Worldへ!』
・・・何やら始まった。放送の様な音質の声だ。恐らく、運営か何かだろう。停車する。
『皆様には、テスト期間中にこのゲームをとことんプレイして頂きます。それ至って、最終的な目標をお伝えします』
「目標だって?」
「そんなのあったか?」
「いや、俺は聞いてないぞ?」
「一体何なの?」
周りのプレイヤーが小声で話すのが聞こえる。
目的?そんな情報は無かったのだが・・・今始めて出たのだろうか。クリアしなければいけないのなら場合によっては辛いのだが・・・。
『目標というのは、最後のサーバー戦です!』
「サーバー戦?」
「戦争でもするんじゃね?」
「いや、モンスターの討伐数かもしれないぞ」
サーバー戦?・・・戦争しか思い浮かばないな。数が数だからな。魔法が飛び交い、剣やら斧やらでの乱戦が容易に想像できる。
『このゲームのテストに参加したプレイヤーは、10の集団に分け、それぞれ専用のサーバーにてゲームをして頂きます』
「俺ら以外にも、別のサーバーでやってる奴らがいるって事か」
「嘘・・・じゃあ一緒に出来ないよ・・・」
「お、おい。大丈夫か君?」
あぁ成程。現実の自分がいる建物の、入り口上部の”6”の数字はそういう事か。つまり、自分は6番目のサーバーにいるという事か。
『最終的に、それぞれのサーバーの皆様を一つのサーバー内に集合させ、サーバー間で競い合って頂く予定です。尚、サーバー間での情報交換は出来ない為、正しく未知との遭遇となるでしょう』
「部屋から出られないのは情報交換できない様にする為だな!」
「成程、それなら納得できる」
ほう、それは楽しみだ。一体何名で対戦するのだろうか。最低でも千人はいる筈だ。そんな大人数によるサーバー戦。とても楽しみだ。それに相手の手段が不明なのが怖いが、それも楽しむ点だろう。
『競う内容は然るべき時に発表しますので、楽しみにしてください』
「そ、そこでそれかよ!」
「勿体ぶるなよ!気になっちまうじゃないか!」
「期待させてもらうからな!」
「おいィ?」
周りが騒ぎ出す。うむ、自分もそんな気分だ。肝心な部分は秘密。これは上手いな。これは期待せざるを得ない
『では、皆さんの良いゲームライフをお祈りいたします!』
そこで放送は終わった。
「行くぞー!」
「誰かパーティー組みませんかー?」
「楯募集!」
「へいそこの君、パーティ組まないかい?」
「魔法職カモーン!」
放送が終わると同時に、周囲がとても騒がしくなる。皆やる気満々だな。自分も負けてられないぞ。ここにいても、自分は会話出来ないから意味が無い。早速だが、戦闘をしに行こう。
気を取り直して、ギアを1速へ、前進する。機動輪が回転し、履帯が巻き取られ、体が前に押し出される。キュラキュラと鳴る履帯の音が心地よい。
補給が要らない自分は、多分滅多に帰ってこないと思う。だから、ゆっくり街並みを見ながら移動しようか。
ミニマップのスキルを発動させる。視界のど真ん中に、城壁で囲まれた街のマップが出てくる。街の中央には緑の点がある為、ここが現在地だろう。今いる場所が街の中央で、北へ続く道を行くと草原に、東の道を行くと荒地、南は港に出て、西は森かに繋がる様だ。そうだなぁ・・・よし、北に行こう。まず南は論外だ。戦車は水に浮かん。西の森は、木々の間を通らないと行けない為、戦車の運用に向かない。以上の理由から北か東の二つに絞られた。後は、何となくで北を選んだ。
マップのサイズを調整し、視界の右下に配置する。よくやるテレビゲームでは、ミニマップは大体此処にあったから、見慣れてて良いな。
北へ続く道をゆっくりと進む。道に面している場所は、始めは大型のお店が多かった。室内に商品を並べており、剣や槍、斧などが並べられている武器屋、鉄製から布製まで幅広い防具を売る防具屋、杖や本、水晶やらよく判らないものがショーケースに飾られている魔法店、様々な雑貨が売られている万屋などがあった。それ以外にはレストランはカフェ等の飲食店が多く見られた。何かの企業の元締めと思われる建物や、銀行と思われるものも立ち並んでいた。成程、ここには様々な命令系統が集中しているんだな。
