82話「沸く、モンスター」
「サフィー……やっぱり、ちょっと慎重になった方がいいかもしれない」
「え……何よアークス、さっきまで魔女に友好的だった貴方が、このタイミングで。私はアークスの事も加味した上で……」
「いや……やっぱり、あれはマッドサモナーじゃないかな……」
「ええ?」
「あれは、魔女さんじゃないよ。その理由は三つある」
「アークス……」
アークスの、緊張を帯びた声を聞いて、サフィーはゆっくりと後ろに下がり、最初と同じ、アークスの横へと移動した。
「一つ目に、魔女さんは騎士団に対して反乱を起こそうと言って、僕を誘った。少なくとも、魔女さんは騎士団の敵じゃないんだ。サフィーやブリーツから見たら、魔女さんは不穏分子に見えるかもしれないし……僕だって、最近まではそう思ってた。でも……魔女さんは、そんな人じゃないよ。実際、騎士団にたくさん依頼をしてるし、本当は騎士団に悪い印象は抱いてないんだ。根っこの方では信頼する仲間なんだと思う」
「アークス……」
「俄かには信じ難い話だよね、サフィー。それからブリーツも」
「いえ……魔女との距離が一番近いブリーツが言うなら……信用してみてもいいと思う」
「俺もサフィーと同意見なんだが……それって、目の前に居る魔女は、実は魔女じゃないってことか?」
「うん……そうだと思うんだけど……理由はあと二つ、魔女は新世界って表現が具体的じゃないって、新世界という呼称を使いたがらなかった。時空の歪みって言葉を使っていた。今みたいに平気な顔をして新世界って言葉を使ってるのはおかしいよ」
「ほう……そうだったかな……」
魔女が不敵に笑う。
「最後の一つは……これが決定的だと思ったんだけど、足元のウィズグリフだよ。草の陰に隠れて分かりづらくなっているけど……」
アークスは、地面の石を拾うと、前に向かって山なりに投げた。
――石が宙を舞い放物線を描き、そのまま落下していく。
そして、石が地面に落ちた途端、突如として異変が起こった。
――ドォォォォ……。
激しく響く爆音。アークス、サフィー、ブリーツの三人は、思わず手で顔を覆い、体を仰け反らせた。
「うおっ、すげーな!」
「こんな仕掛けが……アークス!」
「怪しいと思ったんだ! なんか、魔女さんじゃない気がして!」
三人の前で、激しい火柱が巻き起こる。火はうねりをあげて地面から巻き上がっている。まるで地獄の窯が地面にぽっかりと開いているようだ。
「離れよう! 火も広がってる!」
「そうね、一旦離れましょう!」
火柱の罠の周りから、草原の草が燃えて延焼している。
「よく分かったわね、アークス。やるじゃないの」
「信じたくなかったんだ。魔女さんがマッドサモナーだってこと。だから、怪しい所を探して……途中、本当に魔女さんがマッドサモナーなのかと思ったんだ。でも、違った」
「ウィズグリフを見つけたのね」
「うん。さっきだよ。本当にさっき。サフィーを止める直前に、足元がおかしいのに気づいたんだ。良かった……」
「うんうん、良かった良かった。これで豚の丸焼きがたらふく食えるぞ」
「違うでしょ! たまに喋ったかと思うと意味不明なボケをしないでくれる!? アークスは、魔女がマッドサモナーじゃなかったから嬉しいのよ!」
「分かってるよー……うおっ!」
後ろから火球が飛んできたが、ブリーツは間一髪で、それをかわした。
「豚の丸焼き、いっぱい出来そうだぞ!?」
「ウィズグリフはこれだけじゃない……!?」
サフィーがブリーツの言う事を察した。ウィズグリフは、三人の前方にだけではなく、この草原のあらゆるところに仕掛けられている。そう見ていいだろう。
「サフィー、右!」
「ええっ!?」
アークスに言われて、サフィーは右に振り向いた。
「……っ!」
サフィーに迫っていたのはブラッディガーゴイルだった。サフィーは地面を蹴って、少し後ろに位置取りをすると、今度は前へと跳躍してブラッディガーゴイルとの間合いを詰め、持っていた二本の剣で前方のブラッディガーゴイルを切り裂いた、
「召喚するタイプのウィズグリフもあるのね……!」
「てか、囲まれてねーか!?」
「リビングデッドも居るみたいだよ!」
ウィズグリフから現れるブラッディガーゴイルにストーンゴーレム、そして、どこからともなく沸き出てくるリビングデッド。三人はすっかり囲まれていた。
「でも、やるしかないよ!」
「厄介だぞ? どれが召喚のウィズグリフとか、どれが攻撃のウィズグリフとか分からんのだぞ?」
「魔法使いなら分かりなさいよ!」
「無茶言うなよー、ウィズグリフなんて錬金系の魔法使いじゃなきゃ、解読するのも無理だって!」
「役に立たない魔法使いね」
サフィーは、そんなやりとりをする間にも、ブラッディガーゴイルを四匹切り裂いていた。
「酷い言われようだな……紅蓮の大火炎よ、全てを覆い、燃やし尽くせ……エクスプロージョン!」
ブリーツがエクスプロージョンを唱えると、ストーンゴーレムが爆発した。ストーンゴーレムは爆炎に巻かれながら、大きく仰け反った。
「一撃とはいかないけど、動きは相当鈍ったわ。聞いてるのね」
サフィーが、周りのブラッディガーゴイルを切り捨てながら、ブリーツの放ったエクスプロージョンが命中したストーンゴーレムを注意深く観察する。
「ほらな?」
「何がほらな? よ!」
「火の魔法と風の魔法は一級品だね、ブリーツは」
サフィーの殲滅速度には及ばないものの、アークスも一人、また一人と確実にブラッディデーモンを倒している。ヘーアの、強めの痛み止めのおかげだろう。ここに至るまでの馬車の中では、戦闘の気配を察したヘーアが、仕方がないと言いながら、強めの痛み止めを飲ませてくれたのだ。それは無理をしないという条件付きだが……こんな状況では、それは無理かもしれない。
「確かに。でもリビングデッドまで、こんなにわんさか居るんだから、先にアームズグリッターよ!」
「おっ、それもそうだな……我が宿らせしは煌々たる光の力、その力を以て汝の正義を貫かん……アームズグリッター!」
サフィーの片方の剣が白い光を帯びる。光の属性が付与されたのだ。
「もういっちょ! 我が宿らせしは煌々たる光の力、その力を以て汝の正義を貫かん……アームズグリッター!」
アークスの剣も同じく光り輝いた。
「ありがとう、ブリーツ!」
「これでリビングデッドとも対等にやりあえるでしょ!」
リビングデッドには物理攻撃は通りにくい。そのため、一般的には属性付与魔法で、魔法の力を付与して戦うことになる。中でも光の魔法は、リビングデッドにとっては致命的に効果が高い。アームズグリッターを使えるのなら、用いるのは、ほぼそれ一択になる。
「といっても……これ、馬車まで辿り着けると思うか?」
ブリーツが馬車の方を振り返りながら、不安な声を漏らした。敵の攻撃の激しさは凄まじい。ここは馬車で逃げたいところだが……。
いきなりモンスターに包囲されてしまった三人です。大丈夫でしょうか……?