ゴブリンキングの大攻勢その4
ゴブリンキングは焦っていた。それはもう相当焦っていた。
序盤は圧倒的に有利な状況だった。敵はまともに統制が取れてなく、ただただ突撃してくる為、それを千切りとって孤立させれば、あとは後続がすり潰すだけだった。
だが、状況は一転した。後続の主力は、四号戦車の奇襲によって極度の混乱状態に陥り、ゴブリンキングも、とあるプレイヤー達によって停止した。
「中々やるじゃないか」
「三人がかりですけどね」
「一人でも欠けたら直ぐ負けるよなー」
剣と槍、そして盾を装備した三人のプレイヤー。そう、剣戟と蜻蛉、そしてケンロウの三人である。この三人に、ゴブリンキングは苦戦していたのだ。
剣戟と蜻蛉は、ゴブリン捜索の依頼を受けた後、ゴブリンの集団と遭遇した。それを壊滅させ、依頼を達成させた直後にゴブリンの襲来のアナウンスを聞いた。そして、ちょうど居合わせた、ケンロウと臨時にパーティを編成し、現在に至る。
「出遅れたから戦果が心配だったが、こいつなら十分だな!」
「十分過ぎる所か手に余ると思います」
「というかこれ、本当に勝てるのかっと」
ゴブリンキングの振り下ろす大剣は、ケンロウのタワーシールドの前に無力化される。それも、ただ受けるのではなく傾斜をつけて軌道を逸らしている為、振り下ろす度に大剣は地面にめり込む。
その隙を、剣戟と蜻蛉は見逃さずに攻勢に出る。剣戟は薙ぎ払い、蜻蛉は突き出す。それらの攻撃を、ゴブリンキングは防具のある部位で受け止める。そしてその一瞬の間にめり込んだ大剣を抜き取り、その勢いをそのまま横方向に薙ぎ払う。それを伏せる事でやり過ごす二人。
状況は膠着していた。互いに有効打が出せずにいたのだ。
「邪魔ダ。ソロソロ折レロ」
「それはこちらの台詞だ。早く死ね」
罵り合うが、攻撃には出ない。結果が分かっているからだ。何か、現状を急変できるような何かを待っているのだ。
ゴブリンキングは考える。既に魔法によるドーピングは切れており期待できない。引き連れていた50の精鋭は作戦遂行の為、他プレイヤーの討伐へ向かわせた。周りのゴブリンも、前線の1000プレイヤーとの戦闘で忙しいから、支援は望めない。そしてその魔法を使えるリッチの支援も望めなかった。
「魔法が一番ですよ!火力も範囲も自由自在!効果も多種多様で銃なんかより万能です!」
「いいや銃が一番だ。安定した火力に優秀な精度、そして何より訓練すれば誰でも使える。時代は銃だ」
「アァ面倒クサイ!早ク倒レロォ!」
魔法使いと銃使いに、ゴブリンリッチも苦戦していた。
両者、戦闘距離が遠距離の為、互いに離れて撃ち合っている。本来なら、リッチがレベル的にも技術的にも上回っているのだが、状況は違っていた。
リッチは、相手の魔法を受け止める為の障壁の展開に、リソースの大半を使っていた。理由は、銃弾である。
魔法というのは、詠唱という工程を終えた後に発動する。その為、発動までに時間がかかるのだ。故に、魔法使い同士の戦いなら、大抵はどちらが先に魔法を発動させるか、もしくは同時に複数の魔法を使えるかで勝敗が決まる。だが、この魔法使い同士の戦いに、銃使いという、魔法使いからしたら外道が現れたのだ。
銃というのは、知っての通り速射性に優れる。勿論、速射できない銃もあるが、今この場にある銃はリボルバー式であり。速射性は十分にある。その為、リッチへ6発の弾丸が間を置かずに次々に撃ち込まれるのだ。
銃というのは、火薬の爆発によって生じる燃焼ガスによって、弾丸を飛ばしている。その為、弾速は当然ながら音速を超える。そんなものが飛んでくるのだ、防御しない訳には行かない。リッチは、その弾丸を無力化する為に障壁を展開しないといけなかった。
しかも銃使いは一気に6発撃つのではなく、2発だったり5発だったり、途中でリロードを混ぜて残弾数を悟らせない。そして常に射撃する。その為、リッチはただ展開させるのではなく、常に展開させなければならなかった。
これはやられた側からしてみれば面倒極まりなく、当然、どうにかしようとする。が、
「させません!」
「魔法の汎用性は認める」
「でしょう!魔法は最強なんです!」
「それは違う」
相手も魔法使いである。それならば当然障壁を展開できる。しかもリッチは障壁を常に展開させている為、使える魔法の威力は低い。その為、相手の障壁を破りに至らなかった。
そして魔法使いも攻撃に移るが、それはリッチの障壁で無効化される。こちらも、有効打を出せずにいた。
つまり、どちらもどうしようも無かったのだ。
だが、戦況はそんな二つの戦闘を無視するが如く変わっていく。何故なら、
「全軍、前ヘ!突撃セヨ!」
ゴブリン軍の主力を指揮する、ゴブリンナイトが、全軍に突撃を命じたからだった。
ゴブリン軍は、前後を挟まれていた。前にはプレイヤー4000、後ろには”鉄の化け物”1、である。正面のプレイヤーは正直、問題にはならなかった。統制は取れてないし、4000とはいってもそれは少し前の事で、各個撃破と包囲殲滅を兎に角やり続けた結果、今は1000程しかいない。
問題は後方の”鉄の化け物”であった。鉄の化け物は圧倒的な火力を備えており、ゴブリンを全く寄せ付けない。その為、たった1であるにも拘らず、ゴブリン軍をどんどん撃破していくのだ。
その様は、ゴブリン達のトラウマを刺激した。たった1つでゴブリンの街を壊滅させた、とあるモンスターを思い出させたのだ。
鉄の化け物と接している後方を基点として、全軍に鉄の化け物のプレッシャーが広がっていく。そのプレッシャーは混乱を呼び、士気と指揮の低下を引き起こしていた。
どうにかしなければいけなかった。だが、原因を取り除くのはとても難しかった。ならばどうするか。その原因からできうる限り離れるほか無い。どこに行けば離れられるか?前である。前進すれば離れる事ができるのである。だから、ナイトは前進を命令したのだ。
幸い、進路上には壊滅状態のプレイヤーがいるだけであり、街までの進路上に障害物は一つもなかった。何も問題は、無かったのだ。
街の防衛戦力を除いては。
「投石用意。初弾、鉄鋼弾」
「弓兵、矢をつがえよ!カタパルト!油用意!」
「俺達も準備だ!」
街の戦力は2000のNPC軍、1000のPC軍である。
2000のNPCは、集団で戦う事を前提とした訓練を受けており、集団での戦闘力はPCを上回る。主力は弓兵であり、また街の防衛を主目的としている為、2000中1000を弓兵が占めていた。残りの1000は、500をカタパルト、残る500を槍と盾で武装した、白兵戦兵となっていた。
対しPCであるが、1000中、約800が後衛職だった。そして残る200が前衛職である。何故後衛職が多いかというと、先に突撃した4000のPCに、前衛職が多かったからだ。突撃する訳だから、後衛職のように余り身体的能力が高くないPC達は、面倒がって、もしくは援護できないからとここに残ったのだ。
その残った800の後衛職の内、とある31名の、軍服のような服装で統一されたその集団は、他プレイヤーとは変わった武器を装備していた。
後衛職の大体は、杖や弓を装備している。それ以外となると投石器等であるが、それらは少数であり目立たない。だが、その集団は、31名中26名が投石器を装備していたのだ。それも、ただただ装備するのではなく、城壁の上に横一列に幅広く展開し、投石器を振り回しても当たらないよう間隔が開かれていたのだ。
そして、投石器を装備した26名が、隊長と思われる一人の指示で、同時に投石器を構えだしたのだ。
まるで軍隊のようなその統一感に、他PCには異様の、NPC、それも隊長や司令官クラスからは、期待の目線を向けられていた。
PCはまぁ、普段このようなガチな雰囲気の集団を見慣れていないからだろう。だが、NPCの目線には意味があった。統一感が全く無いPC軍の中で、唯一まともな統一感があるのだから、当然である。
実は、NPC軍の参謀が、各PC集団の代表と接触しているのだが、どの代表も軍事的に素人だったのに対し、この集団の代表は問題ないとの判断が下されたほどである。他の集団とは一味も二味も違った。
そんな異様な集団の実力が、これから直ぐに、発揮されるのであった。
「報告。”敵軍の全域に大きな動き有り、攻勢と思われる”。以上」
「戦車から逃れるか、それとも早期決戦か。どちらにしろ、迎え撃つには変わらない」
「やれる事は全てやりました。何も問題はないかと」
「NPC軍を見て回りました。我々以上の戦力と練度です。正直、我々がいなくてもNPCだけで勝てます」
「そうか」
その集団の隊長、砂狐は部下の言葉を聴き、頷く。そして、
「だが、どうせなら我々も戦果を挙げたい。戦果は、挙げれる時に挙げるものだからな」
「全く持ってその通りです」
「おこぼれに与る訳ですな」
「そういう事だ」
「・・・ゴブリンの動きが変わったな」
「攻勢に出たのでしょう」
「どちらにしろ、こいつを倒せば終わるだろー」
「ナイトノ奴カ」
ゴブリンキングは現状を好意的に捉えていた。指示せずとも、己が望んだ通りに動いた己の部下の存在を感じ取ったからだ。そして、己が居なくとも、目的を達成する為に行動できると察したからだ。
つまり、
「コレデ、我モ、イヤ、俺モ本気ヲ出セル」
ゴブリンキングが死んでも、軍は動けるという事だった。
「何っ」
「まだ本気じゃなかったんですか!?」
「ちょっ、重っ!」
ゴブリンキングの動きが変わった。今までは死なないように、傷つかないように、防御寄りの戦いだった。だが、それが防御を捨てた攻撃一辺倒なものに変化したのだ。だが、がむしゃらな動きではない。
剣戟の繰り出した薙ぎ払いを、ショルダーアーマーに食い込ませる事で動きを止め、そのままショルダータックルで吹き飛ばす。左脇腹へ突き出される槍を、左腕で挟む事で無力化し、体を回転させ、槍を離して吹き飛ばす。
「強いな」
「危ないですね!」
しかし、剣戟達は倒れない。ショルダータックルを受けた剣戟は、自ら後ろに飛ばされる事で威力を抑えて軽やかに着地し、蜻蛉も同じく着地に成功した。
「フゥン!」
「危ないなっと!」
ゴブリンキングの追撃は、ケンロウのタワーシールドによって完全に受け止められる。幾らキングの豪腕から繰り出される攻撃とはいえ、タワーシールドという質量の前には無力化される。だが、
「タワシでも押されるのか!」
無力化されても、その衝撃はしっかり伝わる。ケンロウの体が、タワーシールドと一緒に、やや後ろに押されたのだ。
「これは不味いな」
「不味いですね」
「やばいなー」
「ソノ割ニハ、余裕ソウジャナイカ」
危機感満載のその言葉。だが、それらを口では言っているが、その顔には全く、危機感は無かった。
後方では、未だに砲撃と、機銃音と、軍歌の音が響いていた。その音色は、プレイヤー達にも、届き始めていた。
『
設定が完了しました。再生ボタンを押して下さい。
一番リピート
効果 士気向上
』




