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9話「魔女の住処」

「おう、アークスかい。今日はお前さんか」

 アークスが魔女の住処の奥へと進むと、そこに寝転がっていた魔女が、アークスの顔を見るなり軽快に、そして気怠そうに言った。

 アークスの場合、他に出来そうな任務が無かったら、嫌々ながらも魔女の依頼した任務を引き受けるものだから、尚更、ここに来る機会が多くなる。なので、こんな風に、魔女はアークスに対しては、少し親しそうに接してくるのだ。

 魔女と親しくなったら災いが起こるなどと、誰が言ったわけでもない事を言われる時があるが、それでも誰かが依頼をするということは、困っているという事なのだし、誰かが引き受けなければと思って、他の任務が無い時は、引き受けているのだ。


「……」

 アークスは、心の中で呆れた。これは今回思った事ではなく、ここに来る時には毎回思う事だが、なんてだらしない恰好なのだろうかと思っている。

 全く手入れのしていなさそうな髪はボサボサで、あちらこちらで直していない寝ぐせなのであろう毛が飛び跳ねている。幸いなことに癖っ毛ではないので、どうにかこの容姿を保っていられているのだろうが、ロウソクの光に照らされて一部オレンジ色に見える赤髪は、まるで頭に火がついて、燃えているかようにも見える。髪の長さはいつでも一定なので、どこかのタイミングで散髪はしているのだろうが、あまり清潔とは思えない。


 着物も着物でだらしがない。身につけているのはバトルドレスだが、これを普段から着ているのはおかしい。戦闘の時に、魔力の増強したり、魔力によって、物理的、魔法的な攻撃を防いだりする役割はあるが、それだけに、普段着にするには割高だし、痛んでいたら、効果が半減してしまう。面倒だからなのだろうが、こうやって、くつろいでいる時にもバトルドレスを着っぱなしという人は、魔女以外に見たことも聞いたこともない。

 また、バトルドレスは鎧やローブと違って、リボンやフリル、ボタンや金属のアクセサリー、刺繍等、魔力を高めるために、様々な装飾が施されている。そのため見た目は煌びやかになっていて、その美しさは正装としても用いられるくらいだ。女性の魔法使いの間では、バトルドレスを美しさや可愛さを基準にして選ぶ人も多い。

 そんなバトルドレスも、こんなによれよれになっていては、可愛いとか、綺麗だとかという問題ではなくなっている。そこいらじゅうが伸びていて、だらしない感じになっている。


 アークスの視線は、そのまま魔女の足へと向かう。魔女は、何歳なのかは誰に聞いても知らず、年齢は謎に包まれているが、二十歳いかないくらいの姿をしている。肌も綺麗で、着こなしさえちゃんとすれば、そこそこ美人なのではないかと、街の男の間で言われているくらいだ。

 しかし、こうやって寝転がっていても、アークスが来たというのに股は大きく開きっぱなしだ。バトルドレスの多くは、動きやすいようにスカートの丈や、袖の丈は短く設定されているので、大事な部分が見えやしないかと、アークスはここに来るたびに冷や冷やとしている。

 時には、頭を支えていない方の手でポリポリと尻を掻くこともあって、人の目など、まるで気にしていないかのように振る舞っている。


「まあ、座れよ、茶くらい出すぞ」

 魔女は、気だるそうに、ゆっくりと立ち上がると、右手の傍らにある陶器のポットを持ち上げ、左手では、紫色の葉っぱの入った小さな金網を、下に置いてある湯のみの上に固定した。そして、ポットで金網にお湯を注いだ。

「ほら、飲んでいいぞ」

「ああ……はい……」

 アークスは、恐る恐る魔女から湯のみを受け取ると、中を覗き込んだ。案の定、湯のみの中は黒ずんでいる。

「これ……洗ってるんですか?」

 失礼だと分かっていながらも、思わず聞いてしまう。

「ああ? なんだ、間接キスは嫌かい? 嫌なら私が飲むぞ」

「いえ……」

 アークスは、いつもの通り、お茶を二、三口飲んだ。これも今に始まったことではないし、今までも、特に下痢とか腹痛とかは起こった事が無いので、今回も大丈夫なはずだ。


「ふぅ……」

 お茶の紫色と、黒ずんだ茶碗が相まって、見た目は不吉だが、香りや味はかなり良い。上等なお茶だという印象だ。こんな生活をしていて、高級なお茶を買える余裕があるのかは不思議だが、今はそれを考えている時ではない。

「それで、依頼の件ですが」


「ああ、そうだったな。なに、話は簡単だ。ミーナという人物を探してほしい」

「ミーナ……」

 人探しとは、今回は少しまともな任務だと、アークスは思った。大体は街へ買い出しに行ってくれだとか、品物を届けに行ってくれとか、木の実や花を摘んできてくれとか、単純なお使いが多いのだが、今回は少し違う。ちょっと、気を引き締めないといけない。

