ゴブリンキングの大攻勢その1
既に状況は動いていた。始まりの街外壁からは、西の方角に新たな緑が地平線となって視認できる。勿論それは植物の緑ではない。動物な緑、ゴブリンである。
数にして、約9000。1個師団弱の戦力が、始まりの街の目と鼻の先で展開していた。侵攻は、時間の問題だった。
当然、街に住むNPCも黙って見ていない。数少ない戦力を抽出し始める。だが、如何せん数が少ない。練度、実力、共にこの世界に来たばかりのPCを上回っているが、何しろゴブリンの来襲が唐突過ぎた。ましてや、普段の軍備は治安維持に必要な軍備しかない。金のかかる軍事費は真っ先に削減の対象になる為、少ない予算の元、必然的に少数精鋭となってしまった。
質こそ良いが数の少ないNPCに対し、PCは数こそあれど質がバラバラだった。上位はNPCを上回るものが居るが、両の指の数程度だ。それ以外は、大体がNPC以下だった。だが、数と持久力だけはある。何たって、死んでも直ぐリスポーンするからだ。ついでに生産職によるバックアップ体制もあった。
結果的に、質のNPC、数のPC。表向きは両者の良い点が合わさったような内容になった。だが、両者共に決定的な弱点があった。それは連携である。
NPC軍は一つの指揮の下、連携ができる。だが、PCには明確な指揮系統が無い。指揮官に当たるリーダーが複数存在し、それぞれが己に追従する者達を率いて、自由に戦う。当然、グループ同士で結託する所もあるが、大体は自由に戦う為、連携なんてあったものじゃない。当然NPCとも連携なんてできる筈が無い。
・・・果たして、こんな”烏合の勢”と、個々の能力は低くとも、”軍隊”。どちらが勝つかは判らない。だがこの時は、少なくともプレイヤーは、自分達が勝つ、と疑わなかった。
暖機運転を終えた後、直ぐに行動に移る。急いで戻らねば、戦果を挙げきれない。戦果を挙げ、一気に名を売るのだ。当初の目的の、カッコよく目立つ、の為には、このイベントで活躍するのが一番だろうからな。
走行しながら、車両の各所を調べる。うむ、何処にも異常は見当たらない。自己再生というのだろうか、付喪神の能力で、些細な損傷は勝手に直ってくれる。すっごく便利で有り難い。これは整備が不要といういう意味もあり、突然の故障、何てことも無い。
この調子なら、ゴブリンにも安心して攻撃ができるな。戦果は確実、と見ていいだろう。
このまま前進し、裏を取る。あとは暴れるだけだが、前回の失敗を反省し、突っ込みすぎないよう、主砲と機銃によるアウトレンジ戦闘に徹する。初弾で”ドレッドノート”でも撃ち込めば、相当な圧力になる筈だ。ゴブリンは数こそ多いが、戦車の前では防御力は無に等しい。肉薄させさせなければ、一方的に殴り続ける事ができる。
魔法も、正面から受け止めれば問題は無い。二号時代は、エルフの鉄矢が貫通して、戦闘力の大半を喪失するという、戦車として恥ずかしい醜態を晒してしまったが、今は違う。自分は四号戦車になったのだ。装甲板の厚みこそ変わってないが、二号に比べて大きくなった分、貫通されたとしても問題ない箇所も増えた。幾らか貫通したとしても、耐えられる、という事だ。初っ端から戦闘力損失、という事はない。
問題は、ゴブリンキングとやらと、その次に強い連中だ。無意味、というのはありえないが、主砲で仕留められない可能性がある。その次に強いゴブリンもそうだ。絶対に、魔法職と前衛職辺りの強いのがいると思う。
自分の個人的な考えだが、戦車は”数”には強いが”強力な個”に弱い、という印象がある。
数というのは、ゴブリンのように、比較的弱いものが集まった集団だ。こういうのは、速度も防御力も攻撃力も無いというのが大体だ。弱いから群れるのだから、当たり前といえば当たり前か。この数には、遠距離から一方的に殴れば問題は無い。
強力な個、になると話が変わってくる。そういう連中は、大体がこちらの攻撃に耐えたり、照準が困難な程の速さだったり、トップアタックが可能だったりと、戦車からしたら天敵な能力を持っている。トップアタックが可能なんて死を覚悟する位にはやばい。
トップアタック、つまりは上から攻撃ができるという事だが、コレはつまり、飛行ができるか相当な跳躍が可能、という事だ。うん、勘の良い方ならもう判るだろう。
戦車は真上に照準なんて勿論できない。当たり前だ、戦車は戦車を倒す為に作られてるんだから、仰角は良くて20度位だ。たった20度で頭上を飛び回る敵を倒すなんてできる筈が無い。仮に真上に向ける事がで来ても、戦車の砲塔旋回速度では照準なんて到底できない。対空目標は対空戦車という専門に任せるべきなのだ、戦車で飛行目標なんて落せるか!