京都の様に碁盤の目になっているらしく、中央から十字に伸びる大通りを中心に、中位の通りと等間隔に交わる。その中位の通りにも、飲食店や何かしらに企業のものと思われる建物、ホテル等の建物が立ち並んでいた。何処か、過去の都会の様な印象を得る街並みであるな。ファンタジーだが、かなり発展していると見ていいだろう。道を見れば判る。糞尿が何処にも見当たらないのだ。下水道が完備されていると見て間違いないだろう。
マップで、北の出口の門と中央の丁度真ん中辺りになると、あちらでは家具を、こちらでは食べ物を、そっちでは雑貨をと、様々な商品が売られており、商売が盛んだと思われる場所になってきた。また、この辺りから大通りに比べ細い道が現れ始める。恐らく住宅街に繋がっているのだろう。中央地が騒がしく活気に満ちているのに対し、この辺りはとても穏やかだ。中央部は緑が少なかったが、ここらは緑が多い。街路樹も勿論だが、途中途中で公園の様なものが見えていた。人々が生活を営む場所だからだろう。
後少しで門に着く頃になると、建物に変化が現れる。今までの木組みの建物から、石作りになっているのだ。立ち並ぶ店の種類にも変化がある。野菜や果物を店先に並べ、見易くしているお店や、特産品を売っている店、宝石や指輪、ネックレス等に高級品をショーケースで飾るお店と、中央や住宅街とは全く雰囲気が違う。恐らく、石造りが多いのは外壁に近いからで、商品を見やすい置き方にしているのは街の外から来る人達に売り込む為だろうな。南の港だったら魚とかが並んでいるのだろう。
また、宿やギルドと思われる建物もあった。冒険者やプレイヤーを相手にするのだろうな。
さて、ついに門に辿り着いた。1速だったから時間がかかったが、街自体はそれ程の大きさじゃないみたいだ。大体・・・どれ位だろう。比較対象が思いつかないのもあるが、大きさが掴めない。少なくとも現実世界の首都や国には及ばないだろう。この街は城壁都市の様な物だから、それ程大きくは無いと思うが。
で、自分は城壁の最も要所である門に来ている。とてもでかいな。何メートルあるだろうか・・・ん?どっかで見たことがあるような・・・なんだったか・・・あぁ!ブランデンブルク門だ。6つの長方形の柱が特徴的なブランデンブルク門にそっくりだ。だったら高さは大体26m辺りだろうか。ほぉ・・・ん?これ防衛に使えるのか?蓋出来る構造じゃないし・・・まぁいいか。実際に攻められれば判るだろう。そんな方法で判りたくはないが。
この門から先は、生命の保証が出来ない危険な地である。街周辺は初心者の為のモンスターが主な敵として出現すると思うが、自分はその更に先で戦闘をする予定だ。身を引き締めよう。
目の前には広い草原が広がっている。ゆっくりしていた為、自分より先に此処に着いたプレイヤー達が所々に見える。望遠で見てみると、兎の様なモンスターと戦っていた。それ程強そうでは無いな。
さて、自分も急ぐか。狩り尽くされはしないと思うが、数は少なくなる。減る前に倒してみよう。ギアを2速へ、そして3速へ入れる。当然だが、1速に比べるととても速いが、最大の6速に比べると遅い。まぁ、速すぎると却ってやり難いから、この位が一番やりやすいのだ。
いた。あれだな。視界には、ひたすら草を食す兎の姿がある。始めは動物かと思ったが、頭上に赤い表示があるからモンスターだろう。
10m程まで近づくが、まだ此方に気付かない様子だ。一端ここで停止して、目星を使って観察する。何事にもまず情報からだ。
・角兎
見た目こそ角が生えただけの兎だが、好戦性と身体能力は兎の枠を超えている。舐めてかかった新米が、その角に胸を抉られる事件が起こるのは何時もの事である。
角?・・・あぁ、確かにあるな。額に5cm程の小振りな黄色い角が見える。あれで敵の肉を抉る訳か。
観察に耽っていると、食事が一段落着いたのか、此方に気づいたようだ。さて、初めての戦闘である。負ける気はしないが、気を引き締めていこう。何事も初めが肝心だ。