プロローグ
アスファルトに染み込む雨。歩道にはオイルで汚れた水溜り。蒸発した水分によってまるで蜃気楼のように歪む前方。
雨上がりの真夏。不思議と耳障りじゃない蝉の声をBGMに、蒸し暑い帰路に着く。とても熱い。肌着は汗で濡れ、ワイシャツに透けて見える。もし自分が女子ならば、健全な男子諸君の熱い眼差しが集中しただろうが、生憎自分は男である。そんな事は起こらない。学習用具・・・教科書や文房具が入ったリュックを背負い、雑誌片手に帰路に着く、何処にでもいる一般男児である。
今日は何時もに比べ特に暑く、そして蒸し暑い。昼間はただ暑いだけで、クーラーの冷房が効いた贅沢な教室で勉学に励んでいたのだが、学習中に突然雨が降った。突拍子も無くだ。あれをゲリラ豪雨というのか。いや、豪雨って程でもなかったか、ゲリラ・・・ゲリラ・・・ゲリラ雨とでも言おうか。
そのゲリラ雨のお陰で、帰宅する頃には熱くて蒸し暑いという二乗コンボを食らう事になった。いや、黒いアスファルトからの熱も加えると三乗か。はは、正に惨状、なんちゃって。
そんな寒い所か引くレベルの下らない駄洒落を考える程、思考回路に悪影響を与える帰路の最中。自分は十字路にて止まった。何か落ちていたとか、突如足元に魔方陣が現れたとか、そんな理由ではなく、単純に赤信号だからである。
片側二車線の大型の十字路。辺りにデパートやらなにやらが立ち並ぶこの場所、当然だが自分以外にも信号待ちをしている人がいる。携帯片手の学生、3名で駄弁る女学生、通話中のサラリーマン、杖を突く老夫婦、犬のリードを握る少女。反対側にも、同じように人がいた。
暫くして、信号が赤から青に変わる。当たり前だが、特に何も起きなかった。トラックが突っ込んできたりなんてしない。当たり前だな。残念だ。
信号が変るのを待っていた人達が歩き出す。自分も、立ち読みしていた雑誌を閉じ、横断歩道へと足を進める。読みながらは危ないからな。特にこの辺りは歩きスマホやらで事故が多発している。気を付けなければ。
と思いながらも、思考は閉じた雑誌の内容についてが大半を占めていた。内容はVRMMOについてだ。
VRMMO、Virtual Reality Massively Multiplayer Online。バーチャル・リアリティー・マッシブリー・マルチプレイヤー・オンラインだったか。これにRPGが付いたら、VRMMORPG、”バーチャル・リアリティー・マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム”か。無駄に長いな。うん。
このVRMMO、判りやすく言うと、大人数参加型のVRゲーム。これは最近になって出始めたタイプのVRゲームである。
VRゲームの詳しい仕組みは判らないが、何でも脳に直接情報を送り込む事によって出来るらしい。視覚情報や触覚情報を、目や感覚からではなく直接脳に送り込む事によって、まるで現実世界のように感じる・・・だったか。VRゲームのコンセプトは、”ゲームの世界に入り込む”だから、本当にゲームの世界が現実になったように感じるらしい。
始めはゲームとは到底言えない代物だった。現実と仮想との違いがはっきりと判り、情報が直接送り込まれるが為に拒絶反応が起きた。最悪の場合はそれで死者が出たらしい。他の例では、仮想世界での痛みでショック死を起こした事例や、脳死、植物状態になるなど、散々な結果が続いた。因みにだが、実験は日本では行われていない。アメリカや中国、ヨーロッパ諸国などの強大な国々が率先して開発し、日本は研究にこそ多額の資金と労力を費やしたが、実験には一切関わらなかった。その、実験をする為の費用すら提供しない徹底振りであった。