そして、敵の攻撃は正面からが一番多い為、正面が一番厚い。その他、つまり側面、背面、底面、そして上面の装甲は、正面に比べて薄くなっている。上面なんて10mmあれば良い方だ。現に、四号戦車D型は10mmだ。そして、たった10mmの鉄板じゃあ、防御力なんて無いも同然だ。簡単に破られてしまう。
以上の理由から、ゴブリンキングの様に、”強い個”との戦闘は避けるべきだ。もしかしたら、跳躍からのトップアタックなんてあるかもしれない。跳躍力にもよるが、5mでも十分脅威だ。速度も高いだろうから、本当に戦いは避けたい。同じ理由で、魔法職との戦闘も避けたい。ジャベリン対戦車ミサイルよろしく、目前で急上昇して、魔法を戦車の天板にシュゥゥゥーッ!!なんてされたら余裕で寝込む自信がある。
つまり何が言いたいかというと、自分は雑魚を専門にして戦う事にする。強敵に対しては支援程度だね。臆病じゃないからな!こっちは種族の特性上、一回大破したら修理して貰うまでは動けないんだから!
「・・・やっぱり、貴方は速いわ」
一人芝居をしていると、キューポラから上半身を出す彼女がそう呟いた。そうりゃあそうだ、戦車だからな。一般に、戦車は遅い、というイメージがあるが、それは間違いだ。地形にもよるが、人よりは確実に速い。当然、四号も速いぞ!F1型以前のものは特に速い!なんたって装甲と火砲が強化されてないからな!強化されてないから、重さはそのままなので軽い。自分はD型なので、平原の様な開けた場所なら30km/hは出せるぞ!ん?それでも遅い?ちょっとなにいってるかわかんない。
「ついに来たか・・・この時が」
城壁から見える緑の群。ユモの報告によると、約9000。数はこちらが多い。
「ゴブリン程度、どうってことないぜ!」
「どうせ数だけだ!こちらから打って出よう!」
気の早い連中はこちらから打って出たいようだ。
「目的を見失ってるぞ。我々の目的は防衛だ」
「たった9000だぞ?攻められる前に倒してしまったほうがいいだろ!」
「しかし、我々はまったく連携が・・・」
「そんなのごり押しで大丈夫だ!」
・・・早速不穏な流れだ。冷静に考えれば、俺達は全くどころか、一回も他のグループと連携の練習をした事がない。これは、各自自由に動いて、結果的に連携になるパターンか。
「どうせ弱いゴブリンだし・・・」
「こちらから攻めれば勝てるんじゃないか?」
「どうせ死んでも復活するしな」
「敵が攻めて来る前に減らすこともできるな」
「やはり攻めるべきじゃないか?」
うーむ。このままでは打って出る派が多くなる感じか?確かに、こちらから打って出て、相手に被害を強いるのは良い事だと思う。だが、それをするには城壁から離れる必要がある。防御しやすい城壁から離れるっていのは、避けるべきなんじゃないのか?
目的をしっかり捉えた発言をした人物に、質問する。
「防壁から離れるのは不味くないのか?」
「不味い。その隙を突かれたら、防御力が低くなった状態で戦う事になる」
やはりか。
「なら、防衛に徹するべきじゃないか?」
「私はそう思う。だが、大衆は攻勢に傾き始めている」
「それもそうだな・・・」
全てのプレイヤーをコントロールする、なんて事はできない。こんな状況で俺が声を上げても揉み消されるだけか?
