種族は何に?
「・・・この部屋だな」
8階の、端から8番目・・・この部屋か。お、番号があるな、どれ・・・”1851508040”だな?・・・うん、間違ってない。ノブを回し、入室する。
その部屋はとても質素だった。大きなベッドと、机があるだけ。後は恐らくトイレとお風呂へ繋がると思わしき扉があるのみだった。窓は無い。テレビはある。本当に質素な部屋だな。まるで病室のようだ。
む?このベッド・・・あぁ、これがその装置か。入ってから気づいたが、ベッドの枕元に黒を基調としたヘルメットのような装置がある。これがVR機器だろう。それに繋がっているコードは、ベッドの側面から伸びている。コードが差し込まれている場所の直ぐ横には、何やらピカピカと点滅している。うむ、如何にもといったデザインだな。これがVR機器で間違いないだろう。そんな雰囲気がする。
テレビは始めから起動しており、船や城、森や湖の映像を背景に、”開始時間は1時間後です”とメッセージを浮べている。成程、一時間の間に身を整える必要があるな。
リュックの中から着替えと本、プラモデル、その他諸々を出す。着替え以外は暇つぶし用である。着替え以外を机に置き、お風呂へ繋がると思われる扉へ向かう。早くシャワーを浴びたい。
シャワーを浴びた。裸体に張り付く水滴をタオルで拭う。
「・・・鍛えるべきだろうか」
妹と違い、自分はこれといった運動はしていない。部活はしていないし、筋トレとは無縁の生活を送ってきた。登下校を運動というなら否定は出来ないが、あの程度で運動とは言えないだろう。
男にしては細い己の体から大体の水滴を拭き取り終えた。壁に備え付けられたドライヤーを取り、起動させ髪を乾かしていく。自分の髪はどちらかというと長い方だが、女性よりかは短い。いや、偏見だろうか?言い換えよう、ロングの女性よりかは短い。当たり前だな。だから速く乾く。・・・今更ながら切りたくなった。だが夏休み中はテストで出れない。困ったな・・・いや、サービスの内に美容関係もあった筈。散髪程度なら出来るだろう。
着替えを着込み、ベッドに腰掛ける。テレビの表示は一時間から30分に変化していた。まだまだ余裕があるな・・・。本を持ってきて良かった。30分程度なら十分だろう。
『どうも皆さん。1時間経ちました。これよりゲームを開始します』
1冊目を読み終わり、2冊目に突入していると、テレビから声が聞こえてきた。やっとか。待ちくたびれたぞ。
『これよりVR機器の装着方法を説明します。といっても、とても簡単です。ベッドの枕元にある、ヘルメットのようなものを被るだけです』
ふむ、やはりか。・・・再度確認して思ったが、バイクとかの、フルフェイスヘルメットを想像していたのだが、どちらかと言うとボクシングとか着けているあの・・・何ていったかな、取り合えずあんな感じのに似ているな。
黒で塗られたそれを持ち上げ、頭に装着する。
『これを装着し、ベッドに横になってください。そして出来るだけ楽な姿勢になってください』
仰向けで良いかな。うむ、中々に寝心地のいいベッドだ。いいクッションを使っているようだ。低反発とやらか。
『次に、ヘルメットの左側面、耳辺りにある大きいスイッチを押してください』
えぇーと・・・これか。確かに大きいな。探していた場所全部が一つのスイッチだった。これを押せば良いんだな?。
押し込むと、スイッチと思われる部分が凹み、反発する。これに逆らわずに押し返されると、スイッチは元の位置に戻った。これで良いのだろうか。
『押しましたか?これで終わりです。簡単でしょう?』
・・・何も起きないが?
『後は眠るように意識が遠のきます。気持ち悪いかもしれませんが、次第になれますので安心してください』
お、おぉ?なんだこの感覚。船酔いのような感覚がしてきた。気持ち悪いが、我慢出来ない程では、ないな。
『では、皆様のよいゲーム日和をお祈りします』
そう、か。これが、”VR”――
『ようこそ!Test World Onlineへ!!』
ここは何処だ?さっきまで自分は・・・あぁ、ここはVRか。
目の前に妖精のような女の子が飛んでいる。サイズは10cm位か。小さいな。
「君が案内人か?」
取り合えず対話を試みる。
『はい!そうです!貴方様のTest World Onlineでの体となる、キャラクターの設定をサポートします!』
「成程、よろしく頼む」
『よろしくお願いします!!』
驚いた。最近のAIは会話が出来るのか。素晴らしい。生き物のように滑らかだ・・・。これは、機械扱いではなく、一つの生命体として接した方が楽しそうだ。まぁ、元よりそのつもりだったのだが。ゲームというのは、ロールプレイしてこそ楽しいものだと自分は思っているのでね。それに、小説やアニメでNPCに対し失礼な態度で接するキャラクターは、総じて悲しい目にあってるからな。
「まずは何からすれば良い?」
『初めは名前からです!』
その言葉と同時に、目の前に見慣れたウィンドウが現れる。ネット検索する時に使うあれ、検索欄そっくりだな。うむ、しかし。
「後から決めれないのか?種族やスキルに合わせて名前を決めたい」
見た目とかプレイスタイルに合わせた名前にしたい。防御特化なのに”疾風”とか、攻撃特化なのに”護”とかにはしたくない。・・・流石に無いと思うが、念の為。
『大丈夫ですよ!偶にいますからね、ちゃんと考えてます!』
「それは良かった」
『では、種族から選びましょう』
「あい判った」
