90話「窮地を救う魔獣使い」
聞き慣れた声を聞いたが、どうにも誰かは思い出せない。ブリーツは、もやもやする気持ちのまま、訝しそうな顔をして後ろを振り向いた。
「ああっお前は!」
そこに居たのは小さな小さな子供。その隣には、やや大き目な四足歩行の動物も居る。
「デデとダダか」
「全然違いますよ」
「そうだな、ドドとポチか」
冷静に突っ込むドドに、ブリーツはテンポよく返した。そう、いつぞやの魔獣使い、ドドとポチだ。
「久しぶりだなぁ。ポーション、ドド達かい?」
ブリーツの前に、突如としてあらわれたポーション。等級が低いので回復量も少なく、二口三口しか飲めていないが、それでも、この場面での魔力補給はありがたい。
「はい。お役に立てればと思って。ここに向かっている時に遠目から見た感じだと、結構、魔力の消耗が激しそうだったので。非常用のポーション、持ってて良かったです」
「そうなのか。非常用ってことはドド個人のか。なら、後で代金は払わないとな……紅蓮の大火炎よ、全てを覆い、燃やし尽くせ……エクスプロージョン!」
魔力を取り戻したブリーツが、早速エクスプロージョンを唱えた。当然のことながら、威力は変わるはずもないが、魔力にまだまだ余裕が出てきたのは、体の感覚で感じることができる。
「いえ、いいですよ、そんなの」
「そんなことないだろー、非常用のが無くなったら大変だよ。ポーションなんて、低い等級のだって高級品だろ?」
「あ、そうなんですか。人に貰ったやつなので、詳しくは知らないんですが……」
「だったら、尚更だ。この戦いが終わったら、半殺しに……いや、倍返しにして、新しいの買ってやるよ」
「すいません、ありがとうございます」
「いいっていいって。しかし、アレ、どうやったんだ? シャダーでも使ったのか?」
シャダー。闇属性の、自分の姿を消す魔法だ。
「シャダー?」
「何でポーションが宙に浮いてたんだってこと」
「ああ、あれは、クーに持ってかせたんです」
「クー? お前のペットというか、使い魔か」
「そうです。こいつ、アバオアクーって種類の魔獣らしいんで、クーって名付けたんです。魔法とかかけなくても透明だから見えないけど、足も速くて。だから、一足先にポーションを運ばせたんです」
「へー、アバオアクーか、聞いたことないけどな……まぁ、デフォで透明だっていうんだったら、隠密性は凄いってことだよな」
「はい! 色々と役に立ってますよ。人の言葉も、ちょっとだけど話せるし」
「そうなのか。見えないから、どこへいるかも分からんが……ところで、あいつもお前の?」
ブリーツが指さした先には、青白い炎を纏った馬が居た。
「ヒィィィィィィ……」
馬は、普通の馬よりも高く、透き通った鳴き声を発しながら、周囲に己が纏っている炎と同色の、青白い炎をばらまいている。
「……だいぶハッスルしちゃってるみたいだが?」
思わぬ戦力にブリーツはたじろいだが、殲滅力は大したものだ。その聡明な顔つきとは相反して、青白い炎での攻撃と、自らの突進や足蹴りによる物理攻撃で、周りのモンスターをばったばったと倒している。
「ええ。凄い戦闘力でしょ。あいつはペイルホースのブラウリッターっていいます」
「ペイルホースねぇ……なんか、普通じゃない魔獣ばっか使役してるよな。マイナー趣味なのか? ありきたりなものは嫌いとか言っちゃうタチか?」
「い、いえ、そういうわけではないんですけど、成り行き上……とにかく、ブラウリッターは、ああやって戦うことも得意なんですけど、ブラウリッターが心を許した人なら、背中に乗っても青い炎に焼かれなくて済むんです」
「そうなのか……ってか、逆に言えば、心を許してないと燃えるのね」
「ええ、そうなんですけど、早いんですよ、凄く。ブラウリッターとポチのおかげで、こうして辿り着けたようなものですよ」
「なるほどな、早い足と、いい鼻か。そして透明なアバオアクー」
ブリーツは、ミーナの前方の空間を見た。
「そこには居ませんよ。あそこに居ます」
「ええ?」
ブリーツは、ドドの指差した先へと振り向いた。そこには草原の地面に座って肩で息をしているミズキの姿が見えた。よく見ると、手にはポーションを持っていて、自分の脇腹の傷にトリートをかけながら、それを飲んでいる。
「ちゃんと三等分してねって言ったんです。クーはいい子だから、ちゃんと言う事を聞いてくれたでしょう」
「ああ……そういうこと……そうね……なるほど……」
欲を言えば、魔力が尽きかけた後にポーションをゴクゴクと飲み干したかったが、そういう事情なら仕方がない。ブリーツはコクコクと頷いた。
「ええと、そこの女の人、僕もトリートかけますよ」
ドドがミズキに駆け寄る。
「あ、ありがとう。君は?」
「ドドです。魔法が使えて、魔獣使いでもあります。……どっちも中途半端だけど……」
「紅蓮の大火炎よ、全てを覆い、燃やし尽くせ……エクスプロージョン! ……え?」
エクスプロージョンを唱えながら会話を聞いていたブリーツは思った。魔獣使いについては、本当に中途半端なのか? と。確かに全体的な編成は効率的とはいえないが、ドドの使役しているモンスターの珍しさには目を疑ってしまう。アバオアクーなど、使役しようとしても、一体どこに居るのか分からないし、ペイルホースの方は、要は馬の亡霊だ。素直に言う事を聞いて、背中に乗せてもくれるなんていうことは、並の魔獣使いには難しいだろう。ポチは……雑種なのでしょぼいとして……。
「ぐるるる……」
「うわっ!」
いつの間にか、ブリーツの前にポチが居て、唸っている。目にはなんとなく、ブリーツに対しての敵意が浮かんでいるように見える。
「おいおい、俺は何にも口に出してないぞ! あっ、いや、思ってもいないからな!」
「……」
ポチは、焦るブリーツを横目に、モンスター群の方へと向かっていった。ポチがモンスターの方へと振り返った時の表情が、ブリーツには、自分を嘲笑ように見えた。
「くそー、相変わらずいけ好かない犬だぜ……」
「ふふふ、ポチもブリーツさんに会えて嬉しそうです」
ドドが、ミズキにブリーツをかけながら微笑む。
「いやいや逆だろう……不機嫌そうだぞ? まあ……変わってないみたいで何よりだが……」
「ふふ、ですね」
「ドド、ありがとうね。もう、だいぶ落ち着いたから……」
ミズキはそう言いながら、ゆっくりと立ち上がった。
「深い闇の如く光を引き裂く力を我に……ソードオブエビル!」
ミズキがソードオブエビルを唱えると、ミズキの手から黒い光が発生した。その光は凝固、膨張して、黒く光る剣を形作った。
「あ、ミズキさん……接近戦はポチとブラウリッターがやるから、もう前に出なくてもいいですよ」
闇属性の接近戦用の魔法を繰り出したミズキを見て、ドドが言う。
「いや……この戦力なら、前衛を厚くすれば、逆に押し返せるかもしれないから……やってみる」
「ああ……なるほど……」
「よーし……」
ミズキはモンスターの群れへと、再び駆けていった。
「ドドです」
「デデです」
「ダダです」
「バルタンです」
「ヒッポリトです」