「私の隷下の部隊は防衛に徹する。貴殿は?」
「俺か?」
先ほどのプレイヤーとの会話が続いた。意外だ、あそこで終わるものだと思ったが。
「俺のほうも防衛に徹することにする」
「了解した。私は砂狐と言う。防衛の際は共に頑張ろう。よろしく頼む」
連携の依頼か?・・・断る理由も無いな。
「俺はストロンガーだ。こちらこそよろしく頼む」
流れで協力することになった。流石に、本格的な連携は難しいだろうが、お互いに計画を組むぐらいなら出来るはずだ。
『皆!聞いてくれ!』
「お?」
「何か始まりそうだな」
要所を鉄、それ以外が布を装備した、剣使いが声を上げている。あれは・・・
「どこかのグループのトップだよな」
「あぁ。比較的若いプレイヤーの集まったグループだ」
「そうなのか。有難う」
若いのが中心に集まった連中か。若い分、行動力がありそうだな・・・。俺はまだ20代だし、まだまだ若いよな。うむ、若い若い。
『俺達は、これからあのゴブリンへ攻撃する!』
「攻撃だって?」
「だ、大丈夫なのか?」
「だ、そうだ。砂狐さん、どうする?」
「我々は加わらない。放置する」
「じゃあ、俺達もそうしようかな」
「だが、話だけは聞いて置こう」
「聞くだけはタダだからなー」
損はしないだろうし、聞いておくか。
『勿論、返り討ちにあう可能性は判っている!だが、勝てる可能性も同時に存在している!だが、例え返り討ちにされても、ゴブリンにも相応の被害を与えられる筈だ!そして、キルされてもプレイヤーは街で復活する!だから、俺達は攻撃する!』
成る程、筋は通っている。納得できる内容だ。
「プレイヤーは確かに復活できるが、前線に復帰するには時間がかかる」
「ん?」
「攻撃に出たプレイヤーが撃破されて、城壁まで戻るのにかかる時間と、戦力が少なくなった城壁が落ちるのは、どちらが先だろうな」
「・・・戻る方が先じゃないか?」
「仮に復帰が間に合っても、ペナルティでステータスは25%減だ。1時間以内に再度キルされれば次は50%減。戦力としては数え難い」
「よ、よく知ってるな」
「調べたからな」
こ、この人達、検証組なのか?まだそんな情報出回ってないぞ。
「これらの事から考えて、攻撃に出るプレイヤーの数が全体の半数以上で、その半数がゴブリンに撃破された場合、防衛は困難と思われる」
「・・・確かに」
半数以上もの戦力が撃破されるなんて考えたくもないな。復帰したとしても、ステータスが25%も減った状態じゃあ、戦力には数え難いからなぁ。
『俺達は攻撃するが、一緒に攻撃したい者は歓迎する!』
「・・・俺達も付いていこう」
「俺も付いていこう」
「待ってても暇だしなー」
「このままじゃあ手柄がなくなる」
・・・一体どれだけ付いていくのだろうか。
パンツァー 四号戦車D型 lv 17
状態 車外装備品紛失
攻撃力 7.5cm kwk 38 L24 戦車砲
7.92mm MG34機関銃×2(同軸機銃・車載機銃
砲塔装甲 正面30mm
側面20mm
背面20mm
上面10mm
車体装甲 正面30mm
側面20mm
背面20mm
上面12mm
速度 40km/h 300ps
重量 20.00t
称号
・陸戦の王者
・エルフの楯
・ワールドクエスト発見者
・貢献した者
・新型受領
スキル
・目星 6lv
・拡大眼 6lv
・熱源探知 7lv
・音源探知 5lv
・マッピング 8lv
・風魔法 2lv
・放送 2lv
・迷彩 3lv
・隠密 5lv
・不整地走破 4lv
控え
・火魔法 1lv
18日目昼