種族か。ヒューマンやエルフ、ドワーフや獣人がメジャーだろうか。小説やアニメでは、ランダムで悪魔やら吸血鬼、天使とかがあるな。
『種族は、ヒューマン、エルフ、ドワーフ、獣人、ハーフ、ランダムの6つから選べます!』
お、ランダムあるのか。
名前入力用のウィンドウの代わりに、今度は種族が書かれたウィンドウが出てきた。どれどれ。
・ヒューマン
あらゆる事柄に適性を持つが、特化した種族に比べ成長上限が劣る。また、あらゆる種族の能力を計る際の基準となる。必ず得意不得意がある。
・エルフ
魔法適正に優れる種族だが、火は例外である。手先も器用だが、身体的にヒューマンに劣る。また、エルフは3種類に分かれており、エルフ、白エルフ、黒エルフと呼ばれ、それぞれ適正が違う。
・ドワーフ
肉体が優れる種族。手先も器用だが、それは工作に関してであり、武器の扱いに必ずしも直結している訳ではない。魔法適正でヒューマンに劣るが、一部に適正あり。また、素早さに欠ける。
・獣人
運動神経に優れる種族。力はドワーフに劣るが、ヒューマンに勝る。ヒューマンと同等の器用さを持つ。魔法適正が壊滅的。
・ハーフ
ヒューマン、エルフ、ドワーフ、獣人の内、二つの親から生まれた子供。優れた固体が生まれる場合があるが、逆もまた然りである。
・ランダム
全ての種族から、ランダムで選ばれる。上記には無い種族を選択できる可能性が生まれるが、大抵は上記の4つが出る。
成程。大体予想通りだ。ハーフとランダムを除外した、4つから選べと言われたら、自分はヒューマンを選ぶが・・・。
「ランダムを選択した場合はどうなる?出たもので決定になるのか?」
『いえ、選択肢が1つ追加されるとお考えください!』
「成程、選択肢が増えるのか。つまり、ランダムを選んでおいて損は無い、と言う事か?」
『そうなりますね』
うむ、損しないなら、試してみる他ないだろう。これは必然なのだ。
「では、ランダムを試したい」
『わかりましたー!』
ランダムの文字が光り始めた。文字の形が一端崩れ、次第に別の文字の形になった所で変化が終わる。発光が収まり、出てきたのは――
・付喪神
物に宿る精霊。魔法適正に優れるが、宿った物に適正や能力が左右される。また、成長する。
『ありゃりゃ・・・』
「ん?どうしたんだ?」
付喪神か。物に宿る妖怪だったか。それがどうしたのだろうか。
『これはですね、所謂外れって奴です』
「ほう、それはまた何故」
『えぇと、付喪神という事は、物に宿るって事ですよね?』
「あぁ」
ん?宿るんじゃなくて、それ自体が変化し、意思を持つんじゃないのか?・・・いや、向こうの世界では違いのだろう。そんなものと納得しておこう。
『ここでは例として剣に宿ったとします。果たして、その剣はその場から動けますか?』
「・・・動けないな」
『つまりそういう事です。剣は切れ味や硬さは持っています。それにプレイヤー自身なのでレベルアップで成長しますが、動く事は出来ません』
成程。如何に強くて成長する剣でも、その場から動けないなら意味がないな。うむ、納得だ。これは外れだな。
ランダムは外れか・・・残念だが仕方ない。これではヒューマンに決定だろう。
『ただ、機械仕掛けだと大丈夫みたいなんですよ』
「ん?それはどういう事だ?」
『銃を例にすると、人に引き金を操作されずとも発砲はする事は出来ます。発砲だけです。銃口を操作する事は出来ません』
機構を内蔵していれば良いのか。ただ、それ本体の向きや場所を動かす事は無理、と。
「成程・・・というか、銃は大丈夫なのか?」
『大丈夫ですよ。あちらの世界で作れない物じゃない限りOKです。一応、銃はあちらの世界で作る事が出来ます。というか作ってました。開発スタッフ達が』
「い、良いのか・・・」
作れるのか。ふーむ。こんなに大勢参加者がいるんだ。生産組も多い筈。作るのも出てくるかもな。
『ですので、私としてはオススメ出来ない種族ですね。否応無しに始めは他プレイヤーに寄生しなくてはいけません』
「確かになぁ・・・」
寄生は嫌だ。他人に迷惑をかけたくない。どうせなら、自分の足で、自分の力で何かをしたい。
ん?自分の力で?・・・あ。
「なぁ、自分の力で動ける、移動できる物だったら、人の力を借りずとも動けるんだろ?」
『んー?まぁ、そうなりますかねー』
「・・・決めた。付喪神にする」
考えが変わった。これなら上手くいくだろう。あれなら、あちらでも作れる筈だ。銃が作れてあれが作れない道理は無い。
『え、えぇ!?いいんですか!?後から変更なんて出来ませんよ?』
「構わん。これに決めた」
『・・・判りました。では、何に宿りますか?』
「戦車だ」
『え?』
妖精が口を開けて間抜けな顔をする。何か可笑しい事を言っただろうか?
『え、え?も、もう一回言ってください!』
「戦車!」
『戦車!?む、無理無理。あんな技術の塊なんて無理ですっ!あの、えっと何て言うんだっけ・・・兎に角、電子機器とかは作れません!』
「何を言っているんだ?」
電子機器?あぁ、FCSとかの事か?それを搭載し出したの最近だぞ?そんな装置は使わない。
「最近の戦車じゃない。第二次世界大戦の戦車だ!」
第二次世界大戦の戦車。これなら作れるだろう。
『えぇ?第二次世界大戦?え、えと・・・上に聞いてきます!』
妖精さんがキラリと光ったかと思うと、光の粉となって消えた。”上に聞いてきます”とって言っていたから、十中八九確認にいったんだろう。もし、本当に戦車でVRの世界に行けたら・・・やばい、笑いが止められない。楽しみだ。楽しみすぎる。
ご都合主義タグはこの為にある