「人探しですか」

「我が愛しの弟子だよ」

「えっ!? 弟子、居たんですか!?」

「……何だ、以外そうだな。私が弟子なんて取れるわけないとでも思ったのかい?」

「いえ……それは……」

「ふぅ……騎士のくせにピュアな奴だな。顔に出てるぞ」

「え……いえ、その……」

「まあいい。ミーナが戻ってこない。探しに行ってきてほしいというのが、今回の依頼だ」

「分かりました。特徴とか、あります?」

「ええとだな、名前がミーナで、私の弟子だというのはさっきから言っている通りだが……特徴と言ったら……まあ、一目見れば分かりそうなものだがな……」

「一目見ればって……」

「まあ聞け。特徴以外に見つからないくらい特徴的な奴だ」

「はぁ……」

 それは自分のことではないのかと、アークスは内心思ったが、口に出すまではしなかった。


「いいか、一番大事な見た目の特徴からだ。まず、頭髪はショッキングピンクだ」

「ショ、ショッキングピンクですか……」

 ショッキングが付くと、なんとなくどぎついイメージがあるが、ピンクの髪色は、特に珍しくはない。それだけで絞り込む事は難しいだろう。

「あと、ファンシーな服装をしている」

「ファンシー……」

 あまり具体的な手がかりではない。

「そうだ。帽子は唾のついた紺色の三角帽子を被っているが、その帽子にはリボンがたんまりと付いている。オレンジや緑や……とにかくいっぱいだ」

「確かに特徴的ですね……」

「それから、身につけているのはローブだが、フリルがテンコ盛りでフリフリなローブだ。なので、一見するとバトルドレスと間違いやすいが、あくまでローブなので、そのつもりでいてくれ」

「ええと……派手なローブってことですね」

 バトルドレスと見まごうくらい派手なローブということは、つまり見た目はバトルドレスを着た魔法使いだということだ。ここは間違わないように気を付けないといけない。

「後は……ふむ、彼女は小柄だな。お前と同じくらいかもしれん」

「なるほど……」

 僕と同じだということは、女性の中でも少し小柄な方だろう。と、アークスは大きさを頭の中にイメージした。

「身体的な特徴はこれくらいかな……これだけあればいいだろう?」


「そうですね。見つけたら本人だって分かりそうです。ただ、探す場所が絞れないですね……どの辺りに居るでしょう」

「ああ、場所か。そうだな……直前に行った場所は絞れないが、ミーナが行きそうな場所と言ったらな……」

 魔女が胡坐を組み、腕組みもし始めた。相変わらず人目を気にしない人だと、アークスは呆れている。

「いつも、花を摘みに行っている場所があったろう? アークスならわかるな?」

「ああ、いつもの所ですね」

 アークスには心当たりがあった。魔女の依頼でよくあることの一つ、花びら集めで行く花畑だ。

「それから、その近くに川があるだろう。ミーナは、そこでよく魔法の練習をしている。河原は火の手が上がりにくいからな。魔法の練習には打って付けだ」

「なるほど、河原か……」

 この場所も分かる。河原は、この周辺には数えるほどしかないし、距離もそれほど離れていないので、しらみつぶしに探すのにも苦労しないだろう」

「こんなものではないかなぁ……? ふむ、まずは一番有力な所で範囲は絞った方がいいだろう。これで見つからなかったら、また私の所へ来るといい」

「そうですね、分かりました」


「うん。よしよし。ああ、そうだ。ミーナ最大の特徴があったんだった」

「最大の……特徴……?」

「そうだ。口調が変わっていてな、語尾に『ぴょん』を付ける癖があるようだ。これは特に独特だから、見かけたら話しかけてみると、一発で分かるはずだぴょん!」

 アークスが、どうに反応していいのか分からずにいたので、辺りは静寂に包まれた。

「……こ、こんな風な口調だ」

 魔女が顔を赤らめている。こういった人間的な側面を見せるのは、ちょっと珍しい。

「ああ……は、はい」

 何か言った方がいいのだと思って、アークスは適当に相槌を打ってみる。

「全く、反応しないと恥ずかしいだろうが」

「すいません。ただ……」

「ん? ただ?」 

「いや……なんか……からかってませんよね?」

 魔女は少し驚いたようで、僅かに仰け反った。それから少し間をおいて、あっけにとられたような雰囲気の口調で、再び喋りだした。

「何が? 私がいつ、からかった?」

「常にからかわれている気がするんですが……」

「気のせいだ、気のせい。気にするんじゃあない」

「……」

「我が魔法使い人生に誓って言おう。本当に弟子が居るのだと」

「……分かりました、探してみます」

 その人生がどれくらいのものかは分からないが、嘘は言っていなさそうだったので、アークスは弟子の魔法使いを探すことにした。

といったところで、アークスの話は一段落、ブリーツへとシフトします。

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