散々な結果で始まったVR技術は、小説やアニメに因んで”デスゲーム”の名で呼ばれていた。理由は単純明快、遊んだら死ぬからだ。そんな”デスゲーム”も何時までも危険な訳がない。世界各国が原因究明と改良、改善を行い、次第に良くなっていく。始めは簡単な”テニス”のゲームが発売された。元ネタは世界初のテレビゲーム機と言われていたが、実は2番目だった『Tennis For Two』だ。それを皮切りに、VR技術は爆発的な進歩を遂げた。まずは従来のゲームのVR化から始まった。今までヒットしたゲームやアニメなどの主人公と同じ体験が出来る、をコンセプトに、プレイヤーは様々な主人公の人生を現実のように体験した。それが落ち着き始めると、次はオリジナルの作品が出始める。が、残念な事にどれもこれも一人プレイ用、複数でのプレイは出来なかったのだ。だが、それも次々に発明される技術によって可能になり、最近はオンラインゲームにまで成長したのだ。
まぁ、それに伴って新たな問題も出てくる。リアルになり過ぎたが為に、従来のPCゲームや携帯ゲームに比べ、更に現実と仮想の違いが薄くなったのだ。今までは、画面という此方側と彼方側の仕切りが存在していたが、その仕切りがVR技術によって取り払われ、混ざり合ってしまったのだ。その結果、現実を仮想と勘違いする者が現れたり、性的内容のソフトの販売により結婚する人達が減り、出生率の低下が懸念されている。
丁度良く今起こっているVR問題について取り上げられたニュースが、何か大きい建物の壁に取り付けられた大型ビジョンで流れていたので、ついつい思考してしまう。さて、本題に移ろう。
昔と違い、膨大な数のVRゲームソフトが販売された現在、VRゲームを専門に取り上げた雑誌も当然出てくる。その内の一冊を先ほど読んでいたのだ。その本の、とあるゲームについて書かれたページを思い浮かべる。それは最近になって出始めたオンラインゲームの一つだ。まぁ、残念な事にまだ発売はされていないのだが。理由はそのゲームがこれからβテストを行う段階のゲームだからだ。そして自分はこのβテストに応募した者達の一人である。
この雑誌の情報によると、このゲームは既に完成したようなものらしい。自分が応募したβテストは、正確にはβテスト2、みたいなもので、βテスト1があったようだ。そのβテスト1で既に粗方のデバッグが済んだらしいのだ。ただ、そのβテスト1は少人数でのテストで、まだ大人数でのテストは行われていない。今回のβテスト2では、その大人数でのテストが目的のようだ。その為にサーバーやらなにやらも大人数に耐えられるように強化する、と雑誌にはあった。勿論ネットでもこの情報は確認済みだ。
自分はこのテストにどうしても参加したかった。理由は自分の金銭的理由である。今、下校途中なのだから判ると思うが、自分は学生である。まだまだ社会人としては半人前だ。お小遣いなども貰ってない為、VR機器を買う軍資金が無いのだ。一応、バイトで少しずつ貯めてはいるが、まだまだ先は長い。
以上の理由から自分はVR機器を持っていない。そしてVRゲームをやった事が一度も無い。VR教育は何回か体験した事はあるが。
そんな時に、この募集の広告をネット上で拾ってきた。何でも、募集に受かったらこのテスト専用の施設にお招きされるらしい。大人数テストついでに最新技術のテストも行うようだ。それも驚きの国営だ。思考加速やら、長時間プレイの弊害やらを調べるらしい。今まで何かと危険だと騒がれていた為に調べられなかった事柄だな。医学の治験?みたいなものだろうか。今まで実験を避けて来た日本だが、今回のテストが始めての実験・・・という事になるだろう。些か不安だが、心配していても仕方ない。腹を括る。
これらの実験を行う為、待遇は別格である。自分の狙いはそこにある。
まず、給料が貰える。これは当たり前だな。何か悪い事が起きないとは、絶対に言い切れない実験に参加するのだ。給料が貰えるのは当然だろう。
次に、美味しい食事が出る。これは大事だ。美味しい食べ物、これは人生に関わる。食事は人生の楽しみの一つといっても過言ではない。これは譲れないな。
最後に、テストが終了したらVR機器がそのままプレゼントされる。最後のが一番の目的である。ゲームを遊ぶだけでお金が貰え、美味しい食事にあり付け、尚且つVR機器まで貰える。応募しない筈がない。これら以外にも様々なサービスがあるが、自分の目的は上記の三つだ。他は後でで良い。
期間は夏休み一杯。丁度自分の学校の夏休みと重なっている。素晴らしく都合が良い。これも募集に応募した理由の一つである。受かったら夏休み中は退屈しなくて済むな!
まだ受かってもいないのにゲームや美味しい食事を堪能している未来を想像しながら、帰路をやや急ぎ足で進む。応募結果の発表は今日なのだ。緊張で落ち着かない体を、深呼吸する事で落ち着かせ、それでも楽しみで仕方ない自分は早足で帰宅するのだった。
勿論、幸せな未来を思い浮かべるという、狸の皮算用をしながらだ。
家に着いた。ポケットの中の鍵を鍵穴に差込、回す。ドアノブを回し、扉を開ける。
「ただいま」
返事は無い。親はまだ帰ってきていないのだ。仲が悪いという訳でない。どちらかというと良好だと思う。親は両働きで、何でも仕事が楽しいらしい。まぁ、好きな事を仕事にしているという事だろう。羨ましい限りである。妹もまだ帰ってきていない。妹は自分と違って勉学以外に部活動にも励んでいる。それで帰りが遅いのだ。何時もの事だ。
靴を靴箱へ仕舞い、靴下を洗濯機へ放り込む。ついでに汗ばんだシャツとズボンも放り込む。妹からは、毎度毎度やめろと言われているのだが、居ないから構わん。
自室へ来た。リュックを定位置へ置き、PCに火を入れる。この言い方、学校でよく「古臭い」と言われるのだが、まぁ、自分の趣味が古いからだろう。気にしない。
PCを立ち上げている間に、着替えを手にお風呂場へ向かう。手早くシャワーを浴びてしまおう。汗の感覚が気持ち悪くて仕方ない。
体からを汗を流し終えた。体から水滴をタオルでふき取り、着替えを身につける。風呂場から出て、自室へ向かう。自室へ向かうには階段を上る必要がある。二段ずつ飛ばしながら素早く登り、自室へ入室。起動し終えたPCのイスへと座り込む。
手元を見ずにカタカタとキーボードを打ち込み、お目当てのサイトへ飛ぶ。
『Test World Online』。略してTWO。世間では単純に”テスト”と呼ばれている。このふざけているのかと問いたくなるこのゲームが、自分が応募したゲームである。名前の由来はβテストだから、らしい。開発者本人がインタビューで発言していた。他の案は無かったのか。そのまますぎるだろう。
ページをスクロールし、応募で受かったか確認する。応募した人には、それぞれ10桁の数字が配られる。そして、今開かれているページには10桁の数字が幾つも並べられている。もうこの時点で判るだろう。そうだ、この数字の羅列の中から自分の数字が無いか確認する必要があるのだ。あったら合格、無かったら失格である。ふざけている。何年前の発表の仕方だ。高校や中学の合格発表じゃないんだぞ。
無論、この中から一つ一つ探すなんてバカ正直な方法は取らない。CtrlキーとFキーを同時押しし、ページ内検索を行う。打ち込む数字は”1851508040”。受かっていたら、その部分が緑色で記される…筈である。
ゆっくりと、キーボードを打ち込む。ページへ飛ぶ時は見もしなかったキーボードを、一文字打つ度に確認して、間違っていないか見直し、また一文字打ち、また確認する。
全て打ち終わり、後はEnterキーを打つのみである。手が震える。鼓動がやけに耳に響いて鬱陶しい。
生唾を飲み、一度深呼吸。すぅー…ふぅー…。よし。行くぞ!
Enterキーを叩く。ッターン!とお約束な音がやけに耳に残った。
画面が切り替わり、現れるは緑の帯を纏いし10つの数字達。0と1の、たった二つの数字で作り出される世界で、姿形を変えて0と1以外の姿、2や3に姿を変えた者達の中が10桁の数字を作り出す。そのなかで、一際強く輝くその揺ぎ無き数字。それは――
”1851508040”
その数字は紛れも無く、狂い無く、間違い無く、揺るがない。まさしく、”1851508040”であった。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・
しゃぁぁあああ!
自分は今!猛烈に感動している!!
どうも、トクメイです。
VR系が書きたかった。だから書いた。以上。
アドバイスや感想、待っているぜ!
誤字報告も待っているぜ!
1851508040、露骨だが判る人居るかな?居たら嬉